第三十話《太陽と警告音》
──陽炎。
目の前で揺らぎを見せるその世界は、まさに陽炎が作り出した幻覚だろう。
そう思わないとやってられない。
諦めたように天を仰いで、伶は照りつける日差しを肌で浴びた。
(……非現実的だ、有り得ない)
先程まで酒を飲んでいて、ブチギレて、気が付いたら知らない街中に立っている。
現実的に説明できる現象じゃない。
考えたところで、目の前で起きている状況が改善されるわけじゃない。
ふと、頬をつねってみる。
(……いてぇ……)
残念ながら、夢でも無さそうだ。
そんなベタな確認の仕方をした自分に笑えた。
「さて、どうしたもんか」
煙草を取り出そうとポケットに手を突っ込み、そこがカラであることに絶望する。
はぁっと、長く深い溜息が出た。
「どうせリアルな幻にすんならさぁ、そこんとこももうちょいリアルにしてくれてもよくね!?」
ヤケクソになって、一人文句を呟いてみる。
俺が煙草を吸うことなんて、常識で決まってることだろうが、と。
「あー、完全にやる気失くした。やってられっかよ」
無人島。
知らない土地。
太陽が真上にあるということは、時刻は正午くらいだろうか。
益々意味が分からない。
まぁ、狐にでもつままれたんだろう。
そう思ってやり過ごすしかない。
現実世界にフェイクは付き物だ。
──あ、今のフレーズは良かったかもしれない。
次の曲の歌詞に入れ込もう。
そんなふうにわざと呑気に考えながら、思いついたフレーズをスマホにメモしようと、癖のようにポケットを再び探る。
つい数秒前に確認したんだった。
スマホすら手元に無い。
「勘弁してくれって……」
伶は観念したように、知らない街の中を歩き出した。
四方八方から、煩い蝉の鳴き声が聞こえる。
真夏の太陽がジリジリと照りつけてきて、体力がどんどん削られていく。
──太陽は苦手だ。
眩しくて見られたもんじゃない。
どんなに向き合おうとしても、目を細めながら外郭を見るので精一杯だ。
光が強ければ、影も濃くなる。
人間だってそうだ。
陽キャが好き勝手するせいで、陰キャの肩身が狭くなるばかりだ。
カーテンを閉め切った部屋に引き籠り、太陽とは無縁の生活を送っていたのに、なんでまた、こんなことをしているのだろう。
太陽の下で長時間ロケをして、ステージ上でスポットライトを浴びて、陽キャの真似事をしている。
一端の芸能人ぶって人前で歌って踊っている自分を、俯瞰から客観視した自分に嘲笑われているような気分になる。
そして今も、なんとなく続けている。
舞台から降りるタイミングを失ってしまった役者のように。
中途半端の代名詞が俺だと、伶はそんなことを自負していた。
そんな皮肉めいたことを考えながら歩いていると、突然ある音が耳に飛び込んできた。
カンカンカンカンと高い音がして、目の前の踏切の遮断桿が降りていく。
その音を聴いた瞬間、全身を凍りつくような寒気に襲われた。
冷や汗が背中を伝い、心臓の鼓動が早く大きく聞こえる。
思わず、耳を塞いだ。
そして電車が目の前を通過し、音が止んだ後に遮断桿が上がる。
ふうっと息を吐き顔を上げると、踏切のすぐ向こうに鳥居が見えた。
それは奇妙なことに、珍しい青色をしていた。
「……なんで……青?」
そう疑問に思うも、行き止まりかよと舌打ちをし、来た道を戻ろうと踏切に背を向ける。
『 』
その瞬間、誰かの声がした。
踏切の向こうの、その鳥居の奥から。
伶を呼ぶように、まるで地獄へと手招きをしているように。
その声を、何故か知っている気がした。
自然と足が動き、その声に招かれるようにして踏切を横切り、伶は鳥居を潜った。




