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ロストユースに青を知る  作者: 志結
第七章
68/83

第六十七話《湊葵瑞の過去 其の弐》

※やや長いです

お時間が許す時にどうぞ


.


眩しく照りつける日差しと、波の音と、潮の匂い。

目を開けた瞬間、全く知らない世界が目に飛び込んできたことに驚愕した。

──ここは、夢の中だろうか。

それにしては、感じる暑さや、岩場を触った感覚も、やけにリアルすぎる。


施設のベッドで普通に眠っていた筈だったのに、何故突然、こんな知らない場所にいるのか分からない。

そして天を仰ぐと、頭上には、大きな青い鳥居が聳え立っていた。


「……なんだ……これ……」


太い柱に、真ん中には、年季の入ったしめ縄。

詳しくは分からないが、とても古くから在るもののように感じた。

それなのに、知っている、と、何故か思った。

既視感のようなものが、思い出せない記憶の欠片のような、そんな感覚が、確かにあった。


何故こんな状況になっているのかを、改めて整理してみる。

今日は、ごく普通に過ごしていた筈だ。

いつも通り朝起きて、学校に行って、帰って来てから施設の奴らに殴られて──


「……」


そこまで考えてから、俺は沈黙して、憤りを自らにぶつけた。


(普通ってなんだ? あいつらに殴られることが、いつも通りの日常だって思うことの方が、狂ってる……)


母を失って施設に引き取られてから、地獄のような毎日だった。

しかしそれに耐える為、いつの間にか麻酔をするように、自分の心を殺してきた。

そして、今日あった、いつもとは違った『あること』を思い出す。


(……そうだ。今日はその嫌がらせが一段と酷くて、遂に我慢の限界が来たんだった……)


理不尽なイジメに耐えながら、それを見て見ぬフリをする大人に失望しながら、それでも誇りを手離さずにここまでやって来た。


それなのに、その意志は、決意は、その言葉で打ち砕かれた。


「おまえ、両親が死んだんだって? ひどい話だよな。おまえさえいなければ、父ちゃんも母ちゃんも死なずに済んだのに。おまえが生まれたから、おまえが生きてたから、みーんなおかしくなって死んだんだ。おまえ、生まれて来ない方が良かったんだよ。この疫病神!」


──パラパラと、音がする。

積年積み上げてきた想いが、自尊心が、自責が、全て虚しく崩れ去っていく。


──そんなこと、俺が一番思ってる。

俺が一番、そうなんじゃないかって分かってる。

だけど、それでもって、必死にそう思おうとして来たのに──。


あの時抜いてくれと願った、心臓に刺さったままの鋭利な刃物が、今、音を立てて引き抜かれていく。

致死量の血が吹き出して、この体を死へと誘う。

痛みとか、苦しみとか、そんなのはもう、感じない。

それは、『無』だ──。


俺は遂に、すべてが馬鹿らしくなった。

あの人の為に生きるのも、あの人の為に死ぬのも、もうたくさんだ。

俺は、全てを手離した。

僅かに残ったちっぽけな自尊心も、人生を捧げてきたスターになる夢も、ずっと一人ぼっちの俺に連れ添ってくれていた、自分の心も──。


そして俺は、いじめっ子の前で、頭を下げて、笑顔で言いなりになった。

──何も感じない。

──何も考えない。

その瞬間、魂を売った俺は、死んだも同然だった。

子供でいることを赦されずに、自ら自分の心を、殺すことを選んだ──。



そして、その夜床に就き、何かの夢を見た。

白い背景に佇む、青い鳥居。

そう、まるで今、ここに聳え立っているような、青い鳥居を見た。

何故か体が知っているように、俺はその鳥居を潜ろうとした。

まるで、今まで何百回、何千回とそうしてきたかのように──。


すると、鳥居を潜った瞬間、膜のような何かを通った感覚があり、風が吹き抜けた。

まるでバリアでも張られたかのように、俺はその鳥居を潜ることができなかった。

しかしその時、分離が起こった。

俺の体から、まるで幽霊かのようにすうっと影が伸びて、もう一人の俺が、鳥居を潜って歩いて行く。

一方俺は光の壁に阻まれて、俺に見向きもしないその背中を、ただ見送るしかなかった。


『待てよ! 俺を置いて行くな!』


──その声は届かない。

鳥居を潜った方の俺の姿は、俺の声に振り返ることなく、俺を置いて進んで行った。



そして、目が覚めたらここに居た、というわけだ。

思い出せたとはいえ、理解できたかというのはまた別の話だ。

再び困惑していたその時、沖の方から、誰かの声が聞こえてきた。


「とりあえず、ロケハンはこんなところかな」

「そうだな。話に聞いてたよりずっといい島だし、これはいい特番になるぞ」


大人達の会話が聞こえて、俺は迷わず声をかけた。


「あの、すみません!」


一体ここはどこなのか。

どうして突然、こんな島で倒れていたのか。

聞きたいことは山ほどあった。

しかし彼らは、俺の声に気付かず、そのまま船に乗り込んでしまった。


「……おい! 待って!」


船を出そうとする彼らに、俺は焦って、無断で船に飛び乗った。

このまま一人で取り残されてしまうと思うと、不安で仕方が無かったから。

しかし勢いで乗り込んだはいいものの、もし彼らが、悪い人達だったらどうしようと、不安になった。

勝手に乗り込んだことを叱られ、海に捨てられたら、なんて考えが過り、船が到着するまで身を潜めることにした。



そうしているうちに、いつの間にか眠ってしまったようで、気が付いた時には、港に着いた船には誰も居なかった。

そのまま船を降りて、一人で知らない街を歩き出す。

近くの看板に『東京都』と書かれているのを見て、とりあえず遠い異国の地ではないと分かり、安堵した。

施設に帰らなければならないと駅を目指したが、その間、前方から歩いてくる男にぶつかられそうになった。


「……っ! あぶねーな! どこに目付けてんだ!」


つい倒れ込んでしまいそうになるのをギリギリで踏ん張り、俺は思わず怒鳴り声を上げた。

それなのにその男は、謝るどころか俺の存在に目もくれず、そのまま歩き去っていった。


「なんなんだよ! 腹立つ大人だな!」


苛立ちを抑えられないまま、人通りが多い道を避けて、ようやく駅に辿り着いた。

しかし財布を持っていないことに気付き、駅員の目を盗んで、前の人が通った瞬間に、改札を素早く通り抜けた。


そのまま電車に乗り、施設の最寄駅からの道を再び歩く。

そして横断歩道を渡っていた瞬間、突然信号無視の車が、俺に向かって突っ込んで来た。


(轢かれる……!)


そう思って目を瞑ったその時、不可解な現象が起きた。

車は衝突せず、俺の体をすり抜けて行ったのだ。


「……は?」


わけが分からないまま、自分の両掌を見つめる。

まさかと思い、俺は近くの人に詰め寄った。


「……あの! すみません! 俺のこと、見えてますか!?」


悪い予感は当たり、その人は何事も無かったかのようにして歩き去っていく。


「あの! 待ってって!」


そして腕を掴もうと伸ばした瞬間、俺の掌は、その腕を綺麗にすり抜けた。


「……あぁ……」


──やっぱり、誰にも見えてない。

誰にも聞こえてない。


「誰か! 誰か! 俺の声、聞こえる人いませんか!?」


どんなに大声で叫んでも、誰も反応してくれなかった。

──そこで俺は悟る。

俺は、誰にも認識されない、幽霊のような存在になってしまったのだ、と──。

一人ぼっちで世界から隔離されてしまった恐怖は、孤独なんて簡単な言葉では言い表せなかった。


(いつ? いつ俺は死んだんだ? 全く覚えがない……!)


今日の俺は、夜眠る為に、間違いなく施設の布団に入った筈だ。

自殺した覚えも、何かの事故に巻き込まれた覚えも無い。

寝ている間に隕石でも降って来て、そのまま意識の戻らない状態で、死んでしまったんだろうか。


「……」


気にかかるのは、夢で見たあの青い鳥居だ。

さっきまでいたあの島で見たような、物珍しい青い鳥居。

それが偶然だとは思えなかった。

もしかしたら、何か関連しているのかもしれない。


自分の死の真相も分からぬまま、俺は施設へと足早に向かった。

本当に俺が死んだのなら、施設に行けば何か分かるかもしれない、と──。

さすがにあんな最低な大人達でも、死人が出れば、葬式くらい挙げてくれるだろう。


息を切らしながら施設に着き、窓の外から中の様子を見つめた。

そして、更なる衝撃が走る。


「……っ!」


──窓の向こうに、『俺』が居たのだ。


あのいじめっ子達に対して、ヘラヘラ笑ってやり過ごしている、心を殺した俺の姿が──。


「……なんで……。どういう……こと……」


信じられない光景を目の当たりにして、凍りついたように動けなくなった。

誰か、誰かと、助けを叫びたくて仕方がなかった。


(お願い! 誰か! 誰か! 俺に気付いて!)


心の中で、神に祈るように、叫び続けた。


「君が、湊葵瑞くん?」


その時、突然俺の名前を呼ぶ声がして、思わず振り返る。

そこに立っていたのが、紫波頼人だ。


「……!」


──驚きのあまり、声が出なかった。

ただひたすらに首を何度も縦に振ると、その男は続けてこう言った。


「良かったら、僕の子供達を救ってくれない?」



その言葉の意味は分からないまま、俺はその男に着いて行くことにした。

彼が紫波プロダクションの社長であること、そしてアクターズスクールの発表会の映像を見て、俺を知ったこと。

BLUE BIRTHというグループの、新メンバーとして加入して欲しいという話を、車の助手席に座りながら聞いていた。


──正直、冗談じゃないと思った。

今更、スターになるなんて、御免だと。

それを望んでいた母は、もうこの世に居ない。

あんな父のような道を辿るようなことは、もうしたくない、と──。

しかし今は、この男しか頼れる人がいない。

そう思い、とりあえず着いて行くことにしたのだ。


──するとどうだ。

不思議なことに、今まで俺のことを見えていなかったであろう他の人達にも、俺の姿が見えるようになっていたのだ。


「おかえりなさい、頼人さん。その方は?」

「前にうちのスクールにいた子だよ。詳しいことは、また説明するからさ」


それから社長に、BLUE BIRTHのことやこれからのことを説明されたが、今知りたいことは、そんなことではない。


「……あの、なんで俺なんですか?」

「さっき伝えた通りだよ。発表会の映像を見て──」

「いや、そうじゃなくて……」


──どうして俺の姿が見えるのか、なんて、聞ける筈も無い。


「不安なことは色々あるだろうけどさ、できる限りサポートするから。困ったことがあったらなんでも言ってね。あと、君さえ良ければ、うちの事務所の寮も紹介するから使ってよ。施設の方には、俺から話をしとくからさ」

「……いや、施設には俺から話す。寮に入りたい」

「そう? じゃあ、早速準備しなきゃだね」


そんなわけで、まだ何も分からないまま、俺はBLUE BIRTHの新メンバーとして加入することになった。

決して乗り気はしなかったけど、他に選択肢が無かったから、言わば仕方なくだった。



しかし──


「ふざけんな! こんなガキと仕事できるわけねぇだろ!」


一緒に組むそいつらが、とにかく最悪だった。

俺をガキ扱いし、蔑み、まともに取り合おうともしない。

偽りの姿でファンを騙し、この仕事を舐め腐っている。

俺が目指していた場所は、こんな奴らの集まりだったのかと、過去の純粋な自分を殴りたくなるほどに失望した。

だが理不尽なイジメも、施設の子供達から受けていた暴力に比べたら、大したことなかった。



そして彼らとの歌手活動が始まり、久々に触れる歌やダンスは、少しだけ楽しかった。

しかし楽しいと思ってしまったことで、より母への罪悪感と自責が大きくなり、苦しめられていった。

本能が抗えない楽しさと、こんなこともうしたくない、という理性とがぶつかり合って、上手く笑えなかった。


一番辛かったのは、やはりファンの反応だ。

どうしたって異分子の俺は叩かれ、誰からも歓迎されていない空気は、ひしひしと伝わってきた。

人を笑顔にする仕事である筈なのに、俺が居るだけで、皆の表情を曇らせてしまう。

誰にも望まれないことは、とても辛い──。


そんな時、追い討ちをかけるように、ある記事が出回った。

俺が施設出身で、捨てられた母を探す為に芸能人になった、という記事だ。

デタラメも、ここまで来ると笑えてくる。

もし本当にそうだったら、どれだけ良かったことか。

しかし訂正することもできず、ファンの批判は決定的なものになった。

ここに来ても、俺は邪魔者扱いだ。

いっそ、消えてしまいと思った。


そして起きたのが、あの暴動事件だ。

刃物を持ったファンが、俺目掛けて突進してきたのだ。

血の気が引いて、死を覚悟した。

それは、あの日と同じように。

HARU9のライブで、ファンに呪詛を吐かれてしまった、あの時のように──。


あの恐怖を思い出して、俺は頭を抱えた。

存在を否定されること。

笑っていた筈の人達の笑顔を、曇らせてしまうこと。

そして、彼女にナイフを握らせてしまったこと。

彼女はただ、自分の好きの感情を、護りたかっただけなんだということ──。


しかしそれを理解してしまうことは、自分の存在を否定し、居場所を失うことだ。

それが分かっていながら、それでも俺は、あの人を責めきることができなかった。

それをしてしまったら、自分の葛藤や憤りさえも、否定してしまうような気がして──。



活動が始まってから一ヶ月程経った8月13日、番組のロケで無人島に行くことになった。

島に着いて、俺は驚愕した。


「……嘘……だろ……?」


その無人島は、俺が目覚めた、あの島だったのだ。

驚いたものの、誰かに話せる筈もなく、偶然とは思えないその事態に緊張した。



そして収録が終わり、宿舎で一泊し朝覚めると、メンバー達が宿舎から消えていたのだ。


「葵瑞くん! みんなどこ行っちゃったか知らない!?」


それからスタッフ一同で六人を探し回り、見つけた時には、彼らは皆顔面蒼白だった。

そして彼らのすぐ傍には、白い子供の影が浮かんでいた。

その子供達は必死に、彼らの名前を呼んでいた。


『海! ねぇ、気付いて!』


彼らに気付いてもらいたくて、力の限り叫んでいた。

しかしその声は、彼らに全く届いていない。

まるであの時の俺みたいに、誰にも認識されないまま、ただひたすら寂しそうに声を上げていた。



島から戻って来た後も、その状態は続いていた。

俺はどうしていいか分からず、そのまま経過を見守っていた。


そして──


『助けて』


誰かの声がする。

ノイズ混じりの、小さな声だ。

事務所に向かうその道中で、その声に一瞬足を止めたものの、大方街の雑踏だろうと、振り返りもしなかった。


「……気のせいか」


そのままコンビニに寄り、事務所のロッカルームで着替えてから、談話室に向かった。

暗い廊下を抜けて、扉を開ける。

その瞬間、俺は信じられない光景を目の当たりにした。


「……!!!」


目の前に飛び込んで来た、赤い景色。

メンバーの六人は机に突っ伏し、足元にはワインらしきものが飛び散っていた。


彼らは、死んでいた──。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


思わず、叫び声を上げる。

母の死体の映像と重なって、恐怖と絶望に陥った。


するとその瞬間、目の前が真っ暗になった──。




「……はっ!!」


そして目を開けると、再びあの島の鳥居の前に倒れていた。


「……どういうことだ……。何が起きた……?」


──あいつらはどうなった?

なんで俺は、またここにいる?


そんなことを考えながら、あの光景を再び思い出す。

六人の無惨な死に様が浮かんで、思わずそのまま嘔吐した。


「……はぁ……はぁ……。なんなんだよ……」


わけが分からず狼狽えていると、聞き覚えのある、あの声が聞こえてきた。


「とりあえず、ロケハンはこんなところかな」

「そうだな。話に聞いてたよりずっといい島だし、これはいい特番になるぞ」

「……!」


その会話に、俺は考えるよりも先に、再び船に飛び乗った。

そして同じように身を潜めながら、思考を巡らせる。


(……まさか……時間が巻き戻ってる……?)


そんな疑念を抱きながらも、同じように施設を目指した。

まさかと、そんな筈ないと、緊張しながらその時を待って──。


「君が、湊葵瑞くん?」


同じ時間に社長が現れ、俺は時間が巻き戻っていることを確信した。



そして、メンバーとの初顔合わせ。


「ふざけんな! こんなガキと仕事できるわけねぇだろ!」


──あいつらは、生きていた。

目の前で死んでいたあの光景が嘘かのように、変わらず横柄な態度で全員揃って、そこにいた。



それからも、全く同じことが起きていった。

──そして再び、あの日が訪れる。


『助けて』


あの日と同じ8月31日、その声を再び耳元で聞いた。

しかし、俺は動けなかった。

もしかしたら、次は違う展開が待っているかもしれないと、無視してやり過ごした。

俺はあくまで、傍観者で居たかったのだ。

人の生き死に、これ以上関与したくない、と──。


そして唾を飲み込んで、恐る恐る扉を開けると、そこにはあの日と同じ光景が広がっていた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」




──そして、また同じことが起きた。

あの鳥居の前で、再び目覚める。

こうして俺は、抜けられないループに囚われてしまった。

何かを変える為には、何か行動しなければならないのだと、そう気付かされる。



そして同じように船に乗り、ブルバとして活動を始め、再び8月31日。


『助けて』


その声に、初めて振り返った。

するとそこには、彼らの子供の姿である、白い影が浮かんでいた。

──そして分かる。

彼らの危機を、俺に伝えに来たのだ、と──。

俺は足に力を入れた。

またあの惨状は、御免だ──。


事務所の廊下を一心不乱に駆け抜け、勢いに任せて扉を開ける。

目の前の光景は、あの赤ではなく、彼らがちょうどワイングラスに口を付けるところだった。


「やめろーーーっ!!」


勢いのままグラスを叩き、彼らの自殺を遂に、食い止めることができた。

──やった、と歓喜した。

しかし、彼らは違っていた。

死に希望を見出していた彼らは、終わらせることのできなかった絶望を、露わにしていた。


「てめぇ……。何してくれてんだ! 勝手なことしやがって!」


陽七星に胸倉を掴まれ、俺は何も言えなくなった。

感謝はされど、文句を言われる筋合いはない。

しかしそれは、彼らの絶望をまだ理解していなかったからだ。

彼らの過去を、犯した過ちを。

俺と同じように、大人に絶望し、子供を辞めざるを得なかった、憐れな大人達だということを──。


俺は何も言えなかった。

何も声をかけることができないまま、彼らは顔面蒼白で、各々帰って行った。

酷なことをしたかもしれないが、それでも命を失うよりはマシだろうと、俺は呑気に構えていた。



「よっ」


その夜、社長が寮を訪ねてきた。


「これ、差し入れのケーキね。ショートケーキ、好き?」

「……好き」


不機嫌そうに俺が返すと、社長は『やっぱり子供だなぁ』と顔に書いてあるような表情で、呑気に笑った。


「どうよ、調子は」

「俺の調子より、あいつらはどうなんだ。あの状態やばすぎるだろ」

「そうなんだよねぇ。葵瑞、何か知らない?」

「……」


──俺は迷って、黙り込んだ。

『あいつら、前のループで自殺したんだよ』なんて、言える筈が無い。

どう返そうか迷っていると、社長のスマホが鳴った。


「はい、もしもし。……え……ひなが……?」


その時の社長の顔は、よく覚えている。

血の気が一瞬にしてさぁっと引いて、信じられないと言うように、絶望を浮かべる。


俺は社長と共に、彼の自宅に急いで向かった。

その家は、業火に包まれていた。


「……ひなっ……。ひなーーーっ!!!」


燃え上がる炎の中に飛び込んで行こうとする社長を、消防隊員が必死に食い止める。


「危ないから下がって!」

「どいてくれ! 俺しかいないんだ! あいつを助けられるのは、俺しかいないんだよ!」


その取り乱した姿を、俺は何もできずに、呆然と見つめていた──。


陽七星は、自ら家に火を着けたのだ。

人生を続けることに耐えられなくて、仲間と共に死ぬことも阻まれて、一人で死ぬことを選んだ。

俺のせいで、彼は、孤独に死んだ──。


そして同じ頃、五人も同じように自死していた。

海は自ら海に入水し、溺死した死体が沖で発見された。

勇為は自宅で、自らの舌を噛み千切り窒息死。

美生は手首にカッターの刃を立て、リストカットで出血死。

伶は踏切に飛び込み、電車に轢かれ轢死。

織は橋の上から飛び降り、転落死からの溺死だった。


「……あぁ……」


その夜のうちに、彼らの悲報を全て聞かされ、俺は頭がおかしくなりそうだった。

彼らを追い詰めたのは、紛れもなく俺だ。

昼間の全員での自殺を阻止しただけでは、何も変わらなかった──。




そして目の前が真っ暗になり、またループが起きた。

鳥居の前で、頭を抱えて項垂れる。


──もうたくさんだ。

例え阻止したとしても、あいつらはどうやったって、死への誘惑に勝てない。

そもそも、俺が新メンバーとして加入したことが原因なのかもしれない。


そう考えた俺は、社長に会った後、メンバーとしての加入を断った。

そのまま一人で、宛もなく街をフラフラと彷徨う。


「おい、どこ見て歩いてんだよ!」


人とぶつかると、相手は俺を見て怒号を上げた。

──よかった、姿は見えているらしい。

俺は一人で生きていく為、食べ物を盗み、人目のない山で大人しく暮らした。


──これでいい。

あいつらと関わらなければ、あいつらが死ぬこともない。

そうすれば、あの日を越えられる筈だ、と──。

寂しい思いはあったが、それでもただひたすら一人で、三ヶ月余り耐え続けた。


やがて食糧が底を尽き、久々に夜の街へ降りた。

雑踏の中、盗みに入れそうな店を物色する。

店主の老人がうとうとしている弁当屋を見つけて、獲物を狙い身を潜める。

──今だ、と駆け出そうとした瞬間、ある声に、体が固まった。


「速報です。人気ダンスボーカルユニット、BLUE BIRTHのメンバー六名が、所属事務所内で死亡しているのが確認されました」


顔を上げると、そこには大型ビジョンに映し出されるアナウンサーの姿があった。

画面の右上には、日付と時間が表示されている。

──そう、8月31日だ。


「……なん……で……」


その瞬間、目の前が真っ暗になり、またループが起きた。




「……っ……」


──もう、やってられるか。

俺が関っても関わらなくても、あいつらは死ぬ。

どうにもできないことに、心を擦り減らして堪るか──。


俺は初めて、船を見送った。

島の影から、遠く小さくなっていく、東京へと向かう船。

ふうっと息を吐いて、目の前の大きい鳥居に、初めて触れた。


その瞬間──


「……っ!」


突然青い光に包まれて、ある記憶が脳に流れ込んでくる。

それは、父であるHARU9の記憶だった。

十五歳にして華やかなデビューを飾り、日本一のスターへと順調に階段を駆け上がる。

そして母を始め、多くの女性と関係を持ち、その数年後にライブ会場で、母と俺に出会う。


その後彼は、仕事でこの島を訪れた。

そして眠った際に知らない場所へと飛ばされて、これとは違う青い鳥居を見つけ、潜った瞬間子供の自分の姿と対峙し、忘れていた過去を思い出した。

彼らの身に起きたことと、同じように──。


そして島を出た後も、その呪詛に蝕まれ、自分の行いを顧み、気が付いた。

自分がなりたくなかった大人に、なってしまっていたということに──。


他所で勝手に子供を作り、彼と母を捨てた父親のように、身勝手に命を生み出し無責任に捨ててしまえる大人になっていた。

自分は絶対にならないと誓ったのと同じ姿になっていたことに、絶望した。

その絶望から逃れる為、この島に戻り、この鳥居のしめ縄で首を括って、死んだ──。


「……はぁ……っ……!」


記憶の映像が途切れ、再び静寂が訪れる。

全身から大量の汗が吹き出し、顔を覆う。

ぼんやりとしたその脳で、理解した。

父が辿った末路は、ブルバの六人のそれと、全く同じだったのだ、と──。


『大丈夫?』


その時、耳元で声がした。

声に振り返ると、そこには子供の形をした、白い魂達がいた。

そして俺は、彼らから聞かされた。

──彼らの正体を。

青い鳥居の役割を。

この島が、ロストユースと呼ばれる訳を──。


子供が大人になる瞬間とは、二十歳を迎えた時でも、第二次性徴期を迎え、体が作り変わっていく思春期でもない。

その鳥居を、最後に潜った日だ、と──。


彼らは、ブルバの六人が大人になる過程で切り離した、子供の彼らだったのだ。

あの鳥居を潜った最後の日に、通ることを赦されず、取り残された魂。

そしてこの島、別名ロストユースに送られたのだ。


──そして分かる。

俺自身も、彼らと同じ、ロストユースに取り残された魂なのだと。

あの日心を殺して、無理に大人になろうとして、鳥居を潜れなかった子供の方の、湊葵瑞だ──。



俺はそれから、彼らと過ごした。

彼らの話を聞いて、六人の過去を知った。

そして彼らがこの島に来るのを、あの鳥居を潜るのを、彼らは待っているのだ、と──。

俺は彼らのことを、ロスチルと呼ぶことにした。

ロストユースの子供達、という意味だ。


『葵瑞に、海を助けて欲しいの』


皆の話を一通り聞いた後、うみながそう言った。

どうやらロスチルの本当の姿と本当の声は、大人の彼らには届かないらしい。

彼らが見ているのは、彼らが自責の念から、勝手に作り出した幻覚だ。

彼らを死に追いやらんと、呪詛を吐き続けているように見えているらしい。

その結果、それから逃れたくて、父と同じように自死を選んでしまったのではないか、と──。


「どうすれば助けられる?」


うみなが説明した、方法は二つ。

一つ目は、俺も含めた七人全員の過去の記憶を共有すること。

二つ目は、その後もう一度この島に来て、再び各々の鳥居を潜ること。

そして、これまで潜った分の鳥居を全て潜り、ロスチルの本心を言い当て、本当の聲を聞くこと。


「……俺の過去も、共有しなきゃなんねぇの?」


よりにもよって、あいつらに自分の過去を晒すなんて──。

そんなの、死んでも御免だ。


「……」


しかし、そう思ってから、改めて気が付いた。

そんな死んでも御免だという思いをしたからこそ、彼らは死を選ぶ他無かったのだ、と──。



そうして訪れた、8月13日。

番組のロケでこの島を訪れる筈の彼らは、姿を現さなかった。

俺が彼らに干渉しなかったことによって、未来が変わってしまったのかもしれない。


そして何も起きないまま、8月31日が訪れる。

彼らが自死した、あの夜だ。

ロスチルに会うことが無かった彼らは、絶望することなく、今まで通りの日々を過ごしていることだろう。

ハッピーエンドじゃないかと、そう思った。


しかし──


『葵瑞!』


目の前のロスチル達が、足からどんどん色が薄くなり消えていく。

これは、成仏ではない。

タイムリミットを迎えた彼らが、大人達に、完全に忘れ去られてしまったのだ。

思い出す機会も無くしてしまった彼らが、ここでのロスタイムを終えて、完全に消えていく。

死して、二度と還らない存在になる、という意味だ。

そのことが、直感的に分かった。


『助けて』


その声に手を伸ばすも、掌は虚しく空を切り、ロスチルは完全に消えた。


そして、目の前が真っ暗になった──。




目を開けると、再びあの日の鳥居の前にループしていた。

さすがにもう驚かないと言いたいところだが、何度やっても、寝覚が悪いのは変わらない。

そして今回は、やるべきことが明確になっている。

俺は迷わず船に乗り込み、社長を待って、再びブルバのメンバーになった。



「ふざけんな! こんなガキと仕事できるわけねぇだろ!」

「……」


毎度お馴染みの陽七星の憎まれ口を聞いた時、怒りよりも先に、同情が浮かんでしまった。

ロスチルから彼らの過去を聞かされ知ってしまったことにより、彼らも俺と同じように憐れな子供だったのだと、そう思ってしまったから。


「……なんだよ、その目は」

「……いや……」


そのループでは、俺はできるだけ大人しくしていた。

ほどぼどにお行儀良くして、ほどほどにいい子を演じて、ほどほどにいい距離感を保った。

島から戻って来た後も、顔面蒼白な彼らに対して、できるだけ優しく声をかけ、励ました。


「……大丈夫だ。俺がなんとかする。だから、妙なことは考えるなよ」

「……」


弱り切った彼らは、聞こえているのか聞こえていないのか、分からない状態だった。


そして、8月31日。


「あれ、葵瑞さん。どうしたんですか?」

「……いや……ちょっと、探し物を……」

「探し物? なんですか? お手伝いしましょうか?」

「いや、大丈夫。もう見つかった」

「そうですか」


秘書に怪しまれながらも、俺は事務所の管理室に入って、談話室の鍵を奪った。

そして談話室の扉の鍵を閉め、念の為そのまま鍵を持ち去った。


──さすがにこれで、なんとかなるだろう。

そう高を括り、そのままあの時間を迎えた。


『助けて』


緊張しながらも、暗い廊下を抜けて、扉に手をかける。

すると、カチッとドアノブが回る音がして、閉まっている筈の扉が開く。

目の前には、机に突っ伏す六人の青年達。

そこには海よりも深い、赤い血溜まりができていた。


「……どうして……」


──どうすれば良かったのだろう。

どうすれば救えたのだろう。

不器用で弱いが故に卑しさを身に付けた、そうすることでしか生きてこられなかった、この憐れな大人達を──。




そしてまた、目の前が真っ暗になって、ループが起きる。


──それからは、試行錯誤の連続だった。

彼らを死なせない為に、様々な手段を繰り返した。

あいつらが絶望しないよう、必死にゴマを擦って機嫌を取ってみたり、ワインでの自殺を阻止した後に、必死で訴えてかけてみたり。

各々の自殺を阻止しようと、監禁紛いのことをしてみたり、時にはループしていることを告白してみたりした。

──しかし、どれも上手くいかなかった。

機嫌を取ればつけ上がるだけで、必死に訴えかけても聞く耳を持たない。

彼らを椅子に縛りつけた時には、舌を噛み千切って自死され、ループのことを明かしたら、その瞬間にループが起き、あの鳥居に戻されてしまった。



「ふざけんな! こんなガキと仕事できるわけねぇだろ!」

「そんなこと言わないでくださいよー。迷惑かけると思いますけど、精一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願いします! 陽七星先輩!」

「……なんだ。ちゃんと弁えてんじゃねぇか。素直なガキは嫌いじゃないぜ」


俺がニコニコして良い子ちゃんで居た時には、彼らは気を良くして、更につけ上がった。

そんな彼らは無人島で、自分の鳥居を見つけることさえできなかったのだ。

そして、彼らはロスチルに出会うこともなく、ただ日々が過ぎていった。

この場合一体どうなるのだろうと、俺は事を見守った。


そして8月28日に、事件は起きた。

俺も含め七人で乗ったロケバスが、なんとバスジャックに遭ってしまったのだ。


「手を挙げろ! 死にたくなかったら、そのまま大人しくしてろ!」

「「……!」」


銃を持った犯人に脅され、俺達は為す術無く、ただ大人しく従うしかなかった。

そして運転手が銃殺され、バスが崖から転落してしまったのだ。

なんとか一命は取り留めたものの、バスは山奥で行方不明となった為、発見が遅れた。

酷い怪我のまま、数日間助けが来ない地獄を味わった彼らは、生き延びる為に、お互いの命を蹴落とし合った。

そんな過酷なサバイバルの末、誰一人生き残ることなく、命を絶った。

この時のループは、体力的にも精神的にも、一番キツイものだった。

思い出すだけで、吐き気がしてしまう程に──。




ループしてすぐに、青い鳥居の前で嘔吐した。

彼らと残酷で惨虐な殺し合いを終えた俺は、全てが限界を迎えていた。

どんな手段を取っても、あいつらは死へと招かれてしまう。


「なんなんだよ……。どうしたらいいっつーんだよ……!」


そうしているうちに、既に12回目のループに差し掛かっていた。


『好きな地獄を選びなよ』と、運命に嘲笑われている気分だった。

今回の敗因はなんだったかを考えて、俺は思わず口元を押さえた。


「……」


必死にゴマを擦り、彼らの機嫌を窺い、下手に出て猫撫で声で取り入ろうとした、自分の態度を思い出す。

──あんなの、施設の奴らに笑って頭を下げた、あの時の俺の姿同然じゃないか。

目先の目的を果たす為だけに、魂を売って、手段と目的が入れ替わったいい例じゃないか。

まるで、彼らがそうしてきたのと同じように──。


(……これは……偶然なんかじゃない……。天罰だ……)


容易にラクになろうとした俺への、神様からの罰だ。

最も忌避されるタブーを自ら踏んで、その自分の憐れさに、死にたくなる。


「……もう……やってられるか……」


救えない彼ら。

生き恥を晒す自分。

終わらない、ループ──。


絶望に暮れたその瞬間、耳元から、誰かの声が聞こえてきた。


『なんだ。おまえ、ヒーローじゃなかったのかよ。何回俺達を殺したら気が済むわけ?』


──それは、あいつらの声だ。


『別にあんたにとって、あたし達なんてただの憎い大人だもんね。毎度毎度見殺しにして、そろそろ満足?』


──俺が救えなかった、何度も見殺しにした、あいつらの声。


『あはは。だから言ったじゃん。余計なことはするなって。僕のありがたーいお言葉を無視したんだから、そのバチが当たったんだね』


──違う、無視したんじゃない。


『痛いよぉ……。何回も何回も手首を切って……見て、こんなに血が出ちゃった……。まだ、これ以上傷を増やせって言うの?』


──やめろ。

俺のせいじゃない──。


『はぁ……。ま、子供なんて結局こんなもんだよな。被害者面して、逃げ回って、俺達のこと笑い者にすればいいさ』


──やめてくれ。


『英雄気取りは楽しかった? ……そうだよね。この世の理は勧善懲悪。何回でも悪者を退治できて、さぞかし気分が良いことだろうね』


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


六人の呪詛を浴び続けて、俺は狂ったように叫んだ。

逃げ場を失って、思わずそれに手を伸ばす。

岩を積んで、細い首に頭上の縄を括り付けて、荒い呼吸を繰り返す。


すると目の前に、ある影がすうっと浮かび上がった。

それは、HARU9の、父の姿だ──。

何も言葉を発さず、ただただ、俺のことを見ている。

靄のかかった顔面と、赤く染まった目で、こちらを睨みつけている。

そう、今俺がやろうとしていることがまさに、父が遂げた最期だったのだ。


俺は恐怖から逃れるように、岩を蹴って、それにぶら下がった。


「……っ……がっ……!」


縄が首に食い込んで、気道が塞がれる。

息ができないまま、苦しみに嗚咽を漏らす事もできないまま、ただただ、その時を待つ。

その時間は、永遠のように感じられた。

死ぬほどの苦しみに耐えながら、脳内を恐怖で支配されながら、ただひたすらに願う。


どうか、早く、終わりにしてくれ、と──。




目の前が真っ暗になって、場面が変わる。

ループ後の見慣れた景色は、絶望の他無い。


「……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


首元を押さえて、必死に息を吸う。

傷も跡も無い筈なのに、先程までの恐怖と感覚が、生々しくこの体にこびりついて残っている。


──死ねなかった。

──終われなかった。

その絶望をこの身で経験して、俺は初めて、あいつらの絶望の重さを知った。


今までは、なんであんなにも死にたがるのか、死の誘惑に耐えられないのか、不思議で仕方がなかった。

死にたいなんて、身勝手で馬鹿な自己満足でしかないと、そう卑下していた。


「……」


俺がワインを叩き割った時の、彼らの絶望と怒り。

それが、今の俺ならよく分かる。


そして俺は、大きく深呼吸をして、これからのことを考えた。


「どうしたら……あいつらを死への誘惑から救えるんだ……?」


俺は必死に、思考を巡らせた。

彼らの過去を知り、絶望を知り、死への誘惑を知った。

だからこそ、今の俺になら、きっと分かる筈だ。


「過去の記憶の共有って……どうやってやったらいいんだよ……」


ロスチル達が言っていた。

呪いを解く為には、まず彼らの記憶を共有しなければならないのだ、と──。


何度目かのループで、ワインでの自殺を阻止した後、俺は自分の拙い言葉で、自分の過去を話した。

──しかし、上手く話せなかったのだ。

自分でも思い出したくないような、悲惨で醜悪な過去だ。

自分でもまだ上手く消化できていないことなのに、人を説得する為に話すなんて、大層なことはできなかった。

それどころか、ただ事実を並べて話してみると、ただの不幸自慢のようになってしまったのだ。

逆に彼らの神経を逆撫でして、自死への助長をしてしまったように思えた。


──もっと上手く、説明できたらいいのに。

HARU9の記憶が頭の中に流れ込んで来た時のように、一瞬で、全ての記憶を明け渡すようなことができたらいいのに。


「……」


そこまで考えて、HARU9の記憶が流れ込んできたのは、目の前のこの鳥居に触れたことがキッカケだったと思い出す。

彼らが記憶を共有したのも、もしかしたら、この鳥居が関わっているのかもしれない。



俺はそのループで、彼らをよく観察した。

そして俺がいない時間に談話室に集まり、島の冊子に載っている鳥居の写真に触れたことで、記憶を共有したのだと知った。

やはりあの青い鳥居が、俺達の記憶を繋ぐパイプになっているのだ、と──。


そしてワインでの自殺を阻止した後、俺はその鳥居の写真に手を翳し、全員に再び、その写真に触れてもらった。

思惑通り、彼らに俺の過去の記憶が流れ込み、もう一度、ロストユースに行くことを提案した。


これで全てが上手く行くと思われたが、現実は甘くはなかった。

島に来たはいいものの、彼らがロスチルと鳥居を見つけられずに、そのまま失敗に終わったケース。

その次は、ロスチルと対峙するも本心を言い当てられず、呪詛に呑まれて、そのまま帰って来られなくなったケース。

呪いの解呪を成功させるまでは良かったものの、ロスチルが鳥居を潜って成仏した瞬間、俺も消えてしまい、再びループしてしまったケース。

彼らとロスチルが手を繋いで同時に鳥居を潜り、潜れない大人を残して、ロスチルだけが潜って成仏し、俺も消えループしてしまったケース。


──そして今回が、17回目だ。

ようやく、ここまで辿り着けた。

残された可能性はひとつ。

俺が一人で、この鳥居を潜ること──。


俺はそもそも、この中で、唯一異分子の存在だ。

生身の大人でも、生身の子供でも、ロスチル達のように、実態のない完全な幽霊でもない。

そのちょうど間で彷徨ったまま取り残された、この世に在らざる者。

所謂、バグのような存在だ。


彼らを救う為に、そして自分を救う為に、ロストユースから選ばれた存在。


──今回のループで、俺は、俺の役割を果たす。

そして今度こそ、全てを還して、終わらせてみせる──。


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