第二十九話《暗闇と猫》
──狭くて、暗かった。
視界も足場も悪く、突如連れて来られた得体の知れない場所に、心細さが増していく。
美生は、狭い洞窟のような場所を一人で歩いていた。
──暗闇は苦手だ。
何も見えない、何も分からない。
自分の目で確認できないものは、信用できないから。
頭上からは水が滴り落ち、足音が響く。
「あ……あのぉ……。誰かいませんかぁ……?」
助けを求めて、声を出す。
その声に返って来るのは、自分が発した声が反射して響き渡る音だけだった。
不思議と、怖いとは思わなかった。
だってこんなの、ドッキリに決まってる。
大方部屋で寝てしまったところを誰かに運ばれて、突然こんな所に放り出されてしまった時の、リアクションを試されている番組の企画に決まっている。
(だとしたら、ファンが見たい姿は?)
怖がって震えて泣いて、みんなが出て来てネタバラシされた瞬間に安心して泣き出すのが、一番愛らしい姿の筈だ。
「あ……あのぉ……。本当に、誰もいないんですかぁ……?」
居るに決まってる。
これでも、一端の芸能人でタレントだ。
本当に危険な場所に一人取り残されるなんてこと、有り得る筈がない。
できるだけか弱く、可愛く演じてみせなくちゃ。
撮れ高と、好感度を意識しなきゃ、と瞬時に計算する。
涙を浮かべてみたところで、一瞬足元を何かが通り過ぎた。
「きゃっ!?」
突然のことに本気で驚いてしまい、そのまま尻餅をついてしまった。
(今の、大丈夫だったかな? ちゃんと可愛かったかな?)
こんなリアルな小細工は、本当にビックリしてしまうのでやめて欲しい。
変な転び方をして、怪我でもしたらどうしてくれるのだろう。
そんな心配を他所に、その物体は「ニャーン」と鳴きながらこちらを見ていた。
──猫だ。
黒い野良猫が、目をギラっと輝かせ、洞窟の中を自由に駆け回る。
そうしたと思ったら、突如退屈したように全身を伸ばして大きな欠伸をし、岩の上に丸まって眠ってしまった。
その様子に、美生は心の中でだけ溜息を吐いた。
呑気で、羨ましいと。
どこかにあるであろうカメラを意識しながら、スタッフの気配を探しながら、その洞窟を奥まで進んで行った。
すると蝋燭の炎が灯っているのが見え、そこがゴールなのだと分かる。
恐らくここで何か最後の仕掛けがあって、それと同時にネタバラシ、という流れだろう。
なんと分かりやすい、見え見えのドッキリだろう。
(でも美生は、純粋でピュアだから、可愛く騙されてあげる)
最後くらい、ちゃんと可愛く締めなきゃ。
そう意気込んで光の元まで辿り着くと、その燈に囲まれるようにして、大きな鳥居が聳え立っていた。
「……なに……これ……」
一瞬テレビであることを忘れて、思わず演技ではない本音の声が漏れる。
それは、今まで見たことがない青色をした鳥居だった。
蝋燭の炎に照らされ、赤く青く燃える鳥居。
混ざり合う二つの色。
その光景は幻想的で、炎の揺れが瞳にそのまま映し出される。
「……綺麗……」
つい口にしてしまうほど、そう思った。
それはまるで知っているような、懐かしい感覚。
けれどもそれだけではなく、何かを知りたいと感じさせるような、飛び込んで行きたくなるような、そんな心の弾みを感じた。
あまりに美しいその光景に、心が惹かれるままに、美生は鳥居を潜った。
抑えきれない、一筋の好奇心を携えて──。




