第六十五話《タイムカプセル》
皆それぞれ、本当の姿の子供の自分と対峙することで、彼らは自らの答えに辿り着いていった。
──なんだ、ずっとそこにいたんじゃないか。
ずっとそこで、見てくれていたんじゃないか、と──。
失ったと思っていたものは、探していたものは、見ようとしなかっただけで、いつだって、彼らのすぐ傍に居てくれていた。
真昼の月のように、見つけ辛くなってしまっていただけで、ちゃんと、確かにそこに存在していたのだ。
恐ろしいものに見えていたのは、呪いの言葉に聞こえていたのは、名前のない正体不明の何かだと怯えていたからだ。
知らないものが、分からないものが、一番恐ろしい。
姿を見ることができない幽霊のように、自分の妄想で、どんどん恐怖を膨らませてしまう。
──だったら、名前を付けてしまおう。
孤独でも、不安でも、なんでもいい。
名前を付けて、その名を呼んで、正面から向き合って、目を見て対話をしよう。
そうすれば、それはきっと、正体不明の敵ではなくなっていくことだろう。
話をすることで、目を見ることで、触れ合うことで、分かり合えるかもしれない。
そして今、その名前を呼ばれた彼らは、本来の姿を取り戻した。
失っていた時間を取り戻すように、子供に戻ったように、思いのままに涙を流しながら──。
大人になってしまった彼らに必要だったのは、悲しみに直面した時、絶望に打ちひしがれた時、ただ大きな声で助けを求めて、子供らしく思い切り泣くことだったのだ。
それが上手くできなくて、無理に大人になろうとして、結果、彼らを無理矢理引き剥がすことになってしまった。
それでも、あの時の彼らに、どうやってそれができただろう。
自分の味方は自分だけで、強がることでしか、自分の心を護れないと思わざるを得なかった彼らが、どうやって正しく大人になることができただろう。
しかし彼らは、ちゃんとここに辿り着いた。
その命を繋いで、ちゃんと、ここまで生きて来た。
子供が大人へと変わっていく工程で、過去の自分との別れは、誰にでも訪れる、必然の儀式だ。
心の奥底に蓋をし閉じ込めて、鍵を掛けて声すら届かない場所で忘れ去られたとしても、確かにそこで、彼らは息をしていた。
それは卑劣で残酷なことのように思えるが、見方を変えれば、彼らはずっと護られていたのだ。
二度と傷付くことがないように、頑丈な宝箱の中で、大切に大切にされてきた。
だからこそ、こうして今、タイムカプセルのように箱を開けた時、あの日と変わらない彼らの姿に救われることができたのだ。
彼らを救ったのは、間違いなく彼ら自身だ。
そのことを嘆く必要はないんだと、彼らはそう教えてくれていた。
「……うみな……。今まで寂しい思いさせちゃって、ごめんね……。ずっと一人にしてきちゃって……ごめんね……」
感動の再会の余韻に、海は時間も忘れて浸っていた。
何度も何度も、子供の自分の姿を、強く抱き締める。
「寂しかったけど……でも、一人じゃなかったよ。この子がいたから……」
「え?」
その言葉に、海は聞き返して、うみなの肩に両手を置いた。
するとうみなの両手に、小さな何かが浮かび上がる。
それは、小さな小さな赤ん坊だ。
「……っ……!」
──聞かなくても分かる。
それは、海の胎内に宿っていた命だ。
「抱っこしてあげて」
そう言ってうみなは、抱えていた赤ん坊を差し出した。
躊躇いながらも、罪悪感に心が締め付けられながらも、小さなその命を、両手でそっと支える。
名前のないその子を呼ぶことすらできないまま、海は泣きそうな顔で、不安げに覗き込んだ。
その様子に、赤ん坊が笑顔を浮かべる。
母親の温もりを感じて安心したような、そんな穏やかな顔だった。
「……っ……ごめんね……。ごめんね……!」
この笑顔を奪ってしまったという自責に、胸が張り裂けそうで嗚咽を漏らす。
謝ることしかできなくて、泣くことしかできなくて、消えない後悔が溢れ出してくる。
「……んま……ま……?」
「……!」
赤ん坊が発したその声に、海の心臓が跳ねる。
曖昧で、舌足らずで、決して言葉と呼べるものではなかったかもしれない。
それでも、その声は、海の心に深く突き刺さる。
その子を安心させたくて、海は、泣きじゃくった顔で笑いかけてみせた。
そんな二人の様子を見て、うみなも満足げに笑う。
「安心して。海は、ちゃんと、ママになれるよ。この子には、あたしが着いてるから大丈夫。もしその時が来たら、今度こそ、大切にしてあげてね」
うみなの言葉に、海はもう一度声を上げて泣いた。
寂しさと、安堵と、悲しみと、希望と、まとまらない全ての感情が、涙となって滴り落ちていく。
赤ん坊を抱いたまま海は、うみなのことも抱き寄せた。
二人の前で情けない姿を見せるわけにはいかないと、涙を拭いて、誓いを立てる。
「もう、絶対に忘れないよ。約束する」
力強い海の言葉に、二人が微笑む。
それを合図にするかのように、突然体が浮き、瞬間移動したように、別の場所へと飛ばされた。




