第二十六話《夕陽と孤独》
最初に目に入ったのは、赤く燃える夕陽。
それを隠すようにして、生い茂る青い草木。
陽七星は、ここは林の中だと気付いた。
濃く長い影が伸びて、世界が夜へと向かおうとする。
何故、こんな所にいるのだろう。
先程まで確かに、宿舎の部屋にいた筈なのに。
必死に思考を巡らせてみても、何も思い当たらない。
どこからか、烏の鳴き声がする。
ビクっと体を震わせ、不気味なこの場から一刻も早く離れようと、宛ても無く歩き出した。
「なんなんだよ……なんだってんだよ……!」
妙に暑くて、嫌な汗が頬を伝う。
ここに居てはいけない。
早く逃げなくては。
何故かそんな焦燥感に襲われた。
「……誰か……。早く迎えに来いよ……」
──一人は苦手だ。
一人では、自分を強者だと思えない。
陽七星は、人が好きだった。
友好的に振る舞うかどうかは別として、常に誰かと居たがった。
誰かと居れば、自分の存在価値を見出せる。
比べる対象が居ることで、誰かの上に立つことで、自分は強者だと実感することができる。
逆に言えばそれは、一人では何もできないということだ。
その部分にだけは目を瞑って、陽七星はとにかく四六時中誰かと居ようとした。
一人の孤独を埋めるように、人に囲まれることによって、安心しようとしていたのだ。
「だーーっ! 頼! 居るんだろ! 出て来いよ! 悪ふざけも大概にしろ!」
消えてしまいそうになる自尊心を必死に奮い立たせ、陽七星は宙に向かって叫んだ。
何も分からない。
ただひとつ言えるのは、今この状況は全て頼人のせいだということだ。
頼人が新メンバーの加入なんかしなければ、無人島というこの場所で一人にならなければ、こんな惨めな思いをすることもなかっただろう。
頼人が陽七星をもっと大事にしていれば、変な嫌がらせをしたりしなければ、ここまで執拗に葵瑞を追い詰めるようなことしなかったというのに。
(最近の頼は変だ。昔はもっと優しかったのに、俺のことだけ考えてくれてたのに、最近はわけの分からない嫌がらせばっかして……)
きっともう自分のことなんか、どうでも良くなってしまったのだ。
そんな寂しさを感じながらも、それを素直に認めてしまうことをプライドが許す筈も無く、嫌がらせ仕返してやろうと躍起になっていたのだ。
「まじで……迎えに来いよ……。馬鹿……」
今来れば、許してやるから。
今迎えに来て頭を下げて謝れば、全部無かったことにしてやるから。
嫌がらせして悪かった、やっぱりおまえが一番だよと、あの頃のように甘い声で囁いて欲しい。
「ひぃっ!」
足元を虫が飛び跳ねて、情けない声が出る。
陽七星は東京生まれ東京育ちの都会しか知らないこともあり、虫が苦手だ。
しかし今は、そんな虫の存在にすら安心する。
陽七星が歩けば、それを避けていくように虫が逃げ回る。
そんな些細なことでさえ、今の陽七星にとっては自分を強者だと感じられる自信になった。
こんなことで優越感を感じてしまう自分に嫌気が差しながらも、陽七星は果敢に歩き続けた。
歩いていれば、きっとこの林を抜けられる。
歩き続けていれば、きっと誰か人に会える。
足場の悪い獣道を、泥濘んだ砂利道を、陽七星はひたすら歩き続けた。
何かに追われているように。
はたまた、何かを追い求めるように。
その最中、あるものを見つけた。
決して、林を抜けた先ではない。
草木の生い茂ったその中に、それは在った。
「……鳥居?」
それは、世にも珍しい青色をした鳥居だった。
普通なら、赤色のものが一般的だ。
引き寄せられるように近付き、右手でそうっと触れる。
ザラついた感覚が手に残り、一瞬嫌悪感を覚えた。
蔦が巻き付き、苔が生えている。
かなり古いもののようだ。
それなのに、知っていると、何故か思った。
既視感のようなものが、思い出せない記憶の欠片のような、そんな感覚が確かにあった。
そして陽七星は、鳥居の下をそうっと潜った。
まるで慣れた動きのように、その行為を体が覚えているかのように──。




