12. 帰宅
ガラン、と音を立てて団長さんの兜が転がっていく。
そこ収められていた、銀色の長髪がバサリと出てきて団長さんの肩にかかる。
そしてそのサラサラの髪の毛を持つ、団長さんの頭頂部から……ぴょこん、と可愛らしいイヌ科の耳が、顔を覗かせた。
「……えっ!?ケモ耳ッ!?」
思わず思考停止して凝視してしまう。
しかし次の瞬間、団長さんが大量の血を吐いた。
「……俺から、離れ……ッ」
「そんな重傷で何言ってるんですか!!!」
ハッと現実に引き戻された私は、団長さんの頭を腕でがっしりホールドすると、顎を持ち上げ上を向かせ、口にポーションの瓶を思い切り突っ込んだ。
「うっ、ッ、ぐ……!……!!、!」
「え……?」
私は再び驚いて固まった。
団長さんがポーションで咽せたからではない。一瞬、ポーションを飲ませる前の団長さんの顔が、狼のそれになっているように見えたからだ。
しかし、私が瞬きしたら、団長さんの顔はすべすべの肌を持つ、人間の顔に戻っていた。
動揺した私の脳が見せた幻だったのかもしれない。
私はポーションを飲み終わり、咳き込む団長さんから数歩離れ、彼の頭をまじまじと見つめる。
サラリとした銀色の髪の毛に紛れて、それは間違いなく存在していた。
け、け、ケモ耳だ〜!!!ケモ耳!ケモ耳です!!!団長さんの頭にはケモ耳がついているであります!!!
先程……まだ実感が湧かないが、恐らく私が首を斬り落としてしまった狼型の魔物とそっくりな、グレーの耳が、団長さんの髪の間から生えてきている。時折ピルピル動いているので、本物の耳だろう。
初めてのことに、私の脳内のテンションがおかしいことになっている。
脳内がこのお祭り騒ぎテンションで、よく表面上は真顔でいられるよ、と自画自賛してしまうレベルだ。
私が顎に手を当て、観察していると、ヴィクトルが駆けてきた。
「グレイ!大丈夫か!?」
ヴィクトルが私の隣を通り過ぎ、グレイに近づこうとする。
だが、そのヴィクトルを、団長さん……グレイは腕を振って追い払った。
「近づくな、ヴィクトル。……俺は無事だ」
「そうか、良かった……!良かった……!」
グレイの態度は全く気にせずに、ヴィクトルはほーっと安堵の息を吐いた。
せっかく心配してきてくれたヴィクトルをそんな風に追い払うなんて、ちょっと失礼じゃない?と思い、眉間に少し皺を寄せながら、グレイの方を見る。
「!」
グレイは金色の両目で、私のことをじっと見つめていた。
ケモ耳にばかり意識が取られていたが、いざ正面から見つめ合うと、その顔は彫刻のように整っており、恐ろしいくらい綺麗だ。
しかしグレイはすぐに目を逸らすと、自分の足でしっかり立ち上がった。
「勝利は近いぞ、だが油断するな!全て殺せ!」
グレイは吠えるような声で周りの騎士たちを鼓舞し、自分も剣を持ち、戦場に復帰するために足を踏み出した。
「グレイ、これを。浄化の魔力が籠った武器だ。使ってくれ」
「親を倒したやつか」
「いや、違うが付与は同じだ」
ヴィクトルが鞄から、道中で私が魔力付与した武器をグレイに渡す。
「感謝する……その娘にも、念の為ポーションを」
そう言うと、グレイは他の騎士の元へ、駆けて行った。重い鎧を身につけているとは思えない身のこなしで、思わず見惚れてしまう。
「ティア!」
「んえ」
ヴィクトルが、がしりと私の肩を掴んで自分の方に向けた。
「君、身体に異常は!?ああもう、結果的には良かったとはいえ、なんて無茶を……!」
早口で喋りながら、ヴィクトルは鞄から取り出したポーションの蓋を開け、私に手渡した。
「早くそれを飲むんだ!そしたら移動するよ、いいね」
私はヴィクトルの剣幕に押され、こくこくと頷くと、一気にポーションを飲み干した。
――――――
親魔物を討伐後、戦況は劇的に好転した。
私とヴィクトル以外の魔術研究所の皆は、魔物が最後の1匹が討伐されたあとも残って、夕方まで怪我人に対応した。
一方、私はヴィクトルに連れられ、魔物の遺体を1体ずつ浄化してまわっていた。
「これで遺体の処理が圧倒的に早く楽に終わる」と、ヴィクトルが笑った。
「ティア、君は間違いなく聖女だよ」
最後の1体の浄化が終わると、ヴィクトルに噛み締めるように言われた。
「例え君の本意ではなかったにしろ、僕は、君がこの世界に来てくれて本当に嬉しい」
戦いは終わり、不利な状況かと思われていたが、蓋を開けてみれば、魔術研究所が持ち込んだポーションにより、死者はおろか、最終的に怪我人すらいなかった。
街の家が壊されたり、武器や鎧が傷ついてしまっているなどの被害はあれど、これまでを考えれば遥かにマシらしい。
これは瘴気問題が発生してから初めての快挙らしく、帰城する前にこの吉報を聞かされたヴィクトルはずっと喜び続け、城に帰ってきてからも手を叩いて喜んでいた。まだ数日の付き合いではあるが、こんなに感情を表に出しているヴィクトルは初めて見る。
ヴィクトルは着陸した訓練場から、テンションが高いまま廊下を進み、雄叫びをあげながら魔術研究所の扉を開け放ったので、居残り組だったマリスが驚き、地面に置いてあった機器に足を取られ、盛大に転倒していた。
マリスの周りに、巻き上がった書類がバサバサと舞い落ち、机の上でギリギリのバランスで積み上げられていた本がポコポコと1冊ずつマリスの上に落ちていく。
「いっ、たっ、たっ、たぁ!」
「ンッ……」
立ちあがろうとする度に、落ちてくる本に1撃を食らっているマリスを見て、私は笑いを堪えるのに精一杯だった。
「ンン、大丈夫ですか?」
いけないと自分を奮い立たせ、マリスに手を差し伸べたら思いっきりはたかれた。痛い。
マリスは私を無視して、真っ直ぐヴィクトルの方へ小走りに向かった。
「所長、お帰りなさい。ご無事で何よりです」
そう言ってヴィクトルにしなだれ掛かるマリスを、ヴィクトルは身体を回転させることによりサッと避けると、自分の机の前に座る。
「今日は発見の多い1日だった、覚えているうちに色々メモしておきたい」
言うが早いが、ガリガリと紙に向かって何かを書き始める。こうなってしまったら、もう何を言っても聞こえやしないだろう。
「そんなとこも素敵!」
んふん!とマリスはボサボサになった髪を耳の上にかきあげながら呟いた。
マリス、めげない強い女性である。




