第五十一話《地獄の共有》
とある平日の昼、BLUE BIRTH+の六人は会議室にいた。
番組の打ち合わせが終わり、スタッフが居なくなったその部屋で、誰も立ち上がることなく黙り込んでいる。
打ち合わせと言っても、実際はろくな話し合いにならず、強制的に打ち切られる結果になってしまったのだが──。
「じゃ、僕はこれで。お疲れ様でーす」
皆が顔面蒼白で項垂れる中、一人だけ元気な様子の勇為が席を立つ。
元気な様子と言っても、彼の場合は過労と睡眠不足によりハイテンションを保っているだけで、充分に顔色は悪い。
「待てよ」
絞り出すような声は、陽七星のものだった。
それはいつもの意気揚々としたものではなく、ドスの利いた、暗く低い声だった。
「座れ」
「……なんなの」
「いいから座れ」
陽七星に睨まれて、勇為は溜息を吐いて、仕方なさそうに席に座った。
──にも関わらず、陽七星はなかなか話し出そうとせず、黙り込んでいた。
「……え、何この時間? なにもないなら外していい? 僕忙しいからさぁ、こんなとこで油売ってる暇ないんだよね」
イライラする勇為に急かされて、陽七星は迷いながらも、観念したように口を開いた。
「……おまえら、あの島で何があった」
陽七星の言葉に、一同は心臓を掴まれたように緊張した。
誰もが心当たりがあり、そして聞かれたくないことだったのだ。
もちろんそれは、陽七星自身もそうなのだが──。
それでも、不可解な現象から解放される為に、手段を選んではいられなかった。
「あの島から帰って来てから、明らかに様子がおかしいだろ。何があったのか言えよ」
「いやいや、そう思うならまず陽七星くんから言いなよ。自分だって明らかに様子おかしいじゃん」
勇為の主張は最もだった。
自分のことは何も語ろうとしないくせに、他人の話したくないことを無理矢理こじ開けようとするその様は、いつもの横暴な陽七星の姿となんら変わりない。
「……もしこれが誰かの仕業なら、何が起きたのか説明しろ。そんでこのイカれた現象を、一刻も早く終わらせろ」
陽七星のこの発言に、皆ようやく顔を上げた。
自分だけに起きていると思っていたその現象は、目前に浮かぶ白い影は、ひょっとしたら、皆も見えているものなのかもしれない、と──。
「もしかして……みんなも美生と同じ……?」
「なんだ、言えよ」
思わず口から零れた美生の言葉を、陽七星は逃すまいと問い詰める。
一度は目を泳がせた美生も、迷うように机を撫でて、観念したように、ゆっくりと再び口を開いた。
「……えっと……美生達、撮影が終わった日の夜に、宿舎で打ち上げしてたよね? ……で、お酒を飲んでたら急に眠くなって……気付いたらなんか、知らない場所にいて……」
美生の言葉に、一同が息を呑む。
眠ってしまった後に見た、夢か何かだと思っていたそれと同じ経験を、自分以外の人間もしていたのだということに、動揺を隠せなかった。
「知らない場所って、どんな場所だ。深い林の中か?」
「林? ……ううん、暗い洞窟にいたの。みんなは違うの? ……伶は?」
「……」
「……伶ってば」
「……踏切だ……」
隣の美生に名指しで問われ、伶は一度は黙り込んだものの、催促され仕方なく、不機嫌そうな声色で答えた。
「僕は丘に続く階段に。織ちゃんは? ……あぁ、声出ないんだったね」
勇為がそう言って、打ち合わせで使った紙とペンを差し出すと、織は震える指で【河原】と書いた。
「河原かぁ。海ちゃんは?」
「……海……」
「え?」
自分の名前を言ったのかと勘違いされ、海はもう一度詳しく言い直した。
「……海にいた……。夜の海岸に……」
「夜?」
「なに? 陽七星くんは違うの?」
海の発言に疑問を抱いた陽七星の声に、今度こそは逃すまいと、勇為が詰め寄る。
「……夕方の……林の中だった……」
バツが悪そうに渋々陽七星が答えた後、織は再びペンを握って【早朝だった】と書き記した。
それを横目に見て、伶も気怠げに呟く。
「多分……真っ昼間だったと思う……」
「僕は時間帯は分からないけど、雨が降ってて暗かったんだよね。それで夢だと思って歩いてたら、青い鳥居を見つけて……」
勇為が発したその単語に、一同は明らかにこれまでとは違う反応を見せた。
場所も時間帯も皆様々なのに、それだけは共通しているのだと分かる。
「……嘘……そんな偶然ある……? しかも鳥居って、普通赤とか灰色だよね? そんな珍しい鳥居を、みんな同じ島の、それぞれ違う場所で見つけるなんて……。夢だったとしてもおかしすぎる……」
困惑する美生に、陽七星は必死に手がかりを探そうと、記憶を遡った。
あの島についての説明を、誰かが話していた気がする、と──。
「島の神主が言ってたろ。なんとか供養の島だとか……」
「……水子供養……」
海の発言に、皆が振り返る。
彼女の言葉と声は、自らを傷付けているかのような、悲痛に似たものだった。
「水子供養の神社がある島よ……。生まれて来れなかった、もしくは子供のまま死んだ魂が行き着く場所。……別名、ロストユース」
忘れかけていたその言葉を聞いて、ある仮説が脳裏を過ぎる。
まさか、いや、そんな──
その仮説を決定的なものにしたのは、勇為の発言だった。
「……てことはもしかして、みんなも見たの? 青い鳥居を潜って、子供の頃の自分の姿を……」
確信に変わったその事実に、今度こそ全員の心臓が跳ね上がった。
自分の身にだけ起こっていると思っていた不可解な現象は、ここにいる全員が体感したものだったのだ。
「……やっぱり……美生だけじゃなかったんだ……」
「おいてめぇ!!」
激昂した陽七星が突如、勇為に掴み掛かった。
「おまえが仕組んだのか! どんなカラクリか説明しろ! そんで一刻も早く、こんな茶番終わらせろ!」
「何言ってんのさ! 僕は何も知らないよ! てか、それなら陽七星くんだって僕と同じでしょ? 子供の自分に会って、全部思い出して、今の自分の姿に死にたいほど絶望したんでしょ!?」
「……っ……てめ……!!」
全てを言い当てられて、陽七星は勇為の頬を力一杯殴りつけた。
それでも気が済まないと言うように、床に転がった勇為に再び掴み掛かる。
反射的に織が止めに入るも、正気を失くした陽七星を止めることは困難で、その拳を押さえつけるだけで精一杯だった。
「知ったような口利きやがって! おまえに俺の何が分かるんだよ! 何も知らねぇくせに!」
「そうだよ知らないよ! 知りたいとも思わないし、聞かれたって答えてやるもんか! 僕はごめんだね! 自分のことを話して、他人に分かったように扱われるなんてさ!」
陽七星の拳に再び力が入った瞬間、流石にまずいと伶も止めに入った。
二人の力で振り解かれ、陽七星と勇為は同時に床に転がった。
頭に血が上っている二人が、荒々しく肩で息をする。
睨み合った二人の沈黙を打ち破ったのは、勇為の低い笑い声だった。
「……くくっ……。はははっ、おっかしい。なんだ、それでみんな、そんな青ざめて意気消沈してるんだ……。ねぇ、なんで? 僕はむしろ、今燃えてるよ。あぁ、忘れてた。そうだった、思い出した。こんなとこで燻ってるわけにはいかない。今こそ約束を果たす時だって……! あの日の誓いを、今まさに叶える時なんだって……!」
狂ったように声を上げる勇為の姿に、一同が日和ってたじろぐ。
絶望の捉え方は、人それぞれだ。
その結果仕事を辞めようとする者がいれば、強迫観念に駆られて、仕事に全てを懸けようとする者もいる。
自分が選ぶべき手段は、どちらなのか。
そんなことを、各々が考えさせられていた。
突然思い立ったように、海が鞄を漁る。
取り出したのは、あの無人島で貰った、パンフレットの冊子だった。
何かを探すようにパラパラと捲っていくと、最後のページに、それを見つけた。
「あった……!」
海の声に、全員が視線を向ける。
そこに載っていたのは、大きい青い鳥居の写真だった。
「……これ……!」
それは皆が実際見たものとは、少し違っているものだった。
しかし、共通している青色の鳥居を目の前にし、引き寄せられるようにして、それに触れようと手を翳した。
その時──
「「……!!」」
全員がその鳥居に触れた瞬間、突如、数多もの記憶が脳に流れ込んでくる。
それは、自分以外のここにいる五人の、過去の記憶だった。
この鳥居をパイプとして、彼らの記憶を繋げるようにして──。
それは時間にすれば一瞬のことでも、体感としては永遠に近かった。
──無理もない。
これまで積み上げてきた、二十数年に渡る人間の人生を、五人分も一気に流し込まれたのだから。
不思議な現象から現実に引き戻されて、一番最初に声を上げたのは、海だった。
「……え……嘘……これって……。待って……。ってことは……」
自分の脳内に流れ込んできた、五人の記憶。
ということは、まさか──
そんな疑念を抱きながら顔を上げると、海を見る彼らの顔は、驚愕と侮蔑を孕んでいた。
そして、全てを悟る。
(……あぁ、そうか……。知られてしまったんだ……。あたしの過去を……あたしの罪を……)
誰にも知られたくないと願った、過ち全て。
自分を裏切り、偽り、そして尊い小さな命さえも、身勝手に殺してしまえたこと。
「……あぁ……いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!!」
絶望の余り、海は絶叫した。
頭を抱えてその場にしゃがみ込み、止まらない嗚咽を零し続ける。
それを合図とするように、全員が理解した。
これが、どういうことなのか。
一体、何を意味することなのか──。
己の惨めな過去と、今の罪を知る者が、自分以外に存在してしまった。
しかもそれはよりによって、最も知られたくない相手に。
ちっぽけな自尊心を護る為に、見栄と意地だけを携えて、理想の自分を取り繕ってきた。
それが崩れてしまった今、張りぼてだったと悟られてしまった今、彼らからどんな目を向けられるのか、考えただけで狂ってしまいそうだ。
絶望のどん底に落とされ、皆の血の気が引いた時、勇為は耐えきれず、その場に嘔吐した。
先程まで、感情が昂ったまま饒舌に喋っていた彼も、様子が一変して顔面蒼白だった。
「……っ……おまえ……!」
頭上から降ってきた声に、勇為は蹲ったまま陽七星を見上げる。
その目には、哀憐と、同情が浮かんでいた。
それは彼にとって、最も屈辱的なことだった。
「……なんだよ……その目……。そんな憐れむように僕を見るな……! 違う! 僕は捨てられたんじゃない! 僕があの女を捨てたんだ! 僕は、可哀想なんかじゃない!!」
『可哀想な子』と、そう言われるのが、最も屈辱だった。
それを自分で認めてしまったら、彼の人生は、全ての意味を失うと知っていたから。
唯一護ってきた自尊心までも無残に打ち砕かれ、心が終焉へと向かっていく。
他のメンバーも同じように、各々の過去に驚きは隠せないものの、それ以上に、自分の過去を知られてしまった絶望の方が大きかった。
そして悟った。
──あぁ、俺達はこの瞬間、もう一度死んだんだ、と──。
自ら終わりを望み、自らの手で決別を選んだ、あの時とは違う。
誰にも触れられまいと鍵を掛けて隠してきたものを、無理矢理こじ開けられ、勝手に他人に晒され、介入され、憐れまれ、自分一人のものではなくなってしまった。
それは瞬く間に拡がり、いつかそれを知る世界中の人間から、侮蔑の目を向けられるかもしれない。
これを地獄と呼ばずして、なんと呼ぶだろう──。
「……最悪だ……」
呟く伶の言葉に、彼らの背後で、子供達が笑っているのが見える。
惨めな彼らの姿を見て、苦しむ彼らの姿を見て、満足気に楽しんでいる。
『見て! 悪者をやっつけた!』
誰かの仇を討ったように、悪者を懲らしめるヒーローごっこをしているかのように、彼らはただ、声を上げてはしゃいでいた。




