第一話《終わりの始まり》
誰かの声がする。
ノイズ混じりの、小さな声だ。
『助けて』
耳元で聞こえたその声に、すぐに気付くことができたなら。
すぐに耳を傾けることができたなら。
こんな悲劇は起きなかっただろう。
彼らがもう少しだけ、子供でいられたのなら。
彼がもう少しだけ、大人でいられたのなら。
どちらでもない子供と大人の狭間でずっと苦しんできた少年に、そんなことを言っても酷な話だ。
暗い廊下を抜けて、扉を開ける。
目の前には、机に突っ伏す六人の青年達。
そこには海よりも深い、赤い血溜まりができていた。
「……どうして……」
「速報です。人気ダンスボーカルユニット、BLUE BIRTHのメンバー六名が、所属事務所内で死亡しているのが確認されました」
淡々と原稿を読むアナウンサーの声が、幻聴のようにどこか遠くで流れていく。
まだ幼さの残るその少年は、いつか自分が辿るかもしれないその姿に絶望した。
どうすれば良かったのだろう。
どうすれば救えたのだろう。
不器用で弱いが故に卑しさを身に付けた、そうすることでしか生きてこられなかった、この憐れな大人達を──。
あるところに、六人組のアーティストがいた。
彼らは幼少時代、様々な苦難やトラウマを抱え傷付き、その苦しさのあまり自死を選ぼうとしてしまう程の過去を経験してきた。
しかし大人になった今、ステージに立ち夢を掴み取ったことで、自分を誇りに思える大人へと成長していたのだ。
──普通なら、これでハッピーエンドだ。
過去にそれぞれの傷を抱えた彼らが、それらを克服し夢を叶え希望を手にするまでのサクセスストーリー。
もしもこれが御伽話なら、めでたしめでたし、で物語は締め括られるだろう。
しかしこれは──
(なんで……忘れていられたんだろう……)
そんな彼らの──
(もう……生きていけない……)
ハッピーエンドの向こう側の物語──
(ここで……死のう)
三ヶ月前 東京
ステージでスポットライトを浴びながら、観客に手を振る六人の姿。
「今日は来てくれてありがとう! 次が最後の曲だ! しっかり心に刻め! 俺達が、BLUE BIRTHだ!」
一人の青年が観客を煽り、最後の曲がかかる。
最高潮に盛り上がりを見せるそのステージは、彼らがスターであることを証明していた。
男三人、女三人の六人で編成されているダンスボーカルユニット、BLUE BIRTH。
一万人の中からオーディションで選ばれた彼らは五年前にデビューを果たし、今や日本を代表するトップスターの階段を順調に登っていた。
バックスクリーンに、メンバーの名前と姿が映し出される。
HI7SE、UMI、YUI、MIO、REI、SHIKI──
それが彼らの、ステージ上での名前だ。
確かなボーカルスキルと高いパフォーマンス力に加え、ハイレベルなビジュアルにも定評があった。
そして何より一番の人気の理由は、同性からも異性からも憧れの的である美男美女の彼らが、仲睦まじそうにしている姿だった。
局を代表する超大手の音楽番組に出演した彼らは、笑顔で手を振りながら登場し、司会者とのトークに花を咲かせていた。
「デビューしてもう五年になるけど、喧嘩したりトラブルが起きたりはしないの?」
「全然ないですね。メンバー全員信頼できますし、何かあったら相談し合える仲で、いつも支えてもらってます」
グループのセンターでありメインボーカルのHI7SEこと朝霧陽七星は、司会者からの質問に笑顔で丁寧に答えた。
その姿は、まさに理想の好青年だ。
「HI7SEくんは子役からで芸歴も長いから、最初は先輩後輩みたいになって気まずくなったりしちゃったんじゃない?」
「そんなことないですよ。芸歴的には長いけど、歌に関してはあたしの方が先輩だからって言って、凄く謙虚に接してくれてました」
同じくダブルセンターのUMIこと神楽坂海も、派手な髪型とファッションに身を包みながら、とても愛想良く答えた。
「そうなんだね。子役時代から謙虚で人懐っこいのは変わらないんだ」
「幼い頃から仕事してたとは言え、歌手としては初めての挑戦でしたから。一から出直すつもりでやってましたよ。今では僕が、UMIに歌もダンスも教えられるくらいに成長しましたけど」
「ちょっと、酷くない? デビューしたての頃はHI7SEの方から教えてって、よく言ってきてたんですよ? あの頃は可愛かったのになぁ」
「今だって可愛いだろ。あんまり怒ると美人が台無しだよ? デビューした頃より、確実に歳はとってるんだからさ」
「失礼ね、まだピチピチだもん」
「相変わらず仲良いねぇ。UMIちゃんも本当に綺麗だし、二人は若い子達の中で理想のカップルって言われてるもんね。そういえばYUIくんは、この前雑誌の企画で、息子にしたいランキング一位に選ばれてたね」
「ありがとうございます。これからはみんなのこと、ママって呼んじゃおっかな♡」
和かな笑顔を浮かべるYUIこと遊馬勇為は、慣れた仕草でカメラに投げキスをした。
スタジオの観覧席から、きゃあっと黄色い歓声が沸き起こる。
「全国のママさん達に取り合いされちゃって、YUIくんのお母さんも鼻が高いだろうね。MIOちゃんから見て、そんな理想の息子ポジションのYUIくんは、どんなかんじ?」
「あの……理想の息子かは分かんないんですけど……YUIのことは、弟みたいって思ってます。人懐っこいし……なんかワンちゃんみたいなかんじで」
控えめで幼い容姿のMIOこと水無月美生は、小さな声で遠慮がちに答えた。
そんないたいけな姿に、観客がMIOの名前を呼ぶ。
「ワンちゃんって、まさかのペット枠!? MIOちゃんは発言も可愛いねぇ。ほら、あっちのお客さんに手振って」
名前を呼んだファンに向かって、MIOがはにかみながら小さく手を振る。
その愛らしい容姿と控えめな性格は、大勢のファンを虜にしていた。
「今回の新曲も、REIくんが作詞作曲してるんでしょ? 今回の出来はどう?」
「……あ……はい、結構難航したんですけど、いつも通り一生懸命作りました」
口数が少なくローテンションのREIこと篠崎伶は、ぎこちない笑顔で答えた。
「今時のアーティストは凄いよねぇ。パフォーマー自ら曲を作っちゃうんだからさ。今回もいつも通り、才能が爆発しちゃってそうだね」
「……はは。ありがとうございます」
「そのREIくんの曲に、振り付けをしてるSHIKIちゃんはどう? 二人三脚で作品を作り上げく苦労とかもある?」
「もちろん苦労することも多いですけど、REIが凄く良い曲を作ってくれるので、振りを付けるのは凄く楽しみです」
黒髪でショートカットのSHIKIこと藤堂織は、凛とした表情で優しく笑った。
「同じ作品を作り上げる過程で、クリエイター同士意見がぶつかったりはしないの?」
「私はあくまで、REIの曲に色を付ける作業ですから、それに従うだけです。彼が作ったものに、リスペクトを第一に考えていますよ」
REIと呼ばれた青年が、一瞬ピクッと眉を顰める。
しかしそんな様子も、観客の拍手に掻き消された。
「それでは、そんなリスペクトの末出来上がった最高傑作を聞いてもらいましょう。BLUE BIRTHで、『Believe』」
曲振りと同時に、流行りの軽快なメロディーが流れ出す。
強気な歌声と、力強いダンス。
しかしそれに負けないくらい、六人のチームワークとファンへの敬意が、最高のパフォーマンスを完成させていた。
崇拝すべき実力だけではなく、親しみやすさのある人間性とメンバーの仲の良さは、多くのファンを獲得し魅了していった。
まさに、時代に求められているアーティストだ。
彼らのパフォーマンスの様子は、日夜大都会の街灯モニターにも映し出されていた。
「見て! BLUE BIRTHのMV流れてる!」
「ホントだ! 次のライブは何がなんでもチケットもぎ取らなきゃ!」
大きなスクリーンを見上げながら交差点を行き交う人々の会話は、彼らを評する言葉で溢れていた。
「ブルバのHI7SE超カッコイイ! 演技もできて歌も上手い王子様キャラなんて、スペック最強じゃん!」
「あたしはYUI派かなぁ。ザ・アイドルってかんじなんだけどリアコ感ハンパなくて、付き合ったら絶対大事にしてくれそう!」
「アーティストなんだから、ちょっと近寄り難いクールなかんじの方が良くない? 曲も作れる天才肌のREIを私は推す!」
「UMIの歌って、めちゃくちゃスカッとして気持ちがいいよな。スタイル良いし可愛いし、自信家なところもかっこよくて惚れる!」
「俺の推しは断然MIO! この前握手会行ったんだけど、ぎゅっと手握って目を合わせて笑ってくれてさ。あんなんされたら堕ちない男いないよ」
「分かってねぇなぁ。おしとやかで控えめなSHIKIこそ、まさに大和撫子だよ。結婚するなら絶対、ああいう一歩引いて旦那を立ててくれる子の方がいい!」
男女混合ユニットということに加え、キャラ立ちもしっかりしている。
老若男女どこかしらの層に刺さる各々の個性は、多くの人々を虜にしていた。
「あーあ、ブルバの男子メンはいいよなぁ。あんな可愛い子達と一緒にユニット組めてさ」
「HI7SEとUMIってめちゃくちゃ仲良いけど、実は付き合ってたりするのかな?」
「えーヤダ! 仲良いのは嬉しいけど、それは複雑!」
皆、口を揃えて言うのだった。
「あーあ。本当に羨ましい」
彼らへの称賛は、憧憬と嫉妬が入り混じる。
男女混合ユニットというだけあり、それは初めからある程度分かっていたことだろう。
しかしだからこそ、そんなファンの熱烈な想いが彼らを支える要因にもなっている。
彼らはアイドルではなくアーティストを名乗っているが、最早人気の出方やファンの思い入れ方は、アイドルへのそれとなんら変わりなかった。
勿論当人達は、それを重々承知していた。
知っているからこそ、そのイメージを守ろうと、偶像としての役割を果たそうと日々精進しているのだった。




