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ロストユースに青を知る  作者: 志結
第三章
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第三十一話《朝焼けと橋の下》


澄み渡った空気が、気持ち良い。

少し涼しげで、静かで穏やかな世界。

真っ暗だった空が次第に白み出して、どこからか昇った陽の光を浴びて、雲がオレンジ色に染まり始める。


早朝だと、織は肌で感じた。

傍に見える河川敷は、かつて父親と兄弟達がよくキャッチボールをしていた場所に似ていた。

なんで、こんなところに居るのだろう。

さっきまでみんなで、飲み会をしていたところだったのに。

まぁ、考えたところで仕方が無い。

諦めるのは慣れている。

我慢することも。

女が夜出歩くのは危ないと門限が厳しかった家柄もあり、織は昔ちょうどこのくらいの時間に、朝のジョギングを日課としていたのだ。

走りながら、一日の始まりを告げたばかりの世界を見渡しては、物思いに耽るのだ。


朝の空が好きだった。

神聖な朝の空気と共に、これから一日が始まるという希望を含んだ薄くて淡いオレンジ。

昇ったばかりの新鮮な陽の光を浴びた世界は、徐々にその光を自分の輝きにする。

空が、山が、海が、自分達の本来の色を取り戻すのだ。

何者にでも成れるのだと、そう促すように。

そんな世界を全身で浴びながら、河原を駆け抜けるのは気持ちが良かった。


あの頃を思い出して、少し走ってみる。

今はジム通いの為、外でランニングをすることはほとんど無くなってしまっていた。

久々に外を走るのは、気持ちが良い。

そうして走っていると、河川敷近くに人だかりが見えた。

派手な装飾に、陽気な音楽。

縁日のようなものが行われているのだと、そう思った。


(こんな朝っぱらから、縁日?)


不可解に思いながらも、このままでは帰ることができないと、渋々その人だかりに近付き声をかけた。


「あの、すみません。ここはどこですか?」


それなのに、その声は祭囃子やお喋り声に掻き消されてしまう。


「島の管理をされてる方々ですか? 東京に帰りたいのですが、うちのスタッフを見ませんでしたか?」


先程より声を張った筈なのに、誰も何も反応しない。

祭でそれどころじゃないのか、それとも余所者の自分が毛嫌いされているだけなのか。

どちらにせよ、いい気分では無かった。


──人は苦手だ。

何を考えているか分からない。

必死に相手の意向に従おうと予想して実行してみても、全く的外れで変人扱いされてしまう。

幼い頃から、自分は変わり者だと、一般的な感性とは違う人間だという自覚はあった。

人と関わる度、人と話す度、それを思い知らされるのが苦しかった。

決して分かり合おうとしていないわけじゃないのに、必死に理解しようと努力しているのに。

自分は異質なんだと、気付いたら人と話すことを避けるようになっていた。


でも、ダンスは違った。

上手く話せなくても、これで自分を表現できるなら、言葉なんて必要ないと思えて、みるみるうちに病みつきになったのだ。


そんな人混みを掻き分けた先に、妙なものを見つけた。

橋の下に、鳥居が見える。

まるで橋を支えている支柱のように、その青色をした鳥居は、力強く聳え立っていた。

影が斜めに入って、徐々に朝陽を浴びて、その青さを増していく。


「……そこにいるの?」


無意識に、声が出た。

そこには誰も居ないのに、誰かに問いかけるように。


その輝きに魅せられて、その応えが欲しくて、織は鳥居を潜った。




その瞬間──


「……っ!」


各々が鳥居を下を潜った瞬間、膜のような何かを通った感覚があり、風が吹き抜けた。

そんな中、一歩を踏み出し足を着いたと同時に、世界は色と音を無くした。

目の前が真っ暗になり、恐る恐る振り返る。

すると鳥居の向こうに、ある子供の姿があった。

冷や汗が背中を伝い、恐る恐る口にしてみる。


「……誰?」


無音の世界で、その声だけが響き渡る中で、その子供はゆっくりと顔を上げた。


『忘れちゃったの?』


その声は幼く、聞き馴染みのある声だった。

顔には黒い靄がかかっており、その靄の上に赤い目と口が浮かんでいる。

それでも、分かる。

濃い影がかかっていても、分かる。

その輪郭も、その姿も、全て知っている。


『ひなだよ』


『うみなだよ』


『ゆーいだよ』


『みおちゃんだよ』


『れんだよ』


『あいりだよ』


彼らは、答えた。

それは、六人の子供の頃の姿だった。

ハイライトが消えているその目は、侮蔑の瞳だ。

かつて彼らが、絶望した大人に向けたのと同じような。

憎しみと、憐れみを孕んでいる。


その瞬間、脳内を駆け巡る、過去の記憶。

子供の頃だけのものではない。

今日まで二十数年生きてきた、忘れてしまっていた、これまでの記憶全て。


「……あ……あぁ……」


それが、何を意味するのかまで。

彼らの人生が、今生きているこの姿が、何を意味するのかまで、強制的に分からされてしまう。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー!!!」


絶叫して、頭を抱えしゃがみ込んだ。

──思い出してしまった。

自分の罪を。

どうして今日というこの日まで、生き延びて来られたのかを──。



ぐちゃぐちゃになった顔を上げた陽七星は、目の前にいたひなが消えていたことに気付いた。


「……っ!」


断片的な映像がフラッシュバックし、途端に体が震え出し、それを両腕で必死に抱き締める。


『……さ、触るな! ……誰か! 誰か助けて!』


あの日の感覚が蘇ってきて、歯がガタガタと震えて止まらない。


「……どうして……」


それは消えた目の前の相手に対してではなく、自分自身に零した問いだった。


「……どうして……忘れてたんだ……」


涙でぐちゃぐちゃになった顔からは、後悔と、侮蔑と、哀憐が零れ落ちていった。


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