第三十三話《所以》
「ひな!」
一人突っ伏す陽七星の元に、頼人が駆け寄る。
「どうした! 大丈夫か!?」
覗き込んだ陽七星の瞳に、光は無かった。
跪き肩を振るわせながら、涙でぐちゃぐちゃになった顔でただ一点を見つめていた。
まるで、あの夜のように。
──いや、それ以上の絶望のように思えた。
全力で戦って、全力で打ちのめされたのとはまた違う。
捨ててしまっていたものを、その手で踏み潰してしまったものを、もう二度と取り返せないと分からされてしまったような。
重大な世界の間違いに気付いてしまったかのような、そんな絶望感。
「……っ!」
何かを見つけてしまった陽七星が、目を見開いて息を呑む。
息を呑むなんてもんじゃない。
呼吸が止まってしまうほどの、恐怖。
「……なんで……」
陽七星の目に映ったのは、先程姿を消したひなの姿だった。
頼人の背後に立って、こちらを睨み付けている。
「……ひな?」
頼人に名前を呼ばれる声も、もう陽七星の耳に届いていなかった。
その影は消えてくれず、ただこちらを見つめてくる。
軽蔑するように、嘲笑うように。
今まで陽七星が、ひなにそうしてきたように。
「歩けるか? 行こう」
頼人が肩を貸し、ようやく陽七星は歩き出した。
半ば引き摺られるようにして、頼人に体重を預ける。
それを情けないと思える余裕さえ無かった。
「陽七星くん! 良かった、全員戻って来て……!」
惇の言葉に顔を上げると、そこにはブルバのメンバー全員が居た。
しかし葵瑞以外の五人は、陽七星と同じように青ざめ、一人で立っていられないような状態だった。
「荷物まとめて、東京戻るぞ。全員船に乗せろ」
「はい……。一体何があったんですか?」
「俺にも分からん。おい海、大丈夫か?」
船着場の海岸で嘔吐していた海の様子を見て、頼人が背中を摩る。
全員具合が悪そうではあるものの、海の顔は特別真っ青だった。
船に乗り込んで、座り込むようにして壁にもたれかかる。
動き出し島が遠のくと、海はふうっと溜息を吐いた。
そんな自分にも嫌気が差したが、それでも、張り詰めた緊張状態がこれ以上続くことに耐えられなかった。
(ごめんね、ごめんね……。こんなあたしを、赦して……)
その祈りは、届かなかった。
海が顔を上げると、その船の端に、一人の子供が立っていたのだ。
「……っ!」
それは、子供の姿をした海だった。
先程鳥居を潜った時に、姿を現した子供。
しかし、今はそれだけではない。
うみなは、何かを抱えていた。
大事そうに、両手で包み込むように。
それに、気付かない筈が無かった。
「……あぁ……ぁ……」
それは、赤ん坊だった。
潮の匂いがツンと強くなって、再び嘔吐する。
あの頃を思い出させるように、苦く。
「……どうして……」
その答えは、自分自身が一番知っているのに。
彼女が自ら、選び取ったことだったのに。
「……なんで……忘れられたの……」
知っていても、理解することとは程遠い。
最低な人間である、所以なんて──。




