16. マリスの嫌がらせ
「ぶ、武闘会!?」
「舞踏会。ダンス!分かってるでしょ」
腕を前にしてファイティングポーズをする私を、ヴィクトルがじとりと見た。
「色々あって、疲れただろうしね。女の子は舞踏会が好きだって聞いた。少し羽を伸ばせる良い機会なんじゃないかと思うよ」
「いえ、私はポーション毎日飲んでるんで」
「ポーションは気持ちによる疲れまでは癒してくれないだろう?」
ヴィクトルの言葉に、ム、と口を閉じる。
他の女性は知らないが、個人的に私は舞踏会のような、人前で何かをしなければならないことが、あまり得意ではない。
プレゼンテーションとかなら如何様にもできるからまだ良いが、自分の見た目やダンスで魅せることが重要になってくると、自信はない。
例え肌が多少潤おうとも、悲しきかな、顔のつくりまでは変えられない。
王様も、勲章を頂けるのは光栄なことだとは思うが、何も舞踏会で授与しなくてもいいのに。
私はまだ見ぬこの国の王に、心の中で不平不満を垂れた。まさか王様も、女性は皆舞踏会好きだとでも思っているのだろうか?
「なんで舞踏会でなんて……」
私が唇を尖らせると、ヴィクトルが肩をすくめた。
「この舞踏会は、昨日の戦いの戦果を讃え、祝う為に開かれることになった舞踏会だからかな。もしかしてティアは舞踏会あまり好きじゃない感じかい?なら僕と同じだね」
ヴィクトルは悪戯っ子のように笑った。
「いいじゃないか、もし嫌なら、王様から貰うもん貰って、あとは食べ物に舌鼓打ったり、のんびり座ってたりすればいいのさ」
「そういうものなんですか?」
私がヴィクトルを見ると、ヴィクトルは頷いた。
「少なくとも僕はそうだよ。ダンスに誘われても、断って飲むか食べるか座るかしてる」
私の脳内に、一生懸命ヴィクトルと踊ろうとするも、すげなく躱されるマリスの姿が浮かんだ。
マリスは舞踏会好きそうだしな。
さもありなん。
ふふ、とちょっとだけ笑ったけど、大きな問題を思い出して、私はヴィクトルの方を見た。
「でもヴィクトル、私、舞踏会に着て行けるようなドレスを持っていませんよ?」
この世界に召喚されたときに国から支給されたのは、本当に必要最低限の、地味な洋服のみ。
ヴィクトルからは、これで買い足してといくらかお金はもらったが、まだろくに街にも行けておらず、人前に、それこそ王の前に出れるような服は1着もない。
「それについては心配しないで」
「ん?」
ヴィクトルは、「しまった!そうか、女の子はドレスがいるんだよね」と大慌てするかと思いきや、ニンマリとした、したり顔で笑いながらこちらを見てきたので、私は思わず首を傾げてしまった。
「きっと舞踏会の前までには、ティア用のドレスが届くと思うよ」
――――――
きたる舞踏会には、私と魔術研究所の所長であるヴィクトル。そして魔術研究所内で立候補した者たちで参加することになった。
案の定、マリスは舞踏会が大好きらしく、話があったときに、すごい勢いで挙手していた。
ついでに、私の方を見て、「あなたも来るわよね?」と聞いてきた。
マリスはむしろ私に来てほしくないだろうな、と思っていたので、予想外のことに、「え?」と返す。
するとマリスはフン、と鼻から息を馬鹿にするように吐き出し、「せいぜい借り物の見窄らしいドレスでいらっしゃいな。私の引き立て役くらいにならなるでしょ」と小声で言ってきた。
や、やな女〜〜〜!!!
この時ばかりは、ヴィクトルにチクってやろうかと一瞬本気で思ったが、ただでさえ忙しくて目の下のくまが消える気配のないヴィクトルにこれ以上の心労をかけるのは本意ではない。それに、ヴィクトルに言いつけるのは、なんだか私までマリスと同じ土俵に立ってしまうようで、嫌だった。
結果、私はいつも通り「あはは〜頑張ります〜」と顔に笑顔を貼り付けて、マリスのチクチク攻撃を躱すだけにとどめた。
ただし、ヴィクトルの言う“私用のドレス”によっては本当に惨めなことになってしまうので、内心バクバクである。
――――――
舞踏会は2週間後なので、まだまだ遠いなと思いながら忙しい日々を過ごしていたら、あっという間に舞踏会前日になっていた。わけがわからないよ!
あの狼型の魔物の襲撃以来、私は戦場に出ていない。
街周辺に狂暴化した魔物が出たりなどの被害もないようだ。
ただし、瘴気の発生源付近では依然として苦戦を強いられているらしく、仕事は一向になくならないどころか、日々増え続けている。
私はポーションに武器に魔力付与にと、今日も休む間もなく働いていたら、最近はヴィクトルが不在の間、舞踏会に向けてだろうか?顔になんかの果物を輪切りにしたやつを乗せまくっているマリスが、コツコツと近づいてきた。
大きなヒールの音に私が振り向くと、マリスは今日はオレンジ色の果物を沢山顔に乗せていた。その状態でよく1個も落とさぬまま歩けるものだ。
私が関心していると、マリスが目の前にバサリと書類を出してきた。
「これ、やっといてね」
最近マリスは「私は忙しいから〜」という言い訳すら言わなくなった。私はため息をついて、書類を受け取った。
……明日に備え、少しでも早く寝るために、早く帰りたかったんだけどなあ。
そう思い、「私も今ポーションを作っていて、手が離せないのですが」と言ってみたところ、「あーらいけない」とマリスが顔に乗っていた果物を、故意にポーションの鍋の中に落とした。
「ちょっ……!」
「あーあ、あなたが変なこと言うからびっくりしちゃったじゃないの」
そのポーションは金色から青色に、みるみる変色した。
私はがっくり肩を落とした。
このポーションは失敗だ。また1から新しいものを作らなければならない。
マリスはおかしくてたまらないらしく、少しの間笑いを堪えていたが、「ブフッ!」と吹き出すとケラケラひとしきり笑った。
「またやり直しね!明日は舞踏会なんだから、少しでも寝れるといいわね。じゃ書類もやっときなさいよ」
そう言い残すと、マリスは再びヒール音を響かせながら去っていく。
「悪魔め〜!」
マリスが去った後、私は鍋を片付けるために席を立った。
はあ、と大きなため息を吐きながら青色に輝いているポーションの入った鍋を持ち上げる。
これに使われた材料だって貴重なものなのにな、と悔しく思いながら、えっちらおっちら重い鍋を排水口がある場所まで運ぶ。
「あれ?ティアさん?それどうしたんですか?」
「リリー」
すると、大変そうな私を見かねたのだろう、リリーが駆け寄ってきた。
「うーん、ポーション作りに失敗しちゃってね」
「え!ティアさんがですか?珍しいですね。まあそんな時もありますよ……持つの手伝いますね!」
リリーが鍋を半分持ってくれた。優しい子である。
私がマリスによって逆撫でられた心を、清らかなリリーで癒している一方で、鍋の中を見たリリーは「え!?」と息をのんだ。
「ティ、ティアさん、このポーションは本当に失敗なんですか?」




