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ロストユースに青を知る  作者: 志結
第七章
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第六十三話《似た者同士》


言葉は薬にも、刃物にもなる。

救われる者がいれば、それによって、傷を負う者もいる。

それは呪いのように、こびりついて離れなくなるほどに──。

それを分かっているからこそ、伶は困窮していた。

最後の鳥居を潜って、子供のれんと対峙して、その本心を言い当てるところまでは良かった。


「本当はずっと、赦されたかった!!」


呪いが解け、れんの素顔が覗く。

二人は見つめ合ったまま、何も言えなかった。

何を言えばいいのか、どんな言葉をかけてやるのが正解なのか、お互いまだ迷っている。


「……れい……」


先に口を開いたのは、れんの方だった。

懐かしそうに、愛おしそうに、かつての親友の名を呼ぶように──。


「……あいつの名前、背負うことにしたんだ……」


それがどういう感情を含むものなのか、伶には分からなかった。

侮蔑なのか、哀愁なのか、困惑なのか、嫉妬なのか、歓喜なのか。

おそらく、そのどれでもあっただろう。

簡単には言い表せないその感情は、伶自身が抱いてきたものと同じ筈だ。


「……あいつのことが、好きだった。初めてできた、唯一無二の親友だった。赦してもらえるなんて思ってないけど、俺、あいつとの夢を叶えたい……。たくさん曲を作って、世界中の人に聴いてもらいたい。あいつのその意志は、俺の中に、ちゃんと宿ってる。だから、頼むよ、伶。あんたにしか、頼めない……」


強がるれんのその目には、涙が浮かんでいた。

必死に言葉を探しながら、どうやったら想いを伝えられるのかと思考を巡らせながら、拙い文章を綴っていく。


──その気持ちは、痛いほどよく分かった。

どんなに自分達の力を信じていても、子供だけでは成し遂げられないことは存在する。

そんな時に大人に頼るしかない屈辱を、無力さを、まるで悪いことのように思ってきた。


大人になることで、確かに失ったものは数え切れない。

しかしそれと同時に、今の伶にしか手にできなかったものがあることも事実だ。

無欲で主体性の無かった子供の彼が、唯一心を預け夢中になったもの。

それは親友の存在であり、そしてそれを繋げたのは、やはり音楽だった。

今まで培ってきた知識は、技術は、経験は、育て上げてきた情熱は、紛れも無く、伶の体に刻み込まれている。


「……あぁ。……任せろ」


──何を話していいか、分からなかった。

どんな言葉を欲しているのか、どんな優しい言葉をかけてやるのが正解なのか──。

彼は彼自身のことを、よく知らなかったからだ。

無欲で主体性が無い伶にとって、その答えを探すことは、他人に言葉をかけることよりも難しかった。

それでも、必死に言葉を手繰り寄せる。

この時間こそが、自分と向き合う、ということなのだろう。


「れん、俺は……。赦すよ、おまえのこと。だから頼む。おまえだけは、俺を赦さないでいてくれないか」


小さな子供に語りかけるように、できるだけ優しい声色で告げる。

赦されれば、また、忘れてしまいそうだ。

忘れない為に、赦されないままでいいと思った。

その言葉にれんは、不服そうに口を尖らせた。


「……嫌だね。冗談じゃねぇよ。なんでいつもそーやってさ、自分ばっか損な役割りに回ろうとすんだよ」


やれやれと舌を出すれんの反応に、伶は自問自答をするように答えた。


「……なんでだろ。兄貴だから?」

「俺も兄貴だよ」

「ふっ、そんなちっちぇーのに言われてもなぁ」

「あぁ?」


言葉の通り、自分と会話している気分になって、なんだか可笑しかった。

こんな状況でも、こんな軽口を叩き合えるくらいの方が、彼ららしいのかもしれない。

いつか親友と飽きるまで話をした日々が、くだらないことを言い合って笑った日々が、あの日のまま、鮮やかに蘇る。

それはまさに、彼らの青春そのものだった。

時間が巻き戻ったように、失くした時間を取り戻すように。


「分かってんだろ? 俺は誰かに赦されたいんじゃない。俺が俺を赦したいんだ」


それは彼らにとって、最も難しいことに違いない。

自責の念を消すことは、決して容易なことではない。

誰かに赦されたところで、自分だけは、自分のことを赦しはしないだろう。


「ま、気持ちは分かるけどさ、俺だから。弟とか、子供とか、そーゆーのを庇いたくなる気質は多分変わんねぇ。でもさ、俺を護ろうって気があるんなら、もっと自分にも優しくしろ。自分は優しくされる資格なんかねぇって思ってたら、その優しくした相手だって、気持ちを無下にされたようで傷付く。俺を救いたきゃ、まずは自分の頭を撫でてヨシヨシしてやんな」


人見知りのくせに、心を開いた瞬間早口で饒舌になる癖は、やはり変わっていないらしい。

お節介で、世話焼きな性分で、まるで母親のような小言を漏らす。

そんな自分を見ているのが恥ずかしくて、思わず揶揄ってみたくなった。


「へぇ……。こんなふうに?」


伶はゆっくりと手を伸ばし、れんの頭を優しく撫でた。

すると、れんは一気に赤面し、取り乱したように声を上げた。


「ばっ、ちげーよ! 自分にっつったろ!」

「おまえは俺なんじゃねーの?」

「そうだけど……。こんなん慣れてねぇから……。……なんだよ、笑ってんじゃねぇよ!」

「ははっ、可愛いとこあんじゃん。確かに、自分がすんのは良くても、されるのは照れるってか……なんか恥ずいよな。お互い、難儀な性分で苦労するな」


その口振りは、まるで他人事のようだ。

しかし彼らには、それくらいの方がちょうどいいのかもしれない。

自分は無下にしてでも、他人を構っていたくなる彼らには、自分よりも相手を大切にしたいと願う彼らには、他人だと思って接する気でいる方が、自分に優しくできるのかもしれない。


「あんた、零が死んだ時も泣かなかったろ。自分にはそんな資格ないってさ。感情を表に出すことに、資格も何もねぇよ。赤ん坊が泣く時、誰かに許可を求めたりしねぇだろ。この際だから、思ってること吐き出してみたら」


れんの諭すような口振りに、伶は目を丸くした。

こんな小さな子供に諭されて、ぐちゃぐちゃに泣きじゃくるほど、彼は子供ではない。

大人としてのプライドも、兄としての責任感も、今の彼を確かに構築してきたものだ。

それでも、口にしてみたくなった。


「……寂しい……」


れんに心を見透かされているような気がして、伶は観念したように、弱く静かに呟いた。


「零が居なくて、寂しいよ……」


その言葉を、伶は初めて口にした。

悲しむ資格も、寂しいと口にすることも、そんな資格は無いと、自分に言い聞かせてきた。

そんな彼にとって、それは赦しを請うことなんかよりも、切実な感情だった。


「気が合うな。俺もだよ」


れんの言葉に、不意に視界がぼやける。

──やばい、こんなところで、子供の前で、泣きたくない。

そう思って力を入れるのに、その想いも虚しく、頬に熱い感覚が走った。

先程のれんの言葉を思い出して、本当だと分からされる。

涙って、止めることができないものなんだ、と──。

自分の感情に関係なく、制御することなんてできない、溢れ出す想いの結晶なのだ。


「あー、もう。……ほら、もっと屈め。俺もヨシヨシしてやんよ」


小さな掌に頭を撫でられて、伶は僅かに嗚咽を漏らした。

慣れない掌の温かさに、心がじわっと熱を帯びていく。


「ったく、これじゃあどっちが大人か分かりゃしねぇな」

「うっせぇ……」


わざとおどけて見せて、揶揄うようにして笑い飛ばす。

こういうところが、彼の優しさだった。


──彼のことを赦せるのは、この先も彼だけだろう。

その日は永遠に訪れないかもしれないし、今は訪れて欲しくないという気さえする。

それでも、もし救いがあるのだとしたら、それはこんな形をしているのかもしれない。

掌から伝わる温もりが、嗚咽をかき消すほどの心臓の高鳴りが、彼を一人じゃないと教えてくれている。


そして頭の中を駆け巡る、忙しく激しい旋律。

初めて太陽を見つけた時のような、目がチカチカするような眩しさが光る、底抜けに明るい行進曲。

──あぁ、このメロディーを、早く曲にしよう。

そう思った。


いつまでも、この瞬間を、忘れずにいられるように──。


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