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ロストユースに青を知る  作者: 志結
第一章
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第二話《偶像の正体》


「「お疲れ様でしたー!」」


出番を終えた六人は、テレビ局の廊下を歩きながら、擦れ違うスタッフに丁寧に挨拶をしていく。

そして楽屋に入り扉を閉めた途端、大きな溜息を吐いた。


「……おい海。誰がいつ、教えてくれなんて頼んだよ」


先程までの爽やかな笑顔が嘘のように、陽七星は眉を吊り上げ怒りを露わにした。

言葉遣いも先程までの柔らかさは無く、好青年とは程遠いものだ。


「あんたこそあたしに教えられるだなんて何様のつもり? テレビ用の嘘くさい笑顔見てるだけで寒気がするんだけど」


陽七星の圧にも負けず、海は笑いながら煽り口調で対抗する。


「てめぇ調子に乗ってんじゃねぇぞ」

「爽やかな王子様キャラなんて演じてると大変ねぇ。そんなに子役時代の栄光に縋ってたいの? 元天才子役のひなくん?」

「その呼び方はやめろっつってんだろ。過去になんの功績も残してないどっかの誰かと違うんだよ。売れなかった自分を正当化したくて必死か?」

「子役の賞味期限が切れて売れなくなったからって、簡単に役者の道を捨てて逃げて来たくせに。歌の世界を舐めないでくれる?」

「殺されてぇのか」

「事実でしょ?」

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」


邪険な二人の間に割って入ったのは、小柄な青年の勇為だ。

二人の雰囲気に呑まれることなく、相も変わらず穏やかな笑顔を浮かべている。


「海ちゃん今日も完璧だったね。ソロパート、誰よりも目立ってたよ」

「でしょー? 今回の曲はあたしの為のようなもんだもん。ダブルセンターの片割れが頼りないから、あたしが引っ張っていかないとね」

「その自己主張の塊みたいな歌い方が気に食わねぇんだよ。それに媚びてるてめぇもな」

「僕のこと? 僕は海ちゃんの犬だから。ワンワン!」


調子良く尻尾を振る動作をしてみせる勇為は、殺伐とした雰囲気の中でも自分のペースを乱さない。

器用に立ち回ろうとする彼も、相当な自信家だった。


「あんた本当に調子良いわね。そうやって誰かれ構わず尻尾振ってるんでしょ」

「まさか。僕だって尻尾振る相手はちゃんと選んでるつもりだよ。海ちゃんみたいな美人の犬なんて光栄だし、僕は王子様より姫に尽くす騎士(ナイト)の方が性に合ってるからね」


和かで饒舌に話す勇為は明るい様子でそこまで言うと、突如背後を振り返りある人物を冷ややかに見据えた。


「ま、美生の犬なんて死んでもごめんだけど」


先程までの明るさが嘘のように、声のトーンを落として蔑むように美生を見る。

スタジオでの発言を根に持っているようだ。


「むかつく。美生だって、勇為みたいなワンちゃんなんて絶対飼いたくないから」


気弱そうな性格の美生も、勇為の発言には負けじと噛み付いた。


「いいぞ美生。こいつは犬は犬でも負け犬なんだ。プライドが無いからあんな女に簡単に尻尾振れるんだよ」


味方を見つけた陽七星は、満足げに美生の隣で踏ん反り返った。

この四人は常日頃から、このような二対二の派閥で言い争っている。


「陽七星くんの犬になってもいいけど、折角尻尾振るなら、可愛い女の子相手の方が僕的には萌えるかなぁ。陽七星くんがお姫様扱いされたいって言うならしてあげるけど♡」


調子を良くした勇為は、陽七星に向けて先程ファンに向けたような投げキスをお見舞いした。

嫌悪感を露わにした陽七星が、阿呆らしいというように捨て台詞を吐く。


「気持ち悪りぃ野郎だな」


煽っても動揺するどころか可笑しな反撃をしてくる勇為の反応に、陽七星は興醒めしたように美生から離れた。

圧で抑え込む陽七星にとって、口が上手い勇為のようなタイプは相性が悪い。

その様子に海は機嫌を良くし、勇為の頭を撫でる。


「あんた人を見る目はあるわよね。このグループでやっていくなら、断然あたし側に着いた方が良いんだから。そんなあざといところも嫌いじゃないわ」

「そんな打算的なことは考えてないよ。ただ海ちゃんみたいな美人の傍に居られる方が嬉しいってだけ。今日の髪型も、めちゃくちゃ似合ってるよ」


海に対しても、慣れたようにウインクをかます。

そのあざとい一連の流れは、彼にとってはファンサービスのように日常的なものだった。


「分かればいいのよ。いい? あんた達はみんなあたしの引き立て役なんだから、黙ってあたしの機嫌を取ってればいいの」

「てめぇいい加減に……!」

「うるせぇんだよ!!!」


言い争う声を遥かに上回る声量で、楽屋の隅にいた伶が机を叩いてがなり声を上げた。


「馬鹿の一つ覚えみてぇにギャーギャーギャーギャー騒ぎやがって。ちったぁ黙ってらんねぇのか」


額に青筋を浮かべ、口論していた四人を睨みつける。

普段はクールで口数が少ない彼が、珍しく苛立ちを露わにしていた。


「馬鹿だと!? てめぇ誰にもの言ってるか分かってんのか!?」

「あんた何様のつもり? 伶の分際であたしに意見してんじゃないわよ!」


先程までいがみ合っていた陽七星と海が、共通の敵を見つけて結託する。

この二人は、比較的単純な性格で、似た者同士だった。


「落ち着いてって。ほら、伶くん次の曲の締切が迫っててイライラしてんの」


宥める勇為の言葉を聞いて、二人は同時に口端を上げた。

仕事ができない人間を見下す行為は、とても気分が良い。


「そっかぁ。そりゃあイライラしても仕方ないわよねぇ。曲が作れないあんたなんてただの素人同然だし、このグループにいる意味も無くなっちゃうものねぇ」

「ま、心配すんなって。どんなダセェ曲が出来上がったとしても、俺が歌えばヒット間違いなしだからな」

「あ?」


陽七星に憐れむよう煽られ、伶は再び怒りを露わにし睨みつけた。


「事実だろ。俺様が歌ってやってるから売れてんだ。てめぇの力だなんて思い上がんなよ」

「てめ……!」


感情に任せて、とっさに陽七星の胸倉を掴む。

先程の勇為の時とは違い、陽七星は得意げに伶の喧嘩を買った。

こういうのは得意分野だ。


「おい、手ぇ離せよ。俺を殴ってこのグループにいられると思ってんのか?」


できないと知っている。

自分の方が優位に立っているということも。

それを裏付けるように、伶の額を一筋の汗が伝った。


「みなさんお疲れ様でーす。って、また喧嘩してんすか!? ちょっと、離れてください。ダメですよ、殴り合いなんてしたら」


楽屋の扉を開けるや否や、目の前で繰り広げられている修羅場に動揺したのは、彼らのマネージャーの宮崎惇(みやざき じゅん)だ。

動揺とは言ったものの、このような光景は日常茶飯事なのだが。


「てめぇも俺に意見すんのか? てめぇなんか俺の一声でいつでも辞めさせられるんだぞ」

「あんたにそんな権利無いでしょ? 社長と昔馴染みだからって、あんたの我儘にいちいち付き合ってくれるのかなぁ。てか、人の権力を盾にする男って超ダサー」

「は?」

「はいそこまで! とにかくもう帰り支度してください!」


幅を効かせ威嚇する陽七星に対し、海が再び噛み付く。

その喧嘩を止めるように、惇は二人の間に入った。


「もう済んださ。俺は帰る」

「え? 送って行きますよ」

「寄るとこがあるんだ。先出るぜ」

「あたしもー」

「あ、ちょっと……」


二人は素早く衣装を脱ぐと、荷物を持って楽屋から出て行った。


「はぁ……。喧嘩になったら呼んでくださいよ。自分が止めるんで」

「僕も止めたんだけどねー」

「絶対止める気なかったじゃん。むしろ加速させてたし」

「えぇ? なんか聞こえた? 雑音がするー」


嵐が去ったと思われた楽屋に、再び殺伐とした空気が流れる。

口答えをする美生が気に入らないというように、勇為は口端を上げながら軽蔑の眼差しを向けた。


「勇為くんは仲裁というよりも、二人の喧嘩を楽しんでるところがありますからね。それで余計に長引くことになるんですから」

「だってさぁ、二人の不毛な言い合い見てると、バカらしくて笑えてこない? 良い大人が子供みたいな喧嘩しちゃってさ。おかしいったらありゃしない」


先程まで尻尾を振るように海に擦り寄っていたとは思えないほど、勇為は軽薄な素振りを見せた。


「めちゃくちゃ言うじゃないすか。海さんの味方じゃないんですか?」

「味方ってか、扱い易いのは海ちゃんの方だよね。ちょっとおだてたらすーぐご機嫌になっちゃってさ。海ちゃんのそういうとこ、本当に可愛いよね」


和かな笑顔と明るい口調は先程となんら変わらず、悪気が無さそうなだけに狂気すら感じた。

性格が悪いというより、いい性格をしている。


「勇為って、海のこと嫌いなの?」

「まさか。大好きだよ。僕なしでは自分の機嫌もろくに取れないとことか、簡単に僕に気持ち良くされちゃう単純なとことか最高。あんたみたいに陰湿でつまんない女と違ってね」

「最っ低」


しかしその和かな態度も、美生を標的した時だけは例外のようだ。

美生自身も比較的穏やかな性格なのだが、自分にだけ侮蔑を込めた態度を向ける勇為に対しては、嫌悪感を隠さなかった。


「俺も帰るわ」

「伶、新曲のデモいつできる?」

「あぁ?」


今までの騒がしい口論が繰り広げられる中、我関せずで口を噤んでいた織が、ようやく口を開いた。


「織ちゃん、さっきのやりとり見ててそれ今聞いちゃう?」

「曲ができないと、振り付けできないから」


自分のペースを乱さず滅多に動揺しない勇為も、織の空気を読まないマイペース加減には、思わず気まずそうに笑った。

勇為が人のことを言える立場ではないが、織にも完全に悪意が無さそうなのが、余計にタチが悪い。


「まだ先だ。黙って待ってろ」

「あとこの前デモ上がった曲なんだけど、サビ前の音変えられる?」

「はぁ?」

「振りを付けた時に、ここの音が気持ち良くハマらなくて。今から変更できる?」

「んんん織ちゃん?」


伶がブチギレているにも関わらずここまで追い討ちをかけられるのも、織の人への無関心さ故だろう。

先程あれほどまでに陽七星と海の喧嘩を助長していた勇為も、さすがにこれは火傷したくないと、笑顔のままそっと離れた。


「ざけんな。振り付けなんて出来上がった曲に後付けするもんだろ。なんでてめぇの都合で、俺が作った作品を変えなきゃなんねぇんだ。そっちでどうにかしろよ」

「でも、妥協したくなくて。このステップの方がかっこいいから」


青筋を浮かべる伶に対して、織は表情ひとつ変えることなく淡々と反論した。


「なーにが作品にリスペクトを持ってだ、この二枚舌が。いいか、ここの音は何がなんでも変えねぇ。ダンスなんてなんだっていいだろ」

「それは聞き捨てならない。こっちだってプライド持ってやってる」

「憎たらしい女だな」

「口の悪い男」

「まぁまぁ今日はその辺りで。ほら、送って行きますから」


さすがにこれ以上放置するのはまずいと判断した惇が、二人の間に割って入った。


「必要ない。私も寄る所あるから」

「俺も一人で帰らせてもらう」

「ちょっと……」


帰り支度を既に済ませていた二人が、順に楽屋を後にする。


「はぁ……。もうちょっとだけでいいから協調性持ってくんないかなぁ。じゃあ、お二人は送っていきますよ」

「えー、美生と二人で車乗るくらいなら、僕もタクシー捕まえるから大丈夫。陰気臭いのが移るといけないし」

「むかつくっ! 美生も一人で帰る!」


多弁で饒舌な勇為に対し、煽りと怒りの語彙が少ない美生は大概口喧嘩では勝てない。

それでも気に入らない相手に負かされっぱなしではいられないのが、彼女の負けん気の強さを表していた。

そうして二人も楽屋から出て行き、そこには惇だけがポツンと取り残された。


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