第六話《勇為の夜》
夜景が映える、最上階のレストラン。
美人の対面に座って、勇為はいつもの笑顔を浮かべていた。
「今日は時間を作ってくれてありがとう。デートに誘ってもらえて、本当に嬉しい」
「僕も君に会えて嬉しかったよ。今日は色々あって大変だったけど、君のおかげでいい日になったからね」
憧れの人に見つめられて、女性は頬を染めながら笑った。
長年想い続けた人が、こうして手の届く距離にいるのだ。
舞い上がってしまうのも無理もない。
個室で二人きりではあるものの、全世界の人に見せびらかしたい気分だ。
「……ねぇ。私って、YUIの彼女、でいいんだよね?」
「もちろん。大切な僕の彼女だよ」
その言葉に、女性は思わず涙を流した。
「良かった……。YUIからDMの返事が返って来た時は、本当に信じられなくて……。ずっとファンで憧れだったYUIの彼女になれたことが……嬉しくて……本当に夢みたい……」
感激した様子の女性の姿に、勇為は満足げに笑った。
人からの好意は良い。
心が満たされる。
愛は、心地が良い──。
そっと手を伸ばし、彼女の髪飾りに触れる。
「これ、可愛いね。僕の為にお洒落してきてくれたの?」
「それはもちろん……。念願の初デートだもん。YUIに似合う彼女になりたくて……」
「凄く似合ってるよ。お姫様みたい。愛してるよ」
まるで、お伽話に出てくる王子様とお姫様のようだ。
今世界で一番、幸せな自信が彼女にはあった。
夢なら、どうか醒めないでと願うほどに。
「ねぇ、このあと、どうする?」
「あ、ごめんね。このあと人に会う予定があるんだ」
「……そう……なんだ……」
夢の続きを願う彼女は、その一言に落胆した。
でも、また次の機会もある。
だって自分は、彼女なのだから。
焦らなくても、いつでも会える権利を得ている。
「お仕事関係の人?」
「ううん」
「あ、そうなんだ……。ちなみにそれって……女の人?」
「そうだよ」
「え……」
今この瞬間まで幸せの絶頂だった感情に、突如不安が押し寄せる。
彼女の自分を差し置いて他の女に会うなんて、良い気がする筈がない。
「ちなみに、その人とはどんな関係なの? 疑ってるとかそういうんじゃなくて……。あ、もしかしてお姉さんとか?」
「彼女だよ」
「……え?」
「僕の彼女」
一瞬時が止まったような、何も聞こえなくなるような感覚に陥る。
「……彼女?」
「うん」
何かの聞き間違いかと思い、彼の口から出た言葉を繰り返してみる。
勇為は一切悪びれた様子もなく、先程愛を囁いてくれたのと同じ様子で答えた。
「……え、なんで? 私がYUIの彼女なんでしょ!?」
「そうだよ」
「じゃあなんで……!」
「君も彼女で、その子も彼女なんだ」
衝撃の一言に、驚きが隠せない。
理解ができない。
しかし、このままでは退けない。
それに踏み込んでもいいくらいの権利は、彼女という立場にはあるだろう。
「どういうこと? 浮気してるってこと?」
「どういうことって、どういうこと? その子も君と同じだよ。DM送って来てくれて、付き合うようになってってだけ」
「そんな……! 私だから選んでくれんじゃないの!? 誰彼構わず会って彼女にしてってしてるってこと!? 彼女がたくさんいるなんておかしいよ!」
「彼女が一人じゃないといけないって、誰が決めたの?」
それが当然だというように、勇為はいつも通り和かな様子だ。
まるで、彼女の価値観の方が間違っているんじゃないかと疑ってしまいそうになる。
「私のこと愛してるって……嘘だったの?」
「嘘じゃない。愛してるよ」
その言葉に、嘘偽りは全く無いように思えた。
──狂ってる。
そう思った時には、手足が冷たくなっているのを感じた。
「……普通じゃない……」
「普通ってなに? これが僕の普通だよ。僕のことを好きになってくれる人達の気持ちに、できるだけ多く応えたいだけ。これが僕の愛だよ。彼女の君なら、分かってくれるよね?」
それは最早愛の囁きではなく、脅しだった。
彼の愛を認め受け入れる覚悟がある者にしか、その称号を手にする資格は無いのだと。
「……分かるわけないじゃない! そんなの納得できない! 私だけにしてよ!」
「そっかぁ。残念だよ。仕方ないけど、君のことは彼女にできないかなぁ。ごめんね。じゃあ、そろそろ行くね」
そう言って席を立った勇為を、彼女は袖を掴んで必死に引き止めた。
今ここで行かせてしまえば、捨てられてしまうだろう。
ようやく掴んだ彼女という念願の称号を、今更投げ出すことはできない。
それがどんなに、間違った形だとしても。
「ごめん! 嘘だよ! そのままでいいから! 私ちゃんと、YUIの言う通りにできるから! だからお願い! YUIの彼女でいさせて……!」
涙を流しながら懇願する彼女の手を取り、勇為はその涙を拭って優しく抱き締めた。
「ありがとう、分かってくれて。君ならそう言ってくれるって信じてたよ。これからも、僕の大切な彼女でいてね」
愛は、心地良い。
自分は多くの人に愛されている。
それだけが、彼の存在価値を満たしていた。
愛を一人の人間としか築けないなんて、そんなのは馬鹿げている。
より多くの愛を与え、より多くの愛を受ける。
多くの人の一番でいられる幸福が、彼の人生を満たしていた。
全ては、愛される為に──。




