11. 戦場へ
ヴィクトルは数分経っても帰って来なかった。その為、待っている間に、念の為に出来立てのポーションを瓶に詰め、自分の服の中に滑り込ませる。備えはあればあるほどいいだろう。
私がソワソワしながら待っていると、ヴィクトルが駆け足で戻ってきた。手には箒、肩には大きな鞄をかけている。そして目には分厚いゴーグルをつけていた。
「準備できてるね、よし。じゃこれ付けてついてきて」
私に自分がつけているのと同じタイプのゴーグルを渡し、スタスタと小走りで歩くヴィクトルが向かった先は、窓際だった。
手渡されたゴーグルを装着しながら、その姿を目で追う。
私が見守る中、ヴィクトルはカラカラと窓を開けると、そのまま身を乗り出し、軽快に飛び降りた。なお、ここは3階である。
「えっ!?」
私が慌てて窓に駆け寄り、身を乗り出すと、箒に乗って空に浮かんだヴィクトルがふわりと近づいてきた。
「び、びっくりした〜!し、死んでしまったかと……!」
「ん?」
ヴィクトルは首を傾げた。この世界では、箒片手に窓から飛び降りるのは一般的だったりするのだろうか?
「もう他の者は出発済みだ。僕たちはここから飛び立つよ。さあ手を」
差し出されたヴィクトルの手を掴む。
私の手が震えていることを感じ取ったのだろう。
「大丈夫、信じて」
失礼、とヴィクトルは私の手を強い力で掴むと、私の身体を室内から、箒の上へと移してくれた。
導かれるまま、ヴィクトルの前にトスンと腰を下ろす。
私がバランスを崩す前に、ヴィクトルの両腕が私の腹を挟むように伸ばされ、箒の柄を掴んだ。
「行くよ」
ふわりと箒が動き出す。
浮遊感に私は少し顔を歪めたが、最初に乗せてくれた騎士よりもヴィクトルの方が箒の運転が上手いのだろう。
そこまでの恐怖を感じることはなく、ホッと胸を撫で下ろす。
眼下を建物がビュンビュンすぎていく。
と、無言で箒にしがみついていた私の前に剣が差し出された。
「魔力付与を」
「……ッ、分かり、ました」
「僕が支えてるから、付与に集中して」
耳元でヴィクトルの声が聞こえる。ヴィクトルの声を聞くと、不思議と安心するな、と思いながら、私はしっかりと剣を両手で掴んだ。
――――――
様々な武器に魔力付与を繰り返すこと数回。
「着いたよ、そろそろ降下する」というヴィクトルの声に、私は閉じていた目を開けた。
眼下には、まさしく“戦場”が広がっていた。
奥には薙ぎ倒された森、そして目の前には広い大通りいっぱいに溢れ、土埃をあげながら揉み合う騎士と、紫色魔力に包まれた魔物たち。
研究所で見たポイズンラットなど比にもならないくらい大きな狼型の魔物たちが、人のいる街へ侵入しようと牙を剥いている。
成人男性くらい大きな狼型の魔物は、上空から見える限り数十匹はいた。騎士たちは魔物1匹に対して数人で戦っているようだが、魔物の素早さに翻弄され、中々仕留めきれていないみたいだ。
「今降りる場所を……「所長!」」
後ろから声がして、ヴィクトルが振り向いた。
「追加のポーション、持ってきました!どこに置けば……」
背後にいたのは、私たちと同じように箒に跨って飛んでいる、10代後半くらいのかわいらしい小柄な少女だった。
戦場の土煙に当てられ、その薄い茶色の髪がバサリとなびく。
「リリー!なんで」
こんな若い子も戦場に来るなんて、と私の顔からサッと血の気が引いた。
少女はリリーという名の、魔術研究所のお手伝いさんだ。マリスと違い、私がポーションの材料を求めて彷徨っていたときに助けてくれた、優しい少女である。
「お兄ちゃんが騎士で、戦ってるんです。少しでもお兄ちゃんの役に立ちたくて……」
話しながらリリーは下の方を向いた。
悲鳴が聞こえたからだ。
「お兄ちゃん!」
何かを発見したリリーが、血相変えて地面に向かって急降下を始めた。
「待ちなさい!」
ヴィクトルが止めようと手を伸ばしたが、遅かった。
リリーは、恐らく彼女の兄がいると思われる場所、他よりも大きめの魔物が低く唸りながら周りにいる騎士たちを威嚇している場所に迷わず突っ込んでいく。
「くそっ」
ヴィクトルがリリーのあとを追って急降下する。
しかし遅かった。
突然目の前に現れたリリーに、魔物は狙いを変えた。魔物が、大きく口を開け、リリー目掛けて突進してくる。
「リリー!」
私は思わずリリーを掬い上げようと手を伸ばし、身を乗り出した。
「危ない!」
それによりバランスを崩したヴィクトルの箒が斜めに傾く。箒から投げ出された私の身体が、地面に打ち付けられる。
「リリ、……!」
落下の衝撃で、涙目になりながらも、私はリリーを探して身体を持ち上げた。
リリーは、右腕から血を流している、彼女とよく似た若い騎士に抱きしめられた状態で、地面に尻餅をついていた。
そして彼らの前には、魔物の首を、下から剣で貫いた状態で立っている、一等大きな騎士がいた。その騎士は兜を被っており、その顔は見えない。
「団長!ありがとうございます!」
リリーの兄がガバリと頭を下げた。
大きな騎士は、自分の剣から魔物の身体を引き抜き、投げ捨てると、リリーたちの方を見た。
「礼はいい、お前はその子連れて怪我を直してこい」
どうやらリリーとその兄は、団長さんに救われたらしい。私はホッと胸を撫で下ろし、ハッと自分の置かれた状態に気がついた。
今戦場のど真ん中にいるじゃないの!!!
「ティア、乗れるか?」
強張った私の身体を、追いかけてきてくれたヴィクトルが揺すった。
「……ヴィクトル?」
私たちの存在に気がついた団長さんが呟いた。こちらに意識を向けた彼の上に、ぬっと大きな影がかかる。
「危ない!!!」
「ッ!」
ドッという音と共に団長さんが吹き飛ばされた。
「新手だー!」
「親だ!親がきたぞ!警戒しろ!」
「森から出てきたんだ!」
周りから騎士たちが叫ぶ声が聞こえる。
グルルルル……と低く唸るそれを、私は絶望の気持ちで見上げた。
団長さんに攻撃したのは、体長4、5mはある巨大な黒い狼型の魔物だった。親と呼ばれたそれは、間違いなくこの魔物の群れのボスだろう。
その親魔物も紫色の瘴気に侵されており、目は白目だし、口からはダラダラと涎が流れ落ちている。
親魔物は、一瞬ヴィクトルと私に意識を向けた。だが団長さんが叫ぶ、「おい!こっちだ!まだ生きてるぞ!」という声に気を取られ、横を向く。
私の耳元で、ヴィクトルのか細い「だめだグレイ」という声が聞こえる。
団長さんは血を吐いているのだろう、兜から鮮血を垂らしながらも、剣を地面に突き刺し、立ちあがろうとしていた。
親魔物はウウウウウ!と低い唸り声をあげると、団長さんに向かって方向転換した。その身体の毛と筋肉が盛り上がり、今にも飛び掛かろうと力を込めているのがわかる。
私の肩に置かれたヴィクトルの手に、痛いくらいの力が込められた。
次の瞬間。
どうしてそんなことをしたのか、自分でもわからない。
でもふと手に力を込めたときに握った、私によって浄化の魔力がたっぷり込められたばかりの剣が視界に入った瞬間、何かしなければという意識が、私の身体をつき動かしていた。
「うああああーっ!」
気がついたら、私はグレイの手を振り払い、剣を鞘から抜くと、さらに魔力を込めながら、まだ距離があるというのに、親魔物の首に向かって振り下ろしていた。
一瞬周りがキラキラと金色に輝き、親魔物が、白目を大きく見開きながら、私の方に顔を向けた。
「ヒ……」
私が自分が何をしてしまったのかを理解し、一歩後ずさったその時。
ぶしゃっと、親魔物の首の周りから鮮血が勢いよく吹き出した。
「キャーッ!」
私が驚いて叫ぶ中、親魔物の首がゆっくりと胴体からずれていき、ずしゃりと地面に落ちた。
そのあとを追うように、立ったままだった胴体が、ズズンと倒れる。
「た、倒した……?」
辺りが不自然に静かなことに気がつき、私は恐る恐る、辺りを見渡してみる。
魔物も騎士も、動きを止めてあんぐり口を開けたまま、親魔物が崩れ落ちるのを無言で見守っていた。
「う、うおおおおおおおお!!!!!」
一拍あき、騎士側から野太い歓声が上がる。
「親を倒したぞおお!!」
「勝てるぞ!このまま押せーっ!」
再び戦場が音で溢れる。剣があちこちで鳴り、親を殺された魔物たちは、戸惑っている間に切り捨てられていく。騎士たちの目は勝利への希望で輝いていた。
しかし、私に彼らの戦いを見る余裕はなかった。親を倒せていることが分かると、重傷を負っているだろう団長さんの元へ、真っ直ぐ駆けていく。
服の中から忍ばせていたポーションを出し、蓋を開ける。
「早く!飲んでください!」
今や膝から崩れ落ち、なんとか剣にしがみついている団長さんの兜を、私は乱暴に取り払った。




