第十六話《残灯》
最悪な空気で一同が静まる中、陽七星は数秒固まった後ハッと我に返り、慌てて頼人の後を追いかけた。
こんなの納得いかない。
このまま行かせてはいけない。
そんな想いで、ただ足を走らせた。
「頼! 待てよ!」
階段を下り始めた頼人が、陽七星の声に立ち止まる。
息を切らしながら肩を上下させる陽七星の姿を、頼人は静かに振り返った。
次にその口から出てくる言葉を、なんとなく予想しながら。
「……っ……嫌がらせだろ!」
「……はぁ?」
「だから、俺に対する嫌がらせだろ! この前のこと、そんなに怒ってんのか!?」
その言葉に、頼人は目を見開いた。
それは全く、予想外の言葉だったから。
なんでこんなことするんだとか、勝手に決めてんじゃねぇとか、新メンバーの加入に対して気に入らないという意をぶつけてくるものだと思っていた。
しかし陽七星の中では、恐らくそれを彼の中で考え噛み砕いた結果、頼人が陽七星に対する嫌がらせとしてこんなことをしたんだろう、という決めつけとしての言葉だった。
まるで子供のような、短絡的な考えだ。
「別に怒ってないし。そんな個人的な感情でこんなことしないよ」
「じゃあなんでだよ! この前の時といいさぁ! 俺、おまえになんかした!? なんかしたなら……あ……っ」
謝るからさ、という言葉をさすがにプライドが許すまいと飲み込んで、陽七星は唇を噛んでいた。
追い縋る言葉と、引き止めたくて仕方がない、許されたくて仕方がないというように傷付いた様子で。
それはまるで、母親に置いて行かれた子供の顔だった。
ごめんなさいと、相手の機嫌を伺いながら大好きだよと口にする、いじらしい子供の姿だ。
もちろん彼は大人である為、そこまで素直に表現することはプライドが邪魔してできないのだが──。
泣きそうになるのを必死に我慢するように、助けを求めるその姿は、子供らしくて愛らしい。
『……助けて……頼……』
頼人の脳内に、あの日の記憶が蘇る。
自分しか助けを求められる人がいなかった、あの頃に戻ったように。
『もう……頼しかいない……』
我ながらいい性格をしているなと、頼人は思った。
混ざり混ざった感情を処理しきれくなった末に、少しだけ口端が上がる。
懐かしい感覚が蘇って来て、ほんの少し、胸の辺りが温かくなる。
──あぁ、よかった。
まだ、そこに居るのか、と──。
頼人は笑っていた。
その様子に、陽七星は意味が分からないというように更なる戸惑いを見せる。
陽七星のいたいけなその訴えに、ついつい絆されてしまいたくなる。
ごめんな、嫌がらせして悪かったよ、やっぱり今のおまえが一番だよ、と甘やかしてしまいそうになる。
それでも、ここは心を鬼にしなければ。
社長として、本当の意味で彼を救う友人として──。
「そう思うなら、日頃の態度を改めないと。昔みたいに、頼くん大好きー!っつって俺を追いかけ回してた、可愛いひなくんが恋しいなぁ」
「てめぇ……俺は本気で……!」
「断言する」
いつもの軽口に戻った頼人が、再び低く凄んだ声で、陽七星の言葉を遮る。
「葵瑞の加入は、おまえ達ブルバにとって必ずいい結果をもたらす」
強気に言い切る頼人に、陽七星が思わず日和る。
それでも、引き下がれない。
「……子供と仕事できるわけない……」
「実力は俺のお墨付きよー? 子供だと思って舐めてると、人気も実力も簡単に追い抜かれちゃうからね? ま、せいぜい必死にしがみついてもがきな」
「ちょ……」
顔を背けて進んでいく頼人を、陽七星はそれ以上追いかけられなかった。
これ以上無理に追いかければ、嫌われてしまうかもしれない。
そんなふうに思った自分が情けなくて、意気消沈したままその場に立ち尽くしていた。




