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ロストユースに青を知る  作者: 志結
第五章
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第四十三話《懺悔》


ぼやっと霧がかかったような景色に、ここが夢の中だと分かる。

目の前には、世にも珍しい青い鳥居。

思い出せはしないのに、初めて見た気がしない。

何故か、知っているような感覚だった。

陽炎のように揺れながら、それでも確かに、ここに居るんだと示すように、存在感を放ちながら聳え立っている。


『嘘吐き』


その声で白い世界が一変し、暗く深い闇に包まれる。

声の正体は、鳥居の向こうに立ち竦んでいる、一人の少年だ。


『あんな大人に絶対ならないって、そう言ったよね?』


子供の姿の陽七星が、いや、ひなが囁いてくる。

呪詛を吐くように、憎き相手を蔑むように。


『僕のこと忘れて、弱い者いじめをして、平気で笑ってたんだ』


──違う、そうじゃないと弁解したいのに、言葉が出て来ない。

何も違わないからだ。

あの日の恐怖も、絶望も、誓いも、全て忘れて、大人になった。

今の陽七星の姿は、幼いひなが心底軽蔑した、最低な大人そのものなのだ。


『許さない』


黒く塗りつぶされた顔に浮かぶ、赤い眼光。

それは陽七星の心を刺し殺すように、険しく、鋭く向けられていた。



「……っ……はっ……!」


ベッドから飛び起きて、夢から覚めたのだと知る。

乱れた呼吸と、大量の汗。

暑い筈なのに、体は氷のように冷え切って、震えが止まらない。


「起きたか。大丈夫か?」


陽七星が起きたことに気が付いて、家の主である頼人は、陽七星の汗を拭い背中を摩った。

あの島から帰って来てから様子がおかしい陽七星を、頼人は自宅に連れ帰り、ここ数日介抱していたのだ。


「ひどい汗だな。待ってろ、今水を持って……」


そう言って立ち上がろうとする頼人の手を反射的に掴んで、陽七星は今にも泣き出しそうな顔をしていた。

それは、まるで親に置いて行かれそうになった子供の姿だ。

心細そうに、寂しそうに、嫌だ嫌だと駄々を捏ねるように──。


「……大丈夫だ。俺はちゃんとここにいる。安心しろ」


頭を撫でられて、何かを言おうと、陽七星の口が動く。

それを察して、頼人は陽七星の顔を覗き込んだ。


「ひな?」


──今はその名前を、聞きたくなかった。

昔馴染みの頼人にだけ呼ぶことを許しているその名が、夢の中で見た幼い自分と重なってしまう。


『嘘吐き』


耳の奥から再びその声が響いて、冷たい汗が頬を伝う。

喉奥と胃が冷えて、息が止まる。


『裏切り者』


呼吸をしようとして、必死に息を吸おうとするも、吐き方が分からなくなってしまう。

恐怖で頭の中がぐちゃぐちゃになって、その幻想から逃れたくて、気付いた時には、パニックになりながら叫んでいた。


「……っ違うもん! 僕は悪くないもん! 僕にひどいことした、お母さんの方が悪者だもん!」


口から溢れ出したそれは、本当に子供のひなの叫びそのものだった。

体格も声も紛れも無く大人のままなのに、幼児退行してしまったようなその姿に、頼人は動揺を隠せなかった。

大丈夫だと声をかけようとするのに、上手く言葉が出てこない。

どうすればいいか分からないまま、せめて安心させようと、強く抱き締める。

子供をあやす母親のように、一人じゃないよと、温もりでそっと教え込もうとするように。


「……ごめんなさい……」


力を無くした陽七星が、頼人の胸で泣きながら呟く。


「……忘れちゃって……ごめんなさい……」


その謝罪は、頼人に向けたものでないことが分かる。

陽七星は、過去の子供の自分に、ひなに向けて謝っているのだ。

二度と戻れないその日々に、後悔と懺悔を向けながら、救われることのない地獄と対峙しているのだ──。


「……落ち着け、ひな。大丈夫。大丈夫だから……わ……」


その先の言葉を口にしようとして、思い留まって口を噤んだ。

今の陽七星にとって、それは最も聞きたくないことだっただろうから──。


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