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ロストユースに青を知る  作者: 志結
第六章
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第五十四話《最後の希望》


葵瑞がメイクを終え、スタジオに向かった頃、惇のスマホが鳴った。

──頼人からの着信だ。


「はい、お疲れ様です」

「お疲れ。あいつらの様子どうだ?」

「やっぱりダメです。もう撮影にならないレベルで……今日は葵瑞くんだけ撮ってもらって、バラしになりそうです」


切羽詰まった惇の声に、頼人は現場の混乱による惇の心労を察した。


「……そうか……。今はあいつらの心のケアが最優先だ。悪いけど、しばらく全部の仕事を断ってくれ」

「え、全部!? い、いつまで!?」

「とりあえず、一ヶ月くらいか。それで復帰できるかは分からないが、現場に行ってバラしになるよりはマシだろ」


頼人の突然の提案に、惇は目が回りそうな思いで立ち止まる。

売れっ子でビッシリ埋まったスケジュールを全部白紙にすることは、決して容易なことではない。

各方面に迷惑をかけることになり、頭を下げて回らなければならないことは確定だろう。


「……分かりました。頼人さんがそう言うなら」

「悪いな。おまえにばかり負担をかけて」


惇の中で、頼人の言うことは絶対だ。

それは決してやらされていることではなく、彼自身が頼人に対する、絶対的な信頼と尊重があってのことだ。

扱いが難しいブルバのメンバーを、愚痴を零しながらも今までサポートしてきたのは、全て頼人の為だった。


「……いえ、違いますね。頼人さんの指示だからと言うより、俺もあの子達が心配なのかもしれません。俺みたいに、間違えて欲しくない。俺もあの子達の為に、できることを精一杯やります」


先程の発言を取り消すように、自分の思想を否定するように、惇は電話越しに首を横に振った。

今までのような、頼人の為にという想いだけではない。

傷付いている彼らの姿を、必死に助けを求めてくれようとしていた美生の姿を思い出して、惇は覚悟を決めた。


「ありがとうな、惇」

「いえ、これが今の僕の仕事ですから」


惇は電話を切って、亡き友人のことを想った。

かつて共にバンドとして活動していた、解散後、とあるアイドルのマネージャーとして働いていた元メンバー。

彼がストーカー被害に遭っていたそのアイドルを庇って死んだ時、正直、馬鹿みたいだと思っていた。

たかが仕事で、他人の為に命を落とすなんて、そんな考えが理解できないと。


──だけど、今なら少しだけ分かる。

彼もきっと、こんな気持ちだったのだろう。

仕事だからと使命感に駆られるだけではなく、毎日彼らのことを考えているうちに、いつしか自分のこと以上に大切に思えてきていたのだ。


──これからは、もっとみんなと話をしよう。

手遅れになる前に、望まない別れが突如訪れる前に──


常備している胃薬に頼らず、惇は足に力を入れて駆け出した。




自室の扉を開け、そのまま壁にもたれ掛かる。

帰宅した海は、電気も付けずに真っ暗な部屋で一人項垂れていた。

──体が重い。

屍のような塊の体を引き摺って、歩くのもやっとだった。


床の所々に物が落ちていて、足の踏み場が無い。

転がっている観葉植物に躓いて、部屋が荒らされていると気付く。

彼が、薬の副作用で暴れたのだ。

こんなことは、今に始まったことじゃない。

その当人は今、薬が効いたのか、平然とベッドで眠っている。

痛みを忘れたかのように、穏やかな顔をして──。


薬をやる人間なんて、馬鹿だと思っていた。

リスクがあると分かっているのに、それを承知で自分の人生を投げ出すような真似、自分は決して選ばないと。


『まぁでも、死にたくなるほど苦しくなったら、それもまたいいかな……』


以前自分が零した言葉が、脳内でリフレインして響く。

残された希望に縋るように、海はそれに手を伸ばした。


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