表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロストユースに青を知る  作者: 志結
第三章
29/35

第二十八話《雨と傘》


気が付いたら、階段を登っていた。

天に向かって続く長い石畳の階段を、勇為はひたすら登り続けていた。

習慣付いているように、体が覚えているかのように。

そんなわけの分からない状況なのに、おまけに暗い曇り空からは、大きな雨粒が容赦無く打ちつけてくる。


──寒い。

そう思いながら後ろを振り返ると、小さな町が一望できた。

──有り得ない。

ここは無人島で、先程まで神社裏の宿舎にいた筈だ。

こんなことが、現実に起こり得る訳が無い。


「……なんだぁ、夢か……」


冷静に、俯瞰的にそう口にした。

しかしこの足の重みも、雨に濡れた体の冷たさも、夢にしては随分リアルだった。

折角夢を見させてくれるなら、もっと楽しい夢が良かったのに。

そんな文句を頭の中で唱える余裕が有るくらいには、現実主義者の勇為は落ち着いていた。


彼はあまり、動揺を見せることが無い。

大抵どんな事でも落ち着いて対処ができたし、もし動揺したとしても決して人前では見せない。

もし豹変することがあるとしても、それはあくまで敢えてやっていることだ。

ここが地雷だと、そこを踏み越えてくることは許さないと、他人に分かりやすく提示しているのだ。

決して、感情に支配されているわけではない。

感情を支配しているのはあくまで自分だと、そう勇為は自負していた。

感情に振り回されたって、馬鹿を見るだけなのだから。


足元が滑って転びそうになり、慌てて足を止める。

溜息を吐きながら、真正面から雨を浴びるようにして、天を見上げた。


──雨は苦手だ。

言い表せない不安と、孤独に駆られる。

腹の奥から何かが込み上げてくるような、古い傷跡が膿んでいくような、じめじめとした湿度の高い空気が嫌いだ。

鍛えたモテスキルも、雨の中では意味を持たない。

どんなに甘い言葉を吐いても雨音には掻き消され、どんなに笑顔を向けても傘で視界を狭められては届かない。

どんなに誰かの隣にいたいと願っても、傘の中には一人しか入れない。

相合傘なんてしても、どちらかの肩は濡れてしまう。

元々、一人用のスペースとして作られた空間なのだから。

常に人と混ざり合いたいのに、人との境界線を無くしたいのに、各々の傘を差している時は近付くことができない。

これが私と貴方の距離ですよと、そこに踏み入ることは許されないのだと、パーソナルスペースを見せつけられている気分になる。


転ばないように足元を見ながら、息を切らしながら階段をようやく登り切る。

その丘の上には、大きな鳥居が聳え立っていた。

まるで、これを道標にここまで歩いてきたかのような、そんな感覚だった。


ふと、どこかから煮物の匂いがした。

誰かの笑い声と、食器を用意するような音も。

どこかの家族が、夕飯の食卓を囲む準備をしているのだと、そう感じた。


「……っ!」


その瞬間、体の奥から一気に吐き気が込み上げて来た。

思わず、その場にしゃがみ込んで嘔吐してしまう。


「……はぁ……はぁ……」


──良く有ることだ。

驚くようなことじゃない。

それでも、胃の痙攣はなかなか止まってはくれなかった。


ここまでひたすら、階段を登り続けて来たのだ。

気分が悪くなるのも無理はない。

そんなふうに自分に言い聞かせて、口元を拭う。


後ろを振り返ると、不思議なことに、今まで登って来た階段も、先程一望できた町も無くなっていた。

益々意味が分からないと嘆きそうになりながらも、再び目の前の鳥居に向き直る。

珍しい、青色をした鳥居だ。

雨に濡れてもなお、その美しい色は濃さを増して輝いている。

何かを思い出しそうになって、その途端にもう一度吐き気が襲う。


先程空っぽにした胃からは胃液だけが吐き出され、再び口元を乱暴に拭う。

そして観念したように、勇為は一歩を踏み出した。


何かに挑むように、何かを振り払うように。

そんなふうにして、意を決して鳥居を潜った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ