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ロストユースに青を知る  作者: 志結
最終章
70/83

第六十九話《空白》


ぼやっと霧がかかったような景色に、ここが夢の中だと分かる。

目の前には、世にも珍しい青い鳥居。

思い出せはしないのに、初めて見た気がしない。

何故か、知っているような感覚だった。

陽炎のように揺れながら、それでも確かに、ここに居るんだと示すように、存在感を放ちながら聳え立っている。


その向こうに、誰かが立っている。

黒い靄がかかってよく見えないその人物は、何か言いたげに、こちらを見ている。

そして、儚げな声が届く。


『忘れないで。憶えていて──』


そう言い残して、青い光に包まれ、消えた。



「……っ……はっ……!」


ベッドから飛び起きて、夢から覚めたのだと知る。

乱れた呼吸と、大量の汗。

全身に鳥肌が立って、震える手で腕を抱く。

真っ暗な深夜二時、陽七星は頭を抱えた。


「……誰なんだよ。……おまえは……誰だ?」


その空白の正体は、分からないままだった──。




島から戻って来て、一ヶ月が経とうとしていた。

結局、何故メンバーだけで再びあの島を訪れていたのか、彼らは分からないままだった。

必死に思い出そうと記憶を辿っても、デビュー五周年ライブを終えた辺りからの記憶が曖昧だ。

要所要所は思い出せるのに、パズルのピースの一部がすっぽりと抜け落ちてしまっているような、何か大事なことを忘れてしまっているような、そんな感覚だった。


そしてもうひとつ、奇妙なことがあった。

何故か、メンバー達の過去を知っている。

実際に見たり聞いたりした覚えは無いのに、何故か記憶として脳に刻まれてしまっているのだ。

そして同じように、自分の過去も知られているということも──。


この件に関して、彼らは慎重だった。

日々の会話で自分の守りを固めつつ、少しずつ探りを入れてみたものの、途中でそれが全く意味を成さないと勘付いてしまった。

それでも、互いの過去を笑い揶揄うようなことをする者は、誰一人いなかった。


──そしてもうひとつ。

子供の自分と会話をした記憶だ。

理由は分からないが、ロケで訪れたあの島にもう一度行き、前後は朧げでも、確かにこの手で子供の姿の自分を抱き締め、泣きながら交わしたあの言葉は、今でも胸に根付いていた。

それは夢の中での出来事だったのか、忙しさのあまり疲れた脳が見せた幻覚だったのか、そんなふうに考えるも、どれもしっくり来なかった。


でも、それでいい気がしていた。

おかげで大切な想いを、取り戻すことができたのだから。

誓った想いを、約束を、これからの人生の指針にしていかなければ。

そんな胸の滾りだけが、彼らの背中を押していた。


そして、彼らは少しずつ変わっていった。

メンバーとの雰囲気も、少しずつだが良くなっていき、会話をすることが増え、前より上手くやれるような気がしていた。

過去を知られたら終わりだと身構え取り繕っていたのに、全てを知られた後も終わらず続いていく日常に、今更強がっても仕方の無い気分になったのかもしれない。

それは決して絶望ではなく、見えない絆のようにも感じていた。


──彼らを結びつけたのは、同じ傷だった。

互いの傷を分け合ったことで、互いの痛みを認められるようになったのだ。

それはとても、彼ららしい絆の形だった。

傷付くことは、決して悪いことではない。

その傷さえも、彼らの人生を造る大切な要素なのだ。

そのことが、彼ら心のどこかに刻まれていた。

共に傷だらけになれる仲間がいるということは、これ以上なく心強いことなのだ、ということも。


それでも、たまに訪れる記憶のヒビのようなものが、彼らを困惑させた。

踊る時に何故かセンターの間を広く取ってしまうことや、出来上がった新曲を聴いても、何か物足りなさを感じてしまうこと。

会話の節々で突如訪れる、言い表せない違和感。


「だから、ここはあたしが前に出てアピールした方がいいんだって」

「は? このパートは俺様の見せ場だろ。前後の動きを付けた方がいいって話なら、他の奴らを下げればいい。おいガキ。おまえはここまで下がって……」


そこまで言って、陽七星は突然フリーズしたように固まった。

誰に対してかけた言葉だったのか、何もない空を指差すその手だけが、虚しく空を切る。


「……え、ガキって僕のこと? そんな呼び方ひどくない? 陽七星くんとひとつしか変わらないのにー!」


おどけたような勇為の声が、逆に痛々しかった。

何かの片鱗が見えた気がするのに、その空白の正体は、分からないままだった。


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