第三十七話《傷跡》
島から帰って来たその翌日、美生はモデル業の打ち合わせの為、朝早くから事務所に来ていた。
目の下には、大きな隈を作って。
「どうしたんですか? その包帯」
惇に指摘をされて、ビクンと体が跳ねる。
「ちょっと、擦り剥いちゃっただけ……。美生、飲み物買ってくる……」
左手首の包帯を庇って、美生は部屋を出た。
そのまま廊下を歩いて、衣裳部屋の扉を開ける。
電気も点けないで真っ暗なまま、洋服達に囲まれて膝を抱える。
昨夜のことを思い出して、傷がジクジクと痛んだ。
『ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!』
自室の狭い押し入れで、赦しを乞いながら、左手首にカッターの刃を立てた。
その場所はかつて自ら傷付け、そして数年前に、真っさらに跡を消した場所。
震える腕では、太い血管には到底届かない。
それでも皮膚に刃を立てる度、鮮明な赤い血が流れ出す。
そのことに、安心さえしてしまっていた。
いつしか、その行為によってしか、生きていることを確認できなくなってしまったほどに──。
衣裳室の外でスタッフの声がして、現実に引き戻される。
──全部、終わってしまえば良かったのに。
手首に全力で刃を突き立てて、本当に死んでしまえれば良かったのに──。
そんなことを望んでしまうほど、最悪の夜だった。
最悪の夜明けだった。
今自分が生きていることが、どんなに卑しく醜いことなのか、思い知らされてしまったのだから。
「……なんで……。なんで……忘れちゃってたの……?」
痛みも、苦しみも、全部経験してきた筈だった。
もうあの頃より辛い出来事なんか起きる筈無いと、ずっとそう思って生きて来たのに。
彼女の感覚を麻痺させたのは、厄介なことに、紛れも無く『愛』そのものだった──。




