第三話《因縁》
六人が各々帰ってしまった後で、送迎の仕事をさせてもらえなかったマネージャーの惇は、事務所の社長室へと赴いた。
「お疲れ様です。只今戻りました」
ノックをして扉を開けると、長身の一人の男が出迎えた。
「おぉ、お疲れ。やけに早かったな」
彼の名前は紫波頼人。
BLUE BIRTHが所属する、紫波プロダクションの社長だ。
紫波プロは日本でも指折りの超大手芸能事務所であり、頼人は二十八歳の若さで創設者の父親から社長の座を譲り受けた、なかなかのやり手だ。
「現場が終わったらみんなそれぞれ帰っちゃって、送らせてもらえなかったんですよ」
「ははっ、まぁいいじゃないか。あいつらを同じ車に乗せるだけでも一苦労なんだ。仕事が減る分には別にいいだろう」
「それはそうなんですけど……。折角頼人さんに任せてもらった仕事なんだから、ちゃんとしたくて……」
言葉遣いは目上の人に対するそれだが、惇は拗ねた子供のように口を尖らせる。
その様子に、頼人は気さくに笑った。
「おまえはマネージャーとして良くやってくれてるよ。あの六人の面倒を見るのは大変だろうけど、よろしく頼むよ、惇」
「もちろんです!」
惇にとって頼人は、ただの上司ではなく恩人だった。
彼は数年前まではアーティストとして活動していたのだが、グループの解散を機に仕事を失くして途方に暮れてしまっていた。
そんな時に、声をかけ救ってくれたのが頼人だったのだ。
彼に事務所の看板アーティストのマネージャーという仕事を与えてもらえたことは誇りであり、いつか必ず恩を返そうと日々懸命に仕事に打ち込んでいる。
「社長、失礼します」
ノックの音がして、社長室に一人の女性が入って来る。
「お話中でしたか、申し訳ありません」
「構わないよ」
彼女は、社長秘書の三井幸。
いつも頼人の傍で彼をサポートしている、真面目で優秀な人材だ。
ただ、関心が無い人にはなかなかの毒舌だった。
「今日も送迎させてもらえなかったんですか? 頼人さんに与えられた仕事を完璧にこなせないなんて、呆れて物も言えません」
「君も一回やってみたらいいよ。あの子達本当にいつも喧嘩ばっかりで参っちゃうんだから。そんで、僕が代わりに頼人さんの秘書をやるっていうのはどう?」
「雑で大雑把なあなたに社長秘書が務まるとは思えません。あなたのせいで頼人さんが悪い印象を抱かれたらどうするんです? 私は誰よりも頼人さんのお傍で身を尽くしたいんです」
彼女もまた、数年前までは俳優として活動していたが、夢を諦めて田舎に帰ろうとしていたところを頼人に拾ってもらい、その恩を返す為に精進していた。
同時期に会社に入社したこの二人も、六人のことを言えない程には犬猿の仲だった。
どうやら自分が一番、頼人の信頼を勝ち取りたいという想いがあるらしい。
「しかし、表向きは上手くいっているとは言え、楽屋や舞台裏であの調子では、関係者やスタッフに本性がバレるのも時間の問題かと」
「まぁ、それはそう。五年間も隠し通せてるのが不思議なくらいだよね」
「そこは惇と幸が上手くやってくれてるからだろう。それに、不仲な噂を流されて一番困るのは、あの子達本人だからね。そこは充分自覚してる筈さ。とはいえ、最近ちょっとはしゃぎすぎかな」
六人は互いの存在に不満を抱きながらも、今の自分達が確立してきた人気や地位は守りたいと思っている。
だからこそ、表向きは上手くやるだろう。
「器用に隠してるとは言え、彼らの裏の顔はスキャンダルの塊ですよ。彼らの評判がこの事務所の存続に関わるのであれば、速やかに対処すべきです。この会社を守る為に」
「そうなんだけどねぇ。ついつい甘やかしちゃって。どうしたもんかなぁ」
「頼人さんは、陽七星くんとは付き合いが長いですもんね。所属タレントというよりは、弟のような存在でしょうし」
陽七星はわずか一歳の時から、頼人の父が立ち上げた紫波プロダクションに所属し、事務所の看板子役として活躍してきた。
中学生の頃から事務所でアルバイトをしていた頼人にとって、五歳下の陽七星は弟のように可愛く、よく面倒を見ていたのだ。
「そういえば、アクターズスクールから発表会の招待状が届いていましたよ」
「あぁそう。ここ数年、ブルバの売り出しで忙しくて全然行けてなかったからなぁ。五周年ライブも終わって一区切り着いたし、久々に将来有望な若い子達の活躍でも見てくるか」
「生徒達も喜びますよ。社長自ら声をかけてもらえたらいい刺激になります」
紫波プロダクションは、今やアクターズスクールという所謂養成所を構えられる程に大きくなっていた。
所属人数も増え、若い才能達が第二のBLUE BIRTHを目指し日々レッスンに取り組んでいる。
BLUE BIRTHの活動が節目を迎え順調なのだから、そろそろ次のデビュー候補を考えてもいい時期ではないかと、二人は思っていた。
しかし頼人にとって、BLUE BIRTHは特別だった。
寧ろこのグループをヒットさせる為だけに、全てを注いで来たと言っても過言ではない程に──。




