第六十一話《愛した人》
感動の再会の形は、人それぞれだ。
無垢で無邪気な子供のように、人前で思い切り泣くことを、その胸に飛び込むことを、躊躇なくできる者ばかりではない。
それが難しいと感じる者もいるだろう。
特にここにいる、彼にとっては、そうだった──。
「本当はずっと、傍にいて欲しかった!!」
勇為に本心を言い当てられ、本物の素顔を見せた子供のゆーいは、諦念を含んだ笑みで、こちらを見ていた。
長い沈黙が流れて、それを終わらせるように、ゆーいが口を開く。
それはまるで、あの時飲み込んだ呪詛のように──。
「……君の本心を言い当ててみようか」
全てを見透かすようなその言葉に、勇為は息を止めて緊張した。
体はとても小さいのに、その歳の子供にしては、人生の酸いも甘いも知りすぎた彼。
満面の笑みよりも、年不相応な憂いを帯びた表情の方が、彼にとっては素顔なのかもしれない。
「あの人のこと、まだ好きなんでしょ」
──心臓が跳ねる。
最も触れられたくない核の部分を鷲掴まれて、喉の奥から何かが込み上げてくる。
そんな筈ないと、そう言えたらよかった。
あの人に復讐する為に、自分と同じ苦しみを味わわせる為に、その為にここまで来たのだから。
しかし今、彼の前で取り繕ったところで何も意味を成さないことくらい、勇為には分かっていた。
「………分かるよ。認めたくないよね。捨てられて、悲しくて、惨めで、寂しかった。絶対赦してやるもんかって、それだけを生きる意味にしてた。……だけどね……」
そう言い残して、ゆーいはきゅっと口を結んだ。
それは泣くのを我慢する時の、ゆーいの癖だった。
先ほどまでの、悟ったような淡々とした話し方とは打って変わって、ひとつひとつ言葉を噛み潰すように、涙を堪えるように、語りかける。
「……それでも、やっぱり愛してたんだ。あの人から貰ったものが、幸せだった日々が、どうやっても忘れられないんだ……。綺麗な空を見て、綺麗だねって言い合えることや、素敵な景色を見て胸がいっぱいになって、あの人にも見せたいなって愛おしく思うこと。全部、あの人が教えてくれたことだよ。勇為はちゃんと、愛されてたよ。だからあの人のことを、好きなままでいてもいいんだよ。まあやを愛した自分のことを、愛していいんだよ」
必死に堪えていた涙は目から溢れ、言葉を発する度にポロポロと頬へと流れた。
その姿に、勇為も同じように口を引き結んで、ゆーいに駆け寄り、強く抱き締めた。
普段滅多に涙を流さない勇為の目から、一筋の雫が落ちる。
「……っ……ごめん、ごめんね……。僕……自分の気持ちに嘘吐いてた……。君の言う通りだよ。まあやのこと、本当は、今でも愛してるんだ……。本当はずっと……傍にいて欲しかった……。なのに認めたくなくて、忘れようとして、ごめんね……。ゆーいの気持ち、気付かないフリして、飲み込んで……ごめんね……」
最初は子供の自分と言われても、イマイチピンと来なかった。
自分の感情は自分だけのものだと、誰かに分かる筈が無い、と──。
それでも、今なら分かる。
同じ人を、愛した者同士なんだ。
日々の喜びも、幸福も、別れの悲しみも、逃れられない屈辱感も、全部知っているものだ。
捨てられて、惨めだと思いたくなくて、自分に価値が無いと思いたくなくて。
自己防衛から、その愛情を、憎しみへと変化させるしかなかった。
愛も憎しみも、同じ執着だ。
例えどんな形であれ、執着し続けていたかった。
そうしていなければ、あの幸福だった日々も、全て嘘になってしまいそうだったから。
だけど本当は、その愛を捨て切れなかった。
それでも、まだあの人への想いが消えないことを、自分で認めることができなかった。
「ありがとう。僕の大切な想いを、心を、ずっと離さずに護ってきてくれて。もう、偽ったりしないよ。まあやを愛する気持ちも、君を愛する気持ちも、僕自身を愛する気持ちも、全部認めて、大事に抱えていくから」
人と人を繋げるのは、好きなものや、喜びの感情だけではないのだろう。
共通の痛みと傷を持っているからこそ、通じ合えるものもある筈だ。
誰にも説明ができない、愛憎という簡単な言葉だけでは片付けられないこの複雑な感情を、分かってくれている人がいることに、勇為は心強さを覚えた。
一方的な愛は、きっと、恥ずかしいことじゃない。
片想いは決して、惨めなことじゃない。
それだけ誰かに執着できるということは、それほどまでに誰かを愛せるということは、それだけで、とても素晴らしいことじゃないか。
どんな形であっても、この心に、消えずにずっと居座り続けていて欲しい。
それがきっと、彼にとっての、愛の形なのだから──。




