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ロストユースに青を知る  作者: 志結
第二章
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第十七話《崩壊と結託》


七人はダンススタジオへと移動し、振付師の織を中心に振り写しが始まった。

鏡の一番前でカウントを口ずさみながら手本を見せる織に合わせて、皆がひとつひとつの動きを確認しながら体に擦り込ませていく。

皆周りに遅れを取らぬよう必死なのだが、それでもやはり視線は新メンバーの葵瑞へと集まる。


六人はレッスン時の定位置があるのだが、葵瑞は初参加の為そこに入り込めず一番後ろ端にいた。

普通こういう時、小さい子や初心者の子は前の方や鏡が見やすい位置においでと声をかけてあげるものなのだが、彼のことを気に入らない六人がそんな気を回す筈もなく、葵瑞は一人淡々と振りを入れることに集中していた。


「ワンエン、ツーエン、スリーエン、フォー」


これでも日本を代表する人気アーティストだ。

決して素人がいきなり着いて来られるような、簡単な振り付けと進行速度ではない。

いつものペースで順調に進めていく六人に、それでも葵瑞はしっかりと喰らい着いて来ていた。


「伶、そこ違う。手は下じゃなくて上。集中して」

「あ? 集中してんだろうが」

「してない。みんなも他に気を取られすぎ。まだ3分の1もいってないから、ペース上げるよ」


そう言う織も、早々に振り落とされると思っていた葵瑞が喰らい着いてくる様に、ムキになって速度を上げる。

メンバー達も相当な負けず嫌いである為、それに必死に喰らい着いていった。

こんな子供に、負けてたまるか、と。



「はい……。じゃあ、フォーメーションはまた次回ってことで……今日はここまで。……はぁ……お疲れ様でした……」


全体の振り入れが終わった頃には、メンバー全員が汗だくで息を切らしていた。

既に踊り慣れている織でさえ、最後の連続十回通しはさすがにやり過ぎたかもしれないと反省していた。

途中でなんとか振り落としてやろうと思っていた葵瑞は、他のメンバーと同じように肩で息をしてはいるものの、最後までしっかり喰らい着いて来ていた。


普段は振り入れでの段階で、ここまで綿密に踊り込みをし固めることは少ない。

当然各々練習や努力はしているものの、寧ろ彼らは本番で引き出される突発的なエネルギーに頼ることが多かった。

練習では最低限の振りや動きを頭に入れておくだけで、ステージで観客を目の前にした時に解き放たれたような輝きを見せる。

デビュー五年目での慣れもあり、そんなスタイルでここ数年はスマートにやってきた筈なのに、ついつい全員の負けず嫌いが発動してしまったのだ。


メンバーの中で最も体力が無い伶に関しては、既に倒れる寸前だった。

それでも意地と根性だけで音を上げず着いて来られたその様は、さすがこのメンバーと五年間共にやって来ただけある。


タオルで汗を拭きながら水を飲む海が、葵瑞の様子を伺う。

ダンスのレッスン経験があることは分かった。

基礎的なステップや、アイソレも問題無くできている。

きっと幼い頃から、親にレッスンに通わせてもらえる恵まれた環境だったのだろう。

そう考えると、無性に腹立たしかった。


「なんか気に入らないんですけどー! 家庭環境に恵まれてレッスンのキャリアだけあったって、結局アーティストで肝心なのは歌の方だし? 陽七星もそう思うでしょ? なーに大人しくなってんのよ」


壁にもたれかかって俯いていた陽七星が、海に呼ばれて顔を上げる。

先程の頼人の件で、レッスン中も元気が無くしょぼくれていた。

らしくないと感じた海に焚き付けられ、陽七星がいつも通りのテンションを取り戻す。


「あぁ、そうだよなぁ。センターで踊るってことは一番注目されるわけだし、肝心な歌が下手くそじゃあ台無しだもんな。おいガキ、ちょっと歌ってみろよ」

「……」


悪童コンビの二人に絡まれて、葵瑞が面倒くさそうに溜息を吐く。

躱してもより面倒だと感じ、葵瑞は大きく息を吸った。

その呼吸の音に、周りのメンバーも、興味が無いフリをしながらじっと彼を見据える。

視線が集まるのを待ってから、葵瑞はその美声を響かせた。


彼の小さな体から放たれたのは、讃美歌のアメイジング・グレイス。

まさに天使の歌声と言わんばかりの、聖歌隊の合唱のような美しいボーイソプラノだ。

声変わり前の少年だからこそ出せる、子供の時にしか出せない、刹那的で儚く美しい歌声。

歌唱力と表現力も完璧で、思わず息を呑んでしまうほどに。


歌い終えた葵瑞が、固まっているメンバー達に対してつまらなさそうに呟く。


「これでいい?」


思いもよらない美声でまさに黙らされた陽七星と海の二人は、生意気なその態度にそれでも上からの姿勢を崩さなかった。


「はっ、マジでガキの歌ってかんじだな。小学校のお遊戯会だったら拍手してやるよ」

「そうよね。やっぱり大人の魅力溢れるあたし達のグループには合わないわよ。今からジュニアオーディションでも受けに行った方がいいんじゃない?」


そんな負け惜しみを吐きながらも、なんやかんや意気投合する二人は見ていて痛々しかった。

最後にはくだらないと吐き捨てて、それぞれスタジオを出て行く。


「あーあー、あの二人いじけちゃったよ」


そんな二人の背中を見送って、勇為は葵瑞の前に立った。


「ねぇボクぅ? もう少し身の程を弁えた方がいいんじゃない?」

「は?」


彼らにとってはこれが初会話になるのだが、いきなりこんな絡まれ方をしていい気分になる筈がない。


「うちは一応、あの二人のダブルセンターで今までやってきてたわけ。あの人達面倒くさいけど、単純だから適当に機嫌取ってれば扱いやすいの。あのさ、余計なことしないでくれる? 二人のご機嫌取って、僕がこのグループをうまくコントロールしてるんだからさ。君の為を想って言ってるんだよ? これは愛。分かってくれるよね?」


相変わらず和かな表情で柔らかな口調の勇為の言葉は、逆にそれが故に狂気を孕んでいた。

本当に善意で、その言葉を吐いているんだということが分かる。

それは最早、支配となんら変わりないということも。


「そうよ。グループにフレッシュさを出すことがあんたの役割なんでしょ? まだ子供で幼くて、未熟で未完成な部分で新鮮さを出すのが目的なんだから、力を見せつけるより弱いままでいた方が愛されるのよ? 生意気な出る杭は打たれるんだし、あんたもファンの人に叩かれたくないでしょ? もうちょっと大人しくいい子にしてたら」


普段弱気でおどおどしている美生も、遥かに年下の葵瑞に対しては遠慮なく言葉を投げかけた。

頼人の決定に今更口を出せないのなら、せめて頼人が言っていたような新たに加入するメンバーとしての役割を、彼は果たすべきだと感じていた。

そして己のその信念が正義だと言わんばかりの、押し付けがましい傲慢さも込めて。


「なんだ、珍しく気が合うじゃん」

「美生だって、このままじゃやり辛いの」


普段は口を開けば言い争いになるこの二人も、いかにこのグループでの自分の立場を守るかという点では、葵瑞に対する要望は同じだった。

六人の中で一番年下で背も低いこの二人も、葵瑞と比べれば歳も身長も上だ。

そんな二人の顔を見上げ、葵瑞はつまらなさそうに溜息を吐いた。


「おまえら、つまんねーのな」

「「えぇ?」」


顔と声は笑っているのに、明らかに笑っていないトーンで二人は葵瑞に詰め寄る。


「ごめん、よく聞こえなかった。今、なんて言ったの?」

「もう一回言ってみて? ほら、今ならまだやり直せるよ?」


二度目は無いぞと回りくどく脅迫する二人に、葵瑞は先程より強く言い放った。


「つまんねーのなって。今度は聞こえたか?」


生意気に言い放つと、葵瑞はそのままスタジオを出て行った。


「なんなのあいつ、ほんっとむかつく!」

「……はは、いい? 美生。僕のありがたーいお言葉を無視したんだ。そのことを絶対後悔させてやんなきゃ。そっちも上手くやんなよ」


ストレートに感情をぶつけるしかない美生は、勇為の腹の奥の恨み嫉みを心底恐ろしいと思った。

しかし逆に言えば、今は共通の敵がいる味方なのだ。

味方だと思うと、その恐怖もこれほど心強いことはない。

不敵な笑みを浮かべながら勇為もスタジオを後にし、美生は片付けをしている織の隣に立った。


「ほんっとに生意気な子よね。どう? フォーメーションできそう?」

「頼さんがやれって言うんだから、やるしかないじゃん。めちゃくちゃ面倒だけど」


不満を全開にする織も、さすがに社長の頼人の方針に反発する気は起きないらしい。


「そうだよね。実際にレッスンしてみてどう思った?」

「歌とダンスの実力は申し分ないんじゃない? でも、あの生意気な性格だったらすぐトラブルになる。私達のイメージ崩されたらたまったもんじゃないよ。それに……」

「……それに?」

「見ててイライラするんだよね。あれくらいの歳の子供ってさ」


心底面白くなさそうに、眉間に皺を作る織は目を細めた。

そもそも、元来そこまで表情が豊かな人物ではないのだが。


「あれ、織って子供好きじゃなかったっけ」

「私が好きなのは、まだこの世の醜さを知らない真っ直ぐで純粋なもっと幼い子供だけ。第二次性徴期に差しかかってるような子供は逆に無理」

「分かる。なんていうか、青くさくて見てられないよねー。まさに思春期真っ只中っていうか、中二病丸出しっていうか。伶は? あの子のことどう思ってんの?」


二人の横を黙って通り過ぎようとした伶を、美生が声をかけて引き止める。

踊り疲れて余裕の無い伶は、心底面倒臭そうに黙って足を止めた。

しかしその問いに答えたのは、話を振られた伶ではなく織だった。


「そいつに聞いても無駄でしょ。自分の作品を生み出すことにしか興味のない男だから。誰に歌われようが関係ないって。それが例え未熟な子供でもね」

「んなわけねぇだろ」

「おや」


思いもよらない伶の反応に、つい反射的に拍子抜けた声が出る。


「あんな未完成な存在に、俺の曲が穢されてたまるかよ。はらわた煮えくりかえるわ」

「なんだ、プライドあったんだ」

「うるせぇ。てめぇの方はどうなんだよ」


今ここで伶が問うているのは、先程美生が聞いたような織の感情ではなく、七人で行うパフォーマンスとしての葵瑞がどうなのかというクリエイター目線の話だ。

それを無言で汲み取って、織は頭を掻きながら困ったように答える。


「身長のバランスも悪いし、フォーメーション以前にグループとしてのまとまりが無さすぎ。どうやったって異質のあいつが悪目立ちして、観客の視線を独り占めすることになる。まるで私達はバックダンサー扱い。パフォーマンスの良し悪しの問題じゃない。あいつ一人に喰われるよ、このグループ」

「だろうな。曲だっていきなりあんなボーイソプラノが入ったら違和感でしかねぇだろ。あんなのは聖歌隊の合唱だから活きるんだ。邦楽向きじゃねぇし、何より最新のトレンドを走る俺の曲に合うとは到底思えねぇ」


まさにクリエイター同士の会話だ。

客観的に冷静な分析で物事を語る二人の噛み合った会話に、先程まで感情だけで喋っていた自分が恥ずかしいと美生は密かに感じた。


「なんか、私達の創ってきた作品を馬鹿にされた気分」

「だな。頼さんは一体何考えてんだ?」


ひとつの作品を作り上げる同じクリエイター同士、普段はそれが故に意見がぶつかり歪み合っているこの二人も、今回は同じ見解を持っていた。


こうして普段犬猿の仲のシンメはなんだかんだ結託し、突如現れた爆弾にグループの命運を委ねるのだった。


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