第十四話《日常と賭け》
一ヶ月後
新曲のジャケット撮影のスタジオで、BLUE BIRTHの六人は各々の衣装に着替えていた。
衣装を全て身につけ姿見を見た陽七星が、不機嫌そうに美生を呼びつける。
「おい、これ邪魔だから外せ」
「……え……ここ拘ったのに……」
「これで踊るんだから、邪魔なモン付けてても仕方ねぇだろ。さっさと外せ」
陽七星の言葉に、美生はシュンと絵に描いたように落胆する。
美生はブルバの中で衣装担当を任されており、今回のデザインも美生の意見が大きく反映されていた。
「……分かった。でもこれでワンポイントの色み入れてたから、こっちの位置にズラすね」
「そんな大事なのかよ、こんなモンが」
「これでも衣装にはプライド持ってるから」
気弱な美生は、陽七星に意見されると大抵譲ってしまうが、衣装のことに関してはなんとか自分の我を通そうと必死だった。
腐っても、プロの仕事である。
「服なんてなんでも同じだろ。着てやる俺様自身が輝いてんだからさ」
「それはそうだけど……。お洋服は勇気をくれる魔法なんだから」
「はいはい。頭ん中お花畑でちゅねー」
皮肉を言いながらもなんだかんだ美生の変更を受け入れ、陽七星はカメラ前へと移動した。
なんとか意見を通すことはできたものの、やはり強い言葉には落ち込む。
「魔法って、ファンタジー世界の住人かな? 着るものでマインド変えられるなんて、自己嫌悪感丸出しな人間だけだから。誰とは言わないけど」
落ち込んでいた美生に、すかさず勇為が煽りをかます。
その言葉に、美生も眉をキリッと上げて臨戦体制に入った。
「着る本人だけじゃないよ。見てくれるファンにも、キャラクター路線をイメージ付ける大事な役割なんだから。それもひとつの魔法じゃない?」
「僕はそんなものに頼らなくても、自分のプレゼン力でファンに魔法をかけられるよ。みんなが理想とするナイトに成りきってね」
「フレッシュなあざとキャラを後押ししたのは、その絶妙な丈の短パンのおかげだと思うけど?」
「あそーなの? てっきり衣装担当の交渉力が無くて衣装の経費を確保できなかったから、僕が仕方なく布を減らしてあげてるのかと思ってたよ」
「……っ……あんた……またそうやって美生を馬鹿にして……!」
この二人のレスバトルは、美生が意地で必死に喰らいつくも、結局は勇為に言い負かされて大抵終わる。
負けると分かっていながらも噛み付かずにいられない程、勇為のことが気に入らないのだろう。
撮影が終わり、六人は次のダンスリハーサルまで事務所の談話室で各々待機していた。
今日は新曲の振り入れを行う予定になっている。
この作業は、ブルバの曲を全曲振り付けしている織に任されていた。
「なんやかんや新曲間に合って良かったな。今度こそ、おまえの立場が危うくなるところだったからな」
いつものように陽七星が伶を煽ると、伶はこの間とは別人のように踏ん反り返って余裕の笑みを見せた。
「はっ。俺の才能溢れた曲に振り落とされないように、せいぜい頑張んな」
締め切りをクリアし新曲を書き上げた伶は、自信に満ち溢れていた。
基本的に締め切り前は大抵目の下に隈を作り、余裕が無い為イライラしているが、それ以外は陽七星の煽りにも冷静に返せるだけのレスバ力はあった。
「おーおー、今日はよく喋るじゃねぇか。威勢が良くてご苦労なこってぇ。ま、弱い奴ほど良く吠えるって言うからな。後で吠え面かかせてやるよ」
そして陽七星もまた、勇為のように可笑しな方向では無く、喧嘩を買ってストレートに言い返してくる伶の煽りは嫌いでは無かった。
「何あれ。この前ガチギレしてた人とは思えない豹変っぷり」
伶の姿に呆れた様子で、織が隣にいる美生に話しかける。
「伶って、情緒の落差が激しすぎ。天国みたいな日と地獄みたいな日を何度も行き来してて、毎日疲れないのかなぁ」
「ストレス溜まりまくってるからあんなザ・苦労人みたいな顔してんでしょ。ま、長生きするタイプじゃないよね。最近白髪増えてきてるらしいし」
「聞こえてんだよボケが」
機嫌が良かった伶も、織にコソコソ悪口を言われ、気に入らないというようにすかさず罵倒した。
言いたいことを直接言うならまだしも、陰口を叩かれるのは気分が悪い。
「ま、あたしもこれ以上歌割り少なかったらOK出さなかったけどね。伶、あたしの歌割りもっと増やしなさいよ」
「そこまでは関与してねぇよ」
海の要望に、溜息を吐くようにして伶は答えた。
伶の仕事はあくまで楽曲制作のみで、歌割り等のプロモーションには携わっていないようだ。
「じゃあ誰よ」
「……えっと、歌割りは音楽プロデューサーじゃないかなぁ」
海が目配せをすると、視線を向けられた惇は曖昧に答えた。
これもまた上層部の話である為、確信は持てないらしい。
「あたしと陽七星の歌割りが同じ量なのはおかしくない? あたしの方が先輩で歌も上手いのに」
「寝言は寝て言えよ。どう聴いたって俺の方が上手いだろ。そもそも俺様がメインのグループなんだから当然だろ?」
「いやいや、いつあんたメインのグループになったの? ダブルセンターって意味分かってる? てか、そもそもダブルセンターってのが気に入らないのよねぇ。そろそろどっちが真のセンターか、ハッキリさせたいわよね」
海の提案に、陽七星が活き活きしながら立ち上がる。
「お? やんのか? いいぜ、勝負してやるよ」
「乗った。何で勝負する? その代わり、負けたら後列端ね」
「いいぜ。後で負けても泣くんじゃねぇぞ」
強気で見つめ合い火花を散らす二人に、惇が間に入って止める。
「ちょっと。そんなこと勝手に決められても困りますよぉ。グループの大事な方針なんだから、ちゃんと頼人さんに許可貰わなきゃだし……」
「……いいんだよ、頼のことは。あいつもう俺達に興味ねぇんだよ」
「え?」
語尾が小さくなって聞き取れないほど、陽七星の言葉は弱々しかった。
この前のことを、相当気にしているらしい。
聞き返す惇の言葉を振り払うように、陽七星はテンションを上げて会話を戻した。
「おい織。ダンスの立ち位置、最前センター割りじゃなくて一人のフォーメーションに変更しろ」
「今からそんなことできるわけないじゃん。今日これから振り入れだっていうのに。まぁでも、次の曲からは考えてあげてもいいよ」
「決まりだな。おまえらどっちに賭ける?」
調子を取り戻した陽七星が、勇為と美生に振る。
こういう何気ない賭け事が彼は好きだった。
「えー、何で勝負するかは分かんないけど、僕は海ちゃんに勝って欲しいかなぁ。歌手としては海ちゃんの方が経験あるし、なんてったってアーティストとしての華があるからね」
「やっぱそうよね。こっちは伊達に歴積んでないのよ」
予想通り勇為が自分に着いたことに気分を良くし、海は胸を張った。
「大事なのは歴じゃなくて才能だろ。長年やってんのに芽が出なかったんだから、つまりそーゆーことだろ」
「はいはい。イキってられるのも今のうちよ」
「今から負けた時の言い訳考えとくんだな。美生は当然、俺様に賭けるよな?」
それは確信のように、最早脅しのように、陽七星は美生を見据えた。
「……うん。陽七星の方が知名度あるからセンターの方がいいと思うし、ブルバの顔って言ったらやっぱり陽七星の方だと思う」
たどたどしい言い方ではあるが、決して強制的に言わされているのではなく、あくまで自分の意志で美生は答えた。
「歌の実力で褒めろよ。まぁでも、芸能人である以上知名度やイメージは大事だからな。織は?」
「それ、私も参加していいの?」
「おまえは音域せめぇんだから無理だろ。ボーカルでまで目立とうとすんな」
織のまさかの提案に、すかさず伶が茶々を入れる。
それが気に入らないというように、織は伶に向き直った。
「体力皆無の伶よりはマシだと思うけど」
「俺がいつセンターやりたいっつったよ。興味ねぇよ」
自分から煽ってきておいて、まるで不毛な言い合いに参加する気は無いと言わんばかりに、伶は吐き捨てて目を逸らした。
そんな態度もより神経を逆撫でし、織は逃すまいと詰め寄る。
「そういう伶は、センターを一人に決めるのに反論ないの? 曲を作ってる張本人なのに」
「そこはどうだっていい。俺は俺が最高だと思える作品を生み出せたらそれで満足だしな」
「そう。その最高傑作が世に出される時に、どんな形になってもいいって言うんだ。相変わらずプライドの無い仕事してるね」
「あ? なんで俺がプロモーションのことまで口出ししなきゃなんねぇんだよ。生み出すまでが俺の仕事だ。どう歌われようがどう受け取られようが知ったこっちゃねぇよ。パンピーの意見にいちいち左右されて、ブレブレの作品生み出す方がよっぽどアホらしいっつってんだ。クリエイターの風上にも置けねぇ考えだな」
「ふーん。私の振り付けがそうだって?」
「それ以外の何物でもねぇだろ、この万年エゴサ女」
「はいストップ! そろそろ移動しますよ!」
言い合いがエスカレートし今にも破裂しそうなところで、惇はタオルを投げるように声を上げた。
いつもメンバーの言い争いを収める惇だが、正直言ってタイミングは少し遅い。
もう少し早い段階でストップをかけてもいいのではと、メンバーの何人かは密かに思っていた。
まぁ、人の言い合いは見ていておもしろいので敢えて言わないのだが。
そんな中、何か新しい風が吹き抜けるような予感と共に、勢い良く扉が開いた。




