14. グレイについて1
唐突に、聞きたかった団長さんの話題になり、私は目をしばたいた。
「いえ、そんな!むしろ私は守られた方だし、ポーションも当然のことをしたまでですので!」
私は手をぱたぱた振って否定したが、そんな私をヴィクトルは少し寂しそうに見た。
「ああそうか。君はこちらの世界に来たばかりだから知らないんだったね、グレイのこと」
「団長さんのことですか?」
団長さんが人と違うところなど、思い当たることは一つしかない。私は声を顰めてヴィクトルに近づいた。
「もしかして、あの頭のお耳って、秘匿事項だったりするんですか?」
ヒソヒソとヴィクトルの耳に呟いた私の言葉を聞き、今度はヴィクトルが目をしばたたかせた。
「いや、あれはもう公然の秘密というか……話題にはあげないようにしているが、皆知っている」
え!と私は眉間に皺を寄せて後ずさった。
「じゃ皆さんあのかわいいお耳についてご存知だったんですね!?私、もっと早くに知りたかったですよ!」
ぷん!と怒りをあらわにする。
「もしかしてこの世界には獣人がいるんですか?団長さんはそれとか?他にもお耳が生えてる方はいらっしゃるんですか?」
「うんうん、ちょっと落ち着こうか。ジュウジン?」
段々興奮してきた私をヴィクトルが宥めた。
「あっ……ごめんなさい。ええと、獣人というのは、ですね。私の世界には実在はしないんですけど、動物と人のハーフというか。そういう概念があったんです」
一言で獣人といえども、色んな種類がいるからなあと、私がどう説明しようかと頭を捻っていると、ヴィクトルは顎に手を当てて頷いた。
「なるほど。君の好きな“どうぶつ”と、魔物の姿は似ているんだったね……だからか」
ヴィクトルはしばらく考えこむと、私の方を見た。
「ティア、この後は僕の部屋で話そう。グレイについて話しておきたい」
――――――
突然のヴィクトルのお部屋にお呼ばれである。
部屋の位置は、それこそ私の部屋の隣なのだが、お邪魔するのは初めてだ。
私がヴィクトルの部屋に入ったってマリスが知ったら、いびりが10倍くらい悪化しそう〜と冷や汗をかきながら、足を踏み入れる。
「どうぞ」
「お邪魔します」
ヴィクトルの部屋は……研究所の状態から察せられるような状態だった。
机の上には大量の資料に、メモ、床には紙ゴミが所々に転がっている。
「見苦しくてすまないね、メイドには服以外は触らないように言ってあるんだ」
「いえ」
この城では一定以上の地位の人にはメイドがつく。魔力研究所の所長であるヴィクトルにはそのメイドさんがいるようだ。
ヴィクトルに案内された、綺麗な(来客用なのだろう)ソファに座る。ローテーブルを挟んで、ヴィクトルが反対側に座った。
「早速だけど、グレイのことについて話させてくれ」
私は頷いた。
「グレイは、僕の養子だ」
「ええっ!?」
予想外のカミングアウトに、思わず声が出てしまった。
っていうか団長さんがヴィクトルの養子!?
私は前髪の後ろに隠れているヴィクトルの顔を見ようとじっと見つめてしまった。まだまだ若そうに見えるけど、ヴィクトルって何歳なんだろう……?
私の疑問を、ヴィクトルは正確に読み取ったようだった。肩をすくめながら教えてくれる。
「僕が今42歳で、グレイが28だよ。実子じゃなくて養子だからね。年齢差は14歳しかない。今から理由は話すけれど、僕以外誰もグレイを引き取りたがらなかったんだ。グレイを引き取った時僕は20でグレイは6歳だった」
ふうとヴィクトルが一息ついた。その目線は地面の方を向いており、まだ私に話していいのか、少し迷っているみたいに見えた。
しかし、逡巡のあと、ヴィクトルは再び私の方を向いて、口を開く。
「……グレイは、ポイズンウルフと、人間のハーフなんだ」
「ポイズンウルフ……」
ヴィクトルが頷いた。
「ポイズンウルフは、昨日戦った魔物と同じ、狼型の魔物で、大変珍しい。ポイズンウルフの名の通り、毒を持つ魔物でね、なんと体液が全て有毒なんだ」
「え、全身有毒なのにどうやって……」と口を開いたところで慌てて口を閉じる。
「すみません……」
こういうのはあまり聞いちゃダメな類の質問だろう。
私は赤くなって俯いた。
「ううん、大丈夫。いや、考えてみれば、元の世界の“どうぶつ”の影響で、魔物の姿に抵抗のない君にこそ、知っておいてもらいたい。この世界では、魔物はどのような扱いを受けているか…………。でもグレイの前ではこの話はしないでくれ」
ヴィクトルは前置きをしてから話し始めた。
「グレイの母親は優秀な浄化の魔力の使い手だったみたいだが、何かの間違いで悪趣味な貴族の手に落ちてしまったんだ。そして運の悪いことに、その貴族は丁度……見せ物として闇オークションで売られていたポイズンウルフを手に入れたばかりだった。その貴族は試したくなったと言っていたよ……どこまで、彼女の浄化の魔力が耐えられるのか」
その先を察し、私は口を手で押さえた。なんてひどい。
「ただし、グレイの母親は強い女性だった。精神的にも、魔力的にもね。貴族に捨てられたあと、1人でグレイを産んで、立派に育て上げたんだ。……でも、ながくは保たなかった」
グレイがふと懐かしむように窓の方を見た。
「当時、まだただの平職員の1人だった僕は、魔物が街に隠れているという通報を受けて、グレイとその母親の家に向かった。時々入る誤通報みたいに、今回も通報者が、何か別の物を魔物と見間違えたんだろうとか、軽く考えてたんだけどね」
「そこには団長さんとそのお母さんがいた……」
「いや」
ヴィクトルは首を振った。
「グレイの母親は、僕が到着した時には既に亡くなっていた。というか、その腐敗臭が、通報の原因だったようだ」
「そんな……」
「とにかく、僕はそこで途方に暮れているグレイを発見した。あの耳だしね。一目でこの子は普通の子じゃないってわかったから、慌てて魔術研究所まで連れ帰ってきて、そこでお世話を始めたんだ。グレイの出生のついて判明したのも、このとき」
団長さんの、思ったより暗い過去に、私は俯いた。あの美しい人が、そんな壮絶な過去を持っているとは思わなかった。
「城内の、魔物と人のハーフの子をどうするかという問題に対しての意見は、はっきり2つに割れた。人の子として育てる派と、処分する派だ。グレイは運が良かったと思うよ。見た目が断トツに良いし、魔物らしさも、一部のみだったからね」
「人の子として育てることになった……」
「ああ。けどここでもう一つ問題があがった」
私は首を傾げた。
「誰が、引き取るか……?」
「ご名答」
ヴィクトルがそっと微笑んだ。
「いくら見た目が良くても。いくら精神は他人となんら変わらない子供だったとしても。グレイには、乗り越えられない、1つの大きな問題があった」
ヴィクトルが指を1本立てた。
「グレイの体液も、ポイズンウルフと同様に、有毒だったんだ」
私はハッと息を呑んだ。




