15. グレイについて2
私は昨日の、ヴィクトルに対する団長さんの態度を思い出していた。
昨日、団長さんはヴィクトルが近づこうとした時に追い払おうとしたよね?
……それは流れ出ている自分の血をヴィクトルに触れさせない為だった?
また団長さんのことを直接触ってポーションを飲ませた私のこともじっと見ていたし、「その娘にも、念の為ポーションを」とヴィクトルに話していた。
じっと見ていたのは私が毒に侵されていないかを確認する為で、ポーションの指示したのも、万が一団長さんの体液で毒に侵されていたときの為?
ヴィクトルの話を聞いて、ようやく団長さん不思議な行動に納得がいく。
「だから……」と小さく呟く私を見ながら、ヴィクトルは再び話し始めた。
「グレイの体液……血はもちろん、汗や涎といった物まで、全て有害だ。死ぬほどではないが、数日は寝込むくらいの強さを持っている。周りからしてみれば、グレイは歩く厄災に等しかった」
「…………」
なんと言えばいいか分からず、黙り込む。
もし自分が全身毒で人に一切近づけなかったら――……正気を保てていただろうか?
「グレイ自身も、小さい頃から自分が毒を持っている自覚はあった。だからあの子は、人と触れ合うのが怖いんだ」
ヴィクトルがため息をついた。
「本当に……見た目と体液以外は普通の子だから……あ、武の才能には人以上に恵まれていたけどね!でもそんなことまだわからなかったからさ。皆に引き取るのを拒否されて、すごく悲しいのに何も言えなくて。最初から小さいのに、もっと小さく縮こまってたその背中見て……なんか気づいたら手をあげてたんだよね」
ヴィクトルは茶化すように両手を広げて見せた。
「こうして14歳差の親子ができたってわけ」
「団長さんは、ヴィクトルと出会えてすごく幸せだったと思います!」
私は茶化す気になれず、真面目な顔で、ヴィクトルを真っ直ぐ見つめると、ヴィクトルはむず痒そうに笑った。
「ま、きっと僕はそういう性格なんだよ。そうじゃなかったら君の身元引受人も引き受けてないしね」
「う、私の身元引受人がヴィクトルで本当に良かったです……!」
私はしみじみと言った。万が一ギルバートが身元引受人の話をマリスにしてたら、マリスは私をサンドバッグにしていそうである。
それ以外の人も、ヴィクトルほど面倒は見てくれなかっただろう。
ヴィクトルはフッと息を吐いた。
「ありがとう。ヴィクトルも僕で良かったと思ってくれているといいのだけどね」
「思っているに決まってますよ!」
私が立ち上がりそうな勢いで言うと、ヴィクトルは下を向いた。
「……どうかな。グレイはね、昔から僕が父親だと言いたがらないんだ。だから僕たちの関係を知っている人は少ない」
ぽろりと呟くように言ってから、ハッとした顔をしたヴィクトルは、顔に引き攣った笑みを浮かべた。
「あーほら、僕って見た目もこんなんだし、グレイはあんな綺麗だろう?それに僕は引きこもりだし……」
「…………」
私が黙っていると、ヴィクトルは「は〜」とため息をついてソファにもたれかかり、上を向いた。
「ごめん、ちょっと恥ずかしいとこ見せちゃったね」
「いえ」
私は首を振った。
「でも、それを聞いても、やっぱりグレイはヴィクトルが養父さんで良かったって思ってると思いますよ?」
私は首を傾げてヴィクトルを見た。むしろ、明らかに好かれている気がするんだけどな?
「さっきヴィクトルは、団長さんは昔から自分の評判が良くないことを知っていたと言いましたよね?ならそんな自分を引き取ったヴィクトルの評判も落ちると思ったはずです」
ヴィクトルが瞬きした。
「もしヴィクトルが団長さんにべったり懐かれてる、なんて噂だ出たら、団長さんを処分したほうが良いと思っていた人たちは、ヴィクトルをどう思うでしょうか?少なくとも、好印象にはならないですよね」
「でも……」
ヴィクトルは眉間に皺を寄せた。
「もっと子供らしくいてほしかったとか、懐いてほしかったとか、色々思うところはあると思いますが、団長さんは、触れ合うことが苦手なら、それこそ騎士団の団長という地位を得ることなどで恩を返したいと思ってるんじゃないでしょうか」
「あれ、僕グレイからの仕送りについて言ったっけ?」
目を丸くするヴィクトルを見て、思わずクスッと笑ってしまう。
「いえ。でも団長くらい偉い方のお給料なら、自立できますよね?親子関係だって、本当に嫌なら解消できる立場にいるはずです。それでも何も言わないってことは、団長さんはヴィクトルと親子のままでいたいんだなって思ったんですよ」
「……なる、ほど」
ヴィクトルはまだ私が言ったことをうまく飲み込めていないようで、目線を下の方でウロウロさせている。
「あ!あとですね、昨日の戦場では、団長さんはヴィクトルを見た後に隙ができていました。その、ごめんなさい、前線に出ちゃったのは私のせいなんですが……。でも、団長さんはヴィクトルが心配で、つい意識が逸れてしまったのだと思います」
ヴィクトルは考え込んだ。
「……確かにグレイは、普段ならあのような魔物にも引けをとらない強さだけど…………そうか」
ヴィクトルは目を手で押さえた。
「……僕は人の気持ちに疎くていけないね……」
咄嗟に「いえいえ!」と否定しようとしたが、ほわりとマリスの顔が思い浮かぶ。確かに彼女の気持ちに気がついていないのなら、ヴィクトルは本当に人の……というか、ヴィクトルに向けられた感情にだろうか?疎いのかもしれない。
「あはは〜……いえ〜……」
笑って誤魔化したが、誤魔化せているかは微妙かもしれない。
「あ!あとヴィクトルの見た目は悪くない……むしろかなり良いと思いますよ?私なんかと比べたら全然整ってると思います」
ついでに先程のヴィクトルの自虐を思い出し、慌てて否定する。
私も実際にそう思うし、間違いなくマリスはヴィクトルの外見、大好きだろう。問題は長すぎる前髪な気がする。
切ったらどうかと提案するべきなのかな?
「ええ?ティアと比べないでよ、ティアはすごく可愛いんだから」
私がうんうん悩んでいたら、ヴィクトルは頬を染めて、困ったように頭を掻いた。
フフーンお世辞マンめ。私はじっとりとヴィクトルを見る。本当に、ヴィクトルはお父さんらしい対応をする人だ。
ヴィクトルは口を尖らせて「本当なのに」と呟いた。そういうところもお父さんぽいな。
達観した子供のような顔をしていたら、ヴィクトルが、今度はしっかりと私を見てにっこり笑った。
「ありがとうティア。今度からもっと明るくグレイに接せそうな気がするよ。なんならからかってやろうかな」
「ふふ」
私が笑うと、ヴィクトルはまた真顔になった。
「長くなっちゃったけど、ま、グレイに関してはこういう事情だからさ。グレイは、きっと昨日ティアに助けられて、身体の状態もだけど、精神面でもすごく救われたと思う。僕も、誰かがグレイを助ける場面を初めて見たから、本当に嬉しかった」
ヴィクトルが深々と頭を下げた。
「グレイは、さっきも言ったみたいに、自分自身が毒だから、人と関わるのが苦手だ。だからうまくお礼が言えなくても許してあげてほしい。代わりに、グレイの父である僕から、改めて感謝を送らせてくれ。本当にありがとう」
ヴィクトルが頭を上げる。
「もし近くにいたのが他の人だったら……例え僕だったとしても。きっと、近づくのを躊躇う一瞬が命取りになって、グレイは命を落としていた。君はグレイの命の恩人だ」
「そんな……」
私はその時団長さんの事情なんて知らなかったから、当然のことをできたまでにすぎない。
困ってしまい、眉がハの字になっていくのを感じた。
そんな私の気持ちを察したのか、ヴィクトルは軽く肩をすくめた。
「あのねティア、咄嗟に人を助けられるって、普通の人には中々できないことだからね」
「……分かりました」
私がにこりと笑うと、ヴィクトルは満足げに頷くと、自分の懐から手帳を取り出し、開いた。
「え〜そしてそんなティアに、王様もお礼がしたいそうです!」
手帳に書いてある字を読むために、ヴィクトルの目が細められる。
「2週間後に行われる舞踏会で、王が君に勲章を授与したいそうだ」




