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ロストユースに青を知る  作者: 志結
最終章
77/83

第七十六話《降臨》


一年後



久し振りに、緊張していた。

暗い舞台袖で、一人、その時を待っている。

名前を呼ばれ、まばらな拍手の中、陽七星はステージの中央へと歩き出した。

丁寧にお辞儀をして、マイクのスイッチを入れる。


「みなさん、初めまして。BLUE BIRTHの、朝霧陽七星です」


そこに待っていたのは、客席に着くファンではなく、体育館に整列している制服姿の生徒達だった。



三ヶ月前、陽七星の母校の中学校から、ある仕事の依頼があった。

卒業生代表として、学校で講演会を行って欲しいというものだった。

二年生の途中で転校し留学している為、正確には卒業生ではないのだが──。


正直、最初は乗り気ではなかった。

自分のことを話すのはあまり得意ではなかったし、自分の言葉で、先生の教えのような何かを与えられるとは思い難かった。

それでも、学校自体には悪い思い出がなかったことと、頼人の後押しもあって受けることにしたのだ。


「僕は役者の仕事をしながらこの学校に通っていたのですが、先生方には大変良くしていただき、友人にも恵まれ、とても充実した日々を送っていました。決して不満はなかったのですが、その頃、大人達によく言われました。青春を謳歌しろ。人生で今が一番楽しい時期だから、一分一秒を大切にしろ、と。しかし、イマイチピンと来ませんでした。そんなことを言われても、その時の僕にとって、その時間は今まで過ごしてきた人生となんら変わりない、地続きの『今』でしかなかったからです」


緊張しながらも声が上擦ったりしないのは、さすが長年役者をやってきただけはあると、自分を褒め称えたくなる。

しかし今は役者としてではなく、等身大の、ありのままの自分で話したいと思った。


「だから当時、僕は焦りました。もっと青春っぽいことをしなければ。もっと思い出に残るような、かけがえのない日々を送らなければ、と。多くの大人達が、もっとあぁしておけばよかったと後悔している姿を見て、自分はそうならないようにしなければ、と。当時そう思っていた僕でも、今は後悔することばかりです。キラキラした輝かしい時間ばかりではなく、思い悩み、挫折を味わい、深く傷付くことの方が多かったようにも思います。それでも、その後悔や傷も含めて、青春という名前を付けるに相応しい時間だったと、今はそう感じています」


退屈そうに仕方なく聞いていた生徒達が、少しずつ、陽七星の話に興味を持ち始める。

彼の言葉は、大人として子供を正しく導こうとする、教科書に載っている正解とは違う。

今の自分達の境遇や心情に、とても近いもののように感じた。

──他人事ではない。

もしかしたらこれは、自分の物語なのかもしれない、と──。


「だから、怯えたり絶望する必要はありません。青春という言葉の象徴や解釈も、一つではありません。青は爽やかでキラキラとした光景を連想させますが、若さや未熟さを表す言葉でもあります。夢や希望に溢れた楽しい部分だけではなく、出口の見えない絶望に打ちひしがれ、途方に暮れる時間は、それさえも簡単に飲み込んでしまいます。それがどれほど辛く、どれほど苦しいことなのか、僕はこの身を持って知りました」


話していると、不意に、不思議な感覚に陥った。

体育館に反響する自分の声が遠くなって、マイクに触れている指先が、仄かに熱を持つ。

まるで水の中にいるように、目の前の景色が朧げになっていく。


その時、整列している学生の中に、学ランを着ているひなの姿を見た。

大人に絶望し、自分に絶望し、どうしていいか分からず身動きが取れなかった、あの頃の自分だ。

彼に語りかけるように、かつての自分に手を差し伸べるように、陽七星は優しく、その姿を見据えたた。

あの頃の彼が知りたがっていた答えを、彼が手を伸ばし必死に掴もうとしていたものを、今の陽七星は、知っている──。


「でもそれは、体が、心が、ちゃんと動いている証拠です。痛みを感じるのは、そのSOSが正常に働いている証です。その痛みや傷こそが、僕らを護ろうとしてくれている防衛本能なのです。だからそれを、無理矢理押さえつけるようなことはしないでください。目を逸らして、耳を塞いで、心を殺して、痛みを麻痺させるようなことはしないでください。目を瞑って、そっと胸に手を当てて、自分の声に耳を傾けてください。そして、決して一人で悩まず、誰かに助けを求めてください。それは友人でも、家族でも、信頼できる大人でも、誰でもいいです。君が助けて欲しいと思っているように、君のことを助けたいと願う人も、必ずいます」


来賓席の後ろの方に、座っている頼人の姿を見つけた。

来るなとあれだけ釘を刺していたのに、ニヤニヤと口端を上げながら話を聞いている。

まるで授業参観のようだと、いつまでも経っても子供扱いをされていることに、文句のひとつも言いたくなる。

しかし、いつまでも子供でいられることは、きっと幸福なことなのかもしれない。

あの夜、助けてくれる人に、すぐ巡り会えたことも。

その幸福は、奇跡とも呼べるだろう──。


マイクが拾わないほど小さな声で、陽七星は「ありがとう」と呟いた。

その声はきっと、彼には届いたに違いない。


「もし、すぐに近くに見つけられなくても、それでも探し続けてください。それは決して、惨めなことなんかではありません。自分の弱さを知ることが、本物の強さを手に入れる第一歩だからです。自分を見失わない為に、自分の心を護る為に、その傷と共に生きる勇気を持ってください。そうしたらきっと、いつか、同じ傷と連れ添う同志に出会える筈です」


陽七星は、奇妙な縁とやらで繋がった、彼らのことを想った。

同じ傷を抱える、上手く子供から大人になりきれなかった、いたいけな仲間達。

それは偶然か、もしくは最初から決まっていた必然だったのか。

どちらにせよ、今は思う。


──あぁ、よかった。

あの日の続きが、ここに繋がっていて良かった。

無様にもがいて、しがみついたその先が、今日というこの日に繋がっていて良かった、と──。



群衆から拍手が起こって、遠かった音が帰って来る。

いつの間にか、ひなの姿は消えていた。

きっと彼も、彼だけの答えを探しに行ったのだろう。

あらゆる言葉や助言を受けても、答えを出すのは、結局自分自身だ。

それはきっと、今の陽七星にとっても同じ。


──強者でいなければと、ずっとそう思ってきた。

しかしその強さの本当の意味を、今の彼は知っている。

弱い自分も引き連れて、痛みや傷を抱えたままで、それでも強さを追い求めていく。


握った拳を開いて、その手を今度は誰かに差し伸べる為に、陽七星は拍手の中、壇上から降りた。

その舞台を降りても、彼が人生という名の舞台から降りることは無い。

本物の勇者になる為に、本当の英雄になる為に、陽七星は再確認するように、そっと自分の名前を呟いた。



次回、最終話です

最終話の第七十七話に加え、エピローグ一話を同時に投稿致します


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