10. 魔物の侵攻
私は就業中、殆どをポーション作りにあてているが、ずっとポーション作りをしているわけではない。
できることならずっと作っていたいのだが……
「ティア!ティア聞いてる?私は忙しいからこの書類確認しておいてちょうだい」
このように、ヴィクトルが席を外しているタイミングを狙って、マリスが定期的に顔を出しては、私の机の上に書類やら何やらを置いて行くのだ。
ちなみにマリスが本当に忙しいかは……微妙である。
彼女は確かに時折ポーションを作ったり(マリスはメインは水属性で、副属性に浄化を持っているらしい)、書類を弄ったりしているが、主に働くヴィクトルを眺めていたり、私に小言を言ったりしている。
私は相手するのが面倒なので、真面目に聞いているフリをしながら、ポーションの改善策を考えたり、お金が貯まったら異世界でやりたいことを考えるようにしている。
動物のことは極力考えないようにした。
前に一度、マリスから、「あなたが本当に聖女なら、戦場に出て魔物と戦うべきよ!こんなところにぬくぬく引きこもってるなんて恥ずかしいと思わないの!?」と言われた際、魔物から連想して動物のことを考えてしまった。
すると、何度目かの、(もうモフモフに会えないんだ……)という悲しみが襲いかかってきて、私の目から涙がポロリとこぼれ落ちた。
本当にたまたま、そこにヴィクトルが通りかかり、「ティア大丈夫か?クッション使うか?ああ、それとも何か甘いものでも食べるか?」と、お子ちゃま相手モードで盛大に構われてしまったのだ。
結果、私はありがたくも気まずい思いをし、マリスはますます私を嫌いになった。――完全な逆恨みなのに!
その日以降、周りの優しい人たちが助けてくれようとしても、マリスの方が身分が高く、その人たちもどうなってしまうか分かったものではないし、私への嫌がらせが酷くなるだけなので、お気持ちだけありがたく頂くことにしている。本当にマリス以外はいい人たちなのだ、この職場。
私は今日のマリスからの書類はなんだろう、とちらりと確認すると、ポーションを煮ている鍋に目線を戻した。
今日の書類は、ポーション用の薬草の在庫数の確認用のチェックリストだった。しかも一部は名前を自分で書き込んで新たに作っていかなければならない、面倒くさいやつ。
こう、私が任された訳ではないのだが、私に無関係ではないし、地味に時間がかかる書類をマリスはまわしてくる。まあ、勉強になるからいいのだが。
「はい、分かりました」
「何よその返事は!本当に可愛げのない子ね!」
もう……どう返事すればいいか分からないよ〜!
ん〜と私がマリスに見えないように、目を細めて、口を片方に寄せていると、私とマリスの背後から、ヴィクトルの声が聞こえた。
「ティアをあまりいじめてやるな、マリス」
はい、確定演出です。
私はこの先マリスに私弄りがより一層激しいものになることを察し、自分の将来を嘆いた。
どうして。
「しょ、所長!騎士団の方に呼ばれたんじゃ……」
マリスが目に見えて動揺する。
それじゃ、後ろめたいことしてましたって言ってるようなものだ。
だがヴィクトルは気づかなかった。ヴィクトルは自分の手元の書類を見ながら、険しい顔をしている。
「2人に伝えなければならないことがある」
――――――
「王城から約20キロほど北東に位置する大通りにて、狂暴化した魔物の侵攻が確認された。恐らく、瘴気発生地の包囲網を掻い潜って来てしまったんだろう」
ハッとマリスが口元を押さえた。
「そんな……!」
「今までになかったことだ。現在王城で動ける騎士が総出で対応しているが、バックアップがほしいそうだ」
私は鍋をかき混ぜるために使っていた大きめのスプーンを置いてヴィクトルを見つめた。
「私たちに何かできことは」
バッとマリスがこちらを睨みつける。
「……ポーションをなるべく戦場の近くまで運びたい。それとティア、君には道中、武器への魔力付与をお願いしたい」
「分かりました」
私は頷いた。
「ポーションの在庫を持ってきます」
「いや、それは男どもに任せる。ティア、君はコートを羽織って。私の箒に乗りながら武器に属性付与してもらう。すぐ迎えにくるから、その後一緒にきて」
「分かりました」
ヴィクトルはふとマリスに目線を向けた。マリスはビクッと身体を震わせる。
「マリスは、ここに残って、僕の代わりに指揮を」
「っ、あ、わ、分かりました」
マリスがカクカクと頷いた。
伝えたいことだけ言うと、ヴィクトルは早足で踵を返していった。恐らく他の魔術研究所のメンバーにも仕事をふったり、出るための準備をしに行ったのだろう。
私は震える手を必死に押さえつけて、額の汗を拭った。
ポーションを煮ていた鍋の火を消し、コートを羽織る。
役に立ちたいのに、マリスに邪魔されて苛立っていた気持ちと、マリスに言われた皮肉を思い出していたせいで、自分も戦場に行く流れを作ってしまった。
戦いの場に赴くなんて、想像するだけで全身が震えるくらい怖いし、やめられるならやめたい。けど、ヴィクトルがして欲しいと言ったことは恐らく私にしか務まらない仕事である。
それに、私たちはあくまで後方支援……激しく争っている場所までは行かないだろうし。
フッと短く息を吐いて自分を落ち着かせる。
そんな私を見て、マリスはフンと鼻を鳴らした。
「あ〜らようやく戦場に行けて良かったじゃない、なんちゃって聖女さん。あなたに何かできるとは思えないけど、精々頑張ってきなさい」
こ、この女〜!!!!!
私はもちろん、今も前線で精一杯戦ってくれている騎士たちや、その他諸々を敵にまわす発言だぞ、今のは!
すごい勢いで、今まで以上にマリスを嫌いになって行くのが分かる。
私がキッとマリスを睨むと、「な、何よ!なんか言えば!?私は上司よ!」と捨て台詞を残して、駆け足で去って行った。
私はマリスの後ろ姿を見送りながら、込めていた力を抜き、ため息をついた。
今まで色々な人を見てきたが、マリスはその中でもトップクラスに苦手なタイプかもなあ。




