第五話《海の夜》
「ねぇ、いいでしょ? 須藤さん」
高級感溢れる料亭で、高そうなスーツを着たその男の腕を抱き寄せ、体を密着させる。
さらに、胸の谷間を見せながらの上目遣い。
このコンボが決まれば、大抵の話は上手く運ぶ。
「しょうがないなぁ、UMIちゃんは。分かった、CMタイアップの話通してみるよ」
「やったぁ! ありがとう! 大好き!」
頬擦りをして、海は心の底から笑った。
「ところでこの後、ホテルどう?」
「もう、今夜だけですよ?」
彼女は売れる為だったら、何でもすると決めていた。
どんな卑怯な手も、彼女にとっては野望を叶える為の正義なのだ。
「UMIちゃんは話が早くて助かるよ。最近の若い子はやれセクハラだやれパワハラだって、仕事が欲しいと言うくせに何もしないんだからさ。都合が良いったらありゃしない」
今時そんな発言は、炎上間違い無いだろう。
しかしこんな時代だからこそ、コンプライアンスに厳しい社会と真面目な若者ばかりのお陰で、彼女のようなモラルから外れた人間が仕事を勝ち取るのは、実に楽勝で有り難かった。
そもそもそんな正しいモラルを学べる場所が、彼女の生い立ちには存在し得なかった為、仕方の無いことなのだが。
「そもそも芸能界にモラルを持ち込むのがおかしいと思うんですよね。そんなにモラルを重んじたいなら、一般企業のOLやってお茶汲みでもしてればいいんですよ。芸能界は人間の欲望を満たす世界なんですから、人間の欲望で出来てるに決まってるのに」
「ははっ、確かにそうだね。夢を売る仕事をしてる僕らが、まず夢を見ないといけないよね。金と権力さえあればこんなにいい女を抱けるなんて、夢に溢れてる世界じゃないか。それを夢がない世界だなんて否定する奴が芸能界で生きていこうだなんて、まずはそんな夢の無い世界に心酔した自分の審美眼を疑って欲しいね」
「本当ですよ。芸能界にあるのは、売れるか売れないかのその二択だけ。どんなに尊大な矜持を持ってたって、売れなければ追い出されてなんの意味も成さないんですから。あたしは、もっとこの世界にいたいんです。だからその為の努力は、何一つ惜しまない」
もちろん、歌とダンスのスキルを磨くのは当然だ。
だが、それだけでは足りない。
努力だけでは何も掴めない、苦い下積み時代も経験した。
正攻法で落ちぶれて、勝者を卑怯者と罵っても、それは負け犬の遠吠えでしかない。
惨めになるだけだった。
正直者が馬鹿を見る世界。
だったら、悪魔に魂を売ってでも勝てた方がいい。
1%でも勝てる見込みが増える方法があるのなら、それを実践しない手は無い。
もうあの頃のように、惨めな思いはしたくなかった。
手に入れた人間にしか、勝ち取った人間にしか発言も許されないのだから。
全ては、勝者で在る為に──。




