第二十四話《綻び》
数日後、陽七星は再び五人を集めた。
「おい。これ見てみろ」
陽七星が開いた雑誌は、大手の週刊誌だ。
見開きで大きく書かれているのは『BLUE BIRTH+の新メンバー、出身は養護施設』という文字。
「何これ……」
全員が集まって内容を目で追う。
その内容は、葵瑞は養護施設の出身で、生き別れの母親を探す為に芸能界デビューしたのではないか、というものだった。
「これ……まじなのか?」
「まじだ。俺が雇った記者に調べさせたんだ。間違いない」
勝ち誇ったようにそう言い放つ陽七星を、五人は一度軽蔑した。
この記事が世に出回れば、世間の反応はまちまちだろう。
可哀想だと、子供なのに苦労をしてきて大変だと涙し、同情的に彼を応援する人も増えるだろう。
しかしファンはどうだろう。
当然可哀想ではあるものの、それはまさにブルバの名前を利用した売名行為だと考え、更に反感を買うのではないだろうか。
五人も確かに一度は彼の境遇に同情したが、だからと言って自分達が必死に築いて来たものを、好き勝手利用していい理由にはならないと考えた。
「で? この記事が世間に出回って、あたし達はどうしたらいいの?」
「そんなもん簡単だ。事実だと認めて、メディアで積極的に売り込んでいけばいい。俺達はこいつの母親を見つける協力をしてあげたいんです。だからファンのみなさんもどうか力を貸してくださいって。それをファンが黙って聞いてるわけねぇだろ。事務所への反発は決定的なものになる」
正直、冗談だとしたら趣味が悪すぎる。
目的の為に、他人の不幸を晒してまで、自分を応援してくれている人達の気持ちを利用していいものなのだろうか。
それでも、誰ももうこんなことやめようとは言わなかった。
それは歪んだ自己愛から来るものなのか、何かを必死に振り払い切り捨てようとするものだったのか。
この時の彼らが、それに気付けた筈がない。
気付けなかったからこそ、こうなってしまったのだから。
その翌日週刊誌が出回り、世間は予想通りの反応を見せた。
葵瑞に同情する者、更に反発する者、そしてそれを庇うメンバー達の様子に、疑問を抱き事務所叩きに走る者。
その様子を、葵瑞はただ黙って見ていた。
事務所の指示でこの件については言及しないよう言われ、それを素直に聞き入れている様子に、陽七星は心底気を良くした。
「俺様の勝ちだな」
すれ違い様に言い放つ陽七星に、葵瑞は黙って軽蔑の視線を向けた。
それでも、彼は逃げなかった。
自ら辞めると申告することもなく、一人で歯を食い縛り戦っていた。
弱音ひとつ、溢すことなく。
そして、事件は起きた。
葵瑞が新メンバーとして加入後、初めてのライブが行われた。
それは葵瑞が初めてファンの人々を前にする現場であり、新生BLUE BIRTH+としては初ライブだ。
この短期間で葵瑞は、ブルバの既存曲の振り付けを全てマスターした。
それがどんなに凄いことなのか、どれほど練習と努力がいることなのか、分からないファンはいないだろう。
しかし今は、残念ながら何をやっても炎上の火種にしかならない。
「SHIKIです。今日は来てくださり、ありがとうございます。最後まで楽しんでいってください」
オープニングでのメンバー一人一人の挨拶で、ファン達はペンライトの色をそれぞれのメンバーカラーに変え、一斉に湧いた。
「SHIKIちゃん最高ー!」
「SHIKIちゃーん! 今日も可愛いよー!」
陽七星から順番に挨拶し、織が丁寧にお辞儀をした後、葵瑞はステージの一歩前に出た。
「AZUです。今日は精一杯頑張ります。よろしくお願いします」
その途端、先程まであんなに湧いていた会場の空気が、一気に静まり返る。
誰も、何も発さない。
ヤジを飛ばす者こそ居なかったが、どこかからわざとらしい舌打ちが聞こえた。
おまえを仲間だと認めた覚えは無いぞと、そう言わんばかりに。
葵瑞のメンバーカラーである白色のペンライトを振る者など、一人として存在しなかった。
しかしそれは、この世にただ一人も葵瑞のファンが存在しないという証拠ではない。
葵瑞をキッカケにBLUE BIRTH+を知った者や、葵瑞の才能に惹かれファンになった者も必ずいるだろう。
しかし今、葵瑞のファンを名乗りながらこの現場に立ち会う勇気のある者などいない。
それこそ、ファンから格好の標的にされてしまうだろう。
そう、そんな格好の標的の場所に、彼らは立っている。
ステージとは、磔代となんら変わり無いのだ。
例え石を投げられても逃げられない場所で、不特定多数の視線に晒され続ける。
人を幸せにする為の仕事の筈が、人を不幸にしているという自責を背負いながら、それでも笑っていなければならない。
皆が憧れ夢見る、キラキラした世界とは程遠い場所。
それが、あのステージという場所なのだ。
それはまさに、生き地獄に他ならない。
ライブ終了後、メンバーの彼らはステージ裏で帰り支度をしていた。
さすがにファンの目もある為、ライブ後は惇の車で送迎してもらおうと、全員が関係者の駐車場へと向かっていく。
その時だ。
「……HI7SE!」
陽七星を呼ぶ声と共に、車の陰から一人の若い女が姿を現した。
関係者以外立ち入り禁止の場所で待ち伏せされていたことに、さすがにメンバー達も驚き困惑する。
「HI7SE! 愛してるよ! 私今、HI7SEの役に立つからね!」
憧れの人を目の前にして恍惚とした表情を見せた後、その女は葵瑞を冷ややかに見据えた。
「……こいつよね。こいつがいるから、HI7SEは今苦しいんだよね……。大丈夫、私は分かる。私だけは、HI7SEのことなんでも分かってあげられる。だから今、ラクにしてあげるね……。こいつを消して、HI7SEがまた心から笑えるように、私頑張るから……」
陽七星に語りかけるように、自分に言い聞かせるように呟くと、女は刃物を振り翳して葵瑞に向かって駆け出した。
全員の血の気が引いた瞬間、二人の警備員がそれを力尽くで捻じ伏せる。
「やめなさい! 刃物を置いて!」
「……っ! 離してよ! くそっ……全部あんたのせいよ! あんたがいるせいで、みんなが苦しいの! お願い! 私の大好きなHI7SEを、大好きなブルバを、返してよ!!」
女の悲痛な叫びは、決して全てが悪意だと言えるものでは無かっただろう。
彼女の中では、これは筋の通った、正義を突き通す為の行動なのだから。
そしてそれを突き動かしたのは、紛れも無く、HI7SEへの、ブルバへの好きの感情だ。
彼女もまた、思想を脅かされた被害者なのである。
それを察するかのように、惇に支えられた葵瑞は、同情と憐れみが混ざったような表情で、申し訳無さそうに彼女をただ見つめていた。
そして、六人は少しずつ気付き始める。
自分達がしていることは、本当に自分を守る為には仕方ないと振り翳していい正義なのかと。
これはもう、取り返しの付かないことになってしまっているのではないかと。
もう戻れないところまで、来てしまっているのではないのか、と──。




