第三十五話《仮面の下》
渡航時間、一時間。
東京の地に戻って来た一行は、屍同然だった。
そんな彼らの様子を見て、不思議そうに顔を顰めるスタッフ達。
他のスタッフよりも近くにいるマネージャーの惇でさえ、全く状況を飲み込むことができずにいた。
「頼人さん、一度事務所に戻りますか?」
「今日はもうやめとこう。話ができる状態じゃないしな。先生は病状的には問題無いと言ってたが、一刻も早く休ませよう」
頼人の提案に、惇は黙って頷いた。
何が起きているかは分からないが、頼人が言うことに間違いは無いだろう、と──。
「分かりました。全員送って行きますね」
「あぁ、ひなはうちで預かるよ。六人は無事家まで送り届けてやってくれ」
「はい!」
陽七星に肩を貸して、頼人は引き摺るようにして自分の車に乗せた。
少しだけ、惇は羨ましくなった。
彼の特別でいられる、陽七星のことが──。
「みなさん、車に乗ってください。今日は各々の家でいいですよね?」
いつもなら、送りは必要無いと皆が口々に言うタイミングだ。
それでも今日は、誰一人反対しなかった。
惇の声が全く届いていないというように、何も考えることができないというように、誰も何も発しない。
「ほら、乗ってください。足元気をつけて」
軽く背中を押しながら、なんとか皆を車に乗せた。
とりわけ調子が悪いというわけでは無さそうな葵瑞は、自ら助手席に乗り込む。
「葵瑞くん。みんなに一体何があったの?」
「……知らね」
意味ありげな間を空けて、それっきり葵瑞は窓の外を向き、目を瞑ってしまった。
──ここで知る。
彼らのことを、自分は何も知らなかったのだと。
五年間マネージャーを務めてきたというのに、彼らに興味を持って寄り添おうとしてこなかった、自分の無力さを──。
「はい、気をつけてくださいね。ゆっくり休んで」
惇の車から降り、勇為は目の前の自宅の扉を開けた。
二階建ての一軒家。
都内の立地を考えれば充分すぎる家の扉を、勇為はそうっと開けた。
「あ、おかえり勇為。お母さんから聞いたよー? 番組のロケで無人島行ってたんだってね」
「無人島!? すっご! サバイバル生活してきたの!? 火起こしとかした!?」
明るい二人の姉の声が、今は全く耳に入って来ない。
それでも何かを言っていることは察し、いつもの笑顔を取り繕ってみせた。
「ただいま。僕、ちょっと疲れちゃったから、もう寝るね」
優しく、甘く、いつも通りに。
──大丈夫、僕ならできる。
そう自分に言い聞かせながら、勇為は階段を上がって行った。
自室の扉を締めると同時に、突如スイッチが切れたように、勇為は笑顔を仕舞った。
そして突然鬼気迫る勢いで、本棚の本を次々とひっくり返す。
癇癪を起こしたわけではない。
探しているものがあった。
忘れてしまった、大切なもの。
ある古びた絵本を見つけて、パラパラとページを捲る。
一番好きだった、王子様がお姫様にキスをするシーンが描かれたページに、一枚の写真が挟まっている。
勇為と、勇為の隣で微笑む一人の女性。
「……なんで……」
それが彼の、人生全てだったのに──。
「……なんで……忘れてられたんだ……」
全てを捧げてきた、そして失った、嵐のような日々を──。




