第八話《伶の夜》
ヘッドホンをして、キーボードを鳴らす。
ディスプレイには波形が映し出されるだけで、肝心の譜面はまだ真っ白だ。
「……クソっ……」
自宅の作業部屋に篭っていた伶は、天を仰いで吐き捨てた。
本日もう何本目か分からない煙草に火を点け、深く煙を吐き出す。
──曲ができない。
締め切りが迫っているというのに、何一つメロディーが降りてこなかった。
先程の、海の言葉がリフレインする。
『曲が作れないあんたなんてただの素人同然だし、このユニットにいる意味も無くなっちゃうものねぇ』
日常的な海の煽りにいつも以上に腹が立ったのは、図星を指されていると感じたからだ。
曲を作れない自分に価値は無いと、彼は誰よりも自分自身で理解していた。
反論できないことが、一番屈辱で苛立たしい。
小学生の頃に作曲を始め、打ち込みで作曲した音楽をネット投稿し活動していた彼は、メンバー兼作曲家としてBLUE BIRTHの全ての楽曲を手掛けてきた。
自分には飛び抜けた歌唱力も無ければ、ほぼ未経験だったダンスなんかはとてもプロとして通用するレベルでは無いと、彼はそう自負していた。
しかし一度ステージに立ってみると、自分の作品を自分で表現する快感と、観客の反応を直に浴びられる喜びに病みつきになった。
自分の音楽は求められている、と。
この場所を手放したく無い。
昔は、創作意欲が湧いて仕方が無かった。
ただ日々を生きているだけで、自然と作品が生まれていく程に。
それが、デビューして時が経っていくにつれてできなくなっていった。
生み出そうと搾り出そうとして体を捻るのに、何も出てこない。
スランプと言ってしまえば、一言で片付けられる現象だろう。
しかし売れる曲を作らなければ、世間に認められる曲を作らなければというプレッシャーに押し潰されていると思うと、自分が情けなかった。
「……っせぇな……」
頭の奥で響く雑音に、八つ当たりするように吐き捨てる。
苛立って灰皿に煙草を押し付け、目を閉じ、大きく深呼吸をする。
そして数秒瞑想した後、再びパソコンに向き合ってあるサイトを開いた。
素人が気軽に作品を投稿できる、とある掲示板。
そこに投稿された曲を、片っ端から聴いていった。
そしてある一つの曲に耳を傾け、ハミングしてみる。
歪で不完全で、とても曲として発表できるレベルものじゃない。
ただ、メロディーの運びは悪くなかった。
(……よし、これを貰うか……)
何処の誰が作ったかも分からないメロディーをベースにして、音階を変えたり流行りの音や転調を加えていく。
そうして少し弄っていくだけで、元のメロディーからはかけ離れたオリジナルの作品が出来上がった。
「……悪く思うなよ……。俺の技術が加わったことで、ただの暇潰しで書いた駄作が世界中の人間が聴く名曲になったんだ……」
この曲は後々、BLUE BIRTHのアルバム収録曲として発表され、世間の注目を浴びることとなるだろう。
誰の目にも触れず死んでいく作品は可哀想だ。
自分がしたことは、そんな惨めに散っていく作品に対しての救いの手だ。
むしろ感謝されてもいいくらいだ。
そう自分に言い聞かせながら、プライドの無い仕事をして、彼は自分の立場を守り続けていた。
「俺は成功者でいなければならない……。俺の音楽は、評価され続けなきゃいけない……。どんな手を使ってでも……」
自分には、これしかないのだから。
作品を作り続けることでしか、評価され続けることでしか、自分の存在価値を感じられない。
全ては、認めさせる為に──。




