第十一話《燈》
なんとも言えないぎこちない空気の頼人と陽七星などお構い無しに、そのお祭り男は勢い良く頼人の名を呼んだ。
「ちょっと、ノックくらいしなよ」
「なーに堅いこと言ってんだよ。俺らと頼の仲だぜ?」
彼の後ろから、もう一人の青年が彼を咎める。
顔がそっくりで見るからに双子の容姿の二人組は、部屋に入ってくるや否や言い合いを始めた。
「陽七星もいるじゃーん! おひさー! さっきぶりだけど! てか何この激重空気! 喧嘩でもした? ちょっとカルシウム足りてねぇんじゃねぇの? ほれ、先輩が悩み相談乗ってやろうか?」
このハイテンションでひたすら喋り続けるお祭り男は、燈のギターボーカル、SOこと緋彩蒼。
瞳は青と紫という左右で色が違う所謂オッドアイで、髪に青色のメッシュを入れている。
チャラついたファッションと雰囲気で、見るからに目立ちたがり屋だ。
「いやいや、陽七星の場合喧嘩ってか反抗期みたいなもんでしょ。頼が母親みたいに甘いから、甘えの一種だって。思春期特有の愛情表現だよねぇ」
蒼を宥めるかと思いきや更に煽りを加速させたのは、燈のベースボーカル、SUIこと緋彩翠。
こちらは緑と黄色のオッドアイで、蒼と逆の位置に緑色のメッシュを入れている。
兄の蒼と比べると比較的口調が穏やかで温厚そうに見えるが、強気で傲慢な振る舞いは、さすがは双子というべきか。
その背後から、もう二人の男が姿を現した。
「確かに頼って、ブルバに対しては兄貴っていうより母親っぽいよね。俺らへの扱いと違って何かと過保護だし、甘えたくなる陽七星の気持ちも分かるなぁ」
こちらも穏やかな口調で助け舟を出すかと思いきや、更に煽りを加えて来たのは、燈のキーボードでリーダー、TOYAこと柊燈夜。
他のメンバーと比べると若干細身で、女の子のように整った顔をしている。
彼の煽りに関しては、当人はフォローのつもりで言っているだけに余計にタチが悪い。
「おい、おまえらその辺にしといてやれ。まじで陽七星がヘソ曲げてっから。遅くなってわりぃな、頼。裏で生徒達に捕まっちまってよぉ」
メンバー唯一の良心で比較的常識を持ち合わせているのが、燈のドラム、JOTOこと最上晟斗。
長身でガタイが良く、口調もガサツで男らしい為女性には怖がられがちだが、実はかなりの優男だ。
蒼に煽られると早々に乗って来る喧嘩っ早さはあるものの、それも大半は彼が最後に折れて終わるのが日常だった。
「いやー、俺も我が子の反抗期到来に、悲しみよりも成長の喜びに浸ってたとこだよぉ。ま、これも俺の愛情が正しく行き届いてる証拠だよね☆」
「だからやめたれ。ほら、そいつそろそろ限界だぞ」
調子に乗る頼人を晟斗が止めるのも虚しく、陽七星はわなわなと拳を震わせていた。
「あーー! どいつもこいつもうっせぇな! いいか! アーティストとしてのデビューはおまえらの方が早かったかもしれねぇが、この業界では俺の方が先輩なんだ! それに、ブルバとしてもすぐにおまえらなんか追い越してやるからな! 首洗って待ってろ!」
捨て台詞と共に勢い良く扉を閉め退室した陽七星を見送り、部屋に取り残された五人が更に騒ぎ出す。
「かっけー! 啖呵切って扉閉めるなんて、ドラマでしか見たことねぇよ! さすが元天才子役!」
「役者やってるとああいうベタな台詞も恥ずかしげなく言えるのかー。俺も役者デビューしよっかなぁ」
「いや、翠には無理だろ」
「はぁ? 蒼よりはマシだと思うけど?」
双子の言い合いを宥めようと、良かれと思って燈夜がまたしても口を挟む。
「あーあー、おまえらが揶揄うから怒らせちゃったじゃん。難しい年頃なんだから、もっと気遣ってやらないと」
「いやそれおまえも煽ってっからな」
「そう? 俺はいいと思うよ。ああいう若気の至りみたいなの、可愛いじゃん」
「おまえのワードセンスが一番殺傷力高くて厄介だわ。本人に直接言ってやんなよな。無自覚煽りが一番はらわた煮え繰り返るんだからよぉ」
双子の言い争いがこのグループの日常茶飯事ではあるものの、そこに燈夜が介入してくると大抵ロクなことにはならない。
最終的に場を納める晟斗は、実質影のリーダーポジションであり、一番の苦労人だった。
「まぁでも、あいつらも売れて忙しそうだな。もしブルバがコケたら、俺らんとこ戻って来てもらおうと思ったのに」
「なぁに? 俺が居なくて寂しくなっちゃった?」
「まぁな。デビュー前から、ずっと俺ら五人でやってきたからさ」
素直な蒼の言葉に、頼人は嬉しそうに笑った。
頼人の後ろの壁には、【to燈be】というロゴが入ったライブグッズのタオルが飾られている。
燈は双子の蒼と翠と、幼馴染である燈夜と晟斗が、小学生の時に出会い結成したバンドだ。
そして高校生の時に地元の先輩であり、父親が社長である芸能プロダクションに入社した頼人に、デビューしないかと声をかけられ今に至る。
その当時頼人は燈のマネージャーを任され、見事彼らを大ヒットさせた功績を買われ、父親から社長の座を譲り受けたのだ。
「おまえらが無事売れてくれて、お陰様で俺は今やりたいことやらせてもらってるからさ。ま、マネージャーがまた欲しいってんなら、いつでも手配するよ」
「そういう話じゃねぇって。てか、それ決めんのは燈夜じゃん?」
マネージャーの頼人が抜けてからの燈は、リーダーの燈夜が自らマネージャー業を行なっていた。
そして燈の楽曲制作を行っているのも彼である為、自身の活動に加えメンバーのスケジュール管理等、彼一人でとてつもない仕事量を熟していた。
「俺は大丈夫だよ。マネージャーの仕事は性に合ってるし、おまえらのことは俺が一番良く分かってるからさ。それに社長の頼の忙しさと比べたら、全然大したことないよ」
それは強がりでもなんでもなく、本心だろう。
勿論メンバー全員にとってもそうなのだが、燈夜にとってこのグループは並々ならぬ想いがあった。
誰か中途半端な人に任せるくらいなら、自分で全てなんとかした方がいい。
友達として、メンバーとして、マネージャーとして、彼は燈のことを誰よりも大切にし守ろうとしていた。
「まぁねー! おまえらが頑張ってくれてるおかげで、今や超大手事務所のやり手社長だからさ! 忙しくって仕方ないよ」
「つっても、適度に休みなよ。来週のバーベキューは来れそう?」
日々の激務を労うように、翠は頼人に尋ねた。
四人は仕事以外のプライベートでもよく集まって遊んでいる為、その度頼人にも声をかけるのだった。
当然社長業は激務である為、頼人が参加できる機会はそう多くはないのだが。
「あぁ、日曜だよね。商談が終わる時間にもよるけど、まぁ夜に顔出すくらいはできるっしょ」
「難しければ無理しなくていいけどさ。俺らも久々に色々話したいし、たまには付き合えよ」
マネージャーという肩書きではあったものの、彼らは中学生の頃からの付き合いで結束も固かった。
晟斗は大人としての気遣いも見せつつ、どこか子供のお願いのようないじらしさも覗かせた。
「おう。今日はありがとな。おまえらのおかげで未来の後輩達も、モチベーション爆上がりしただろうよ」
「生徒達みんなまだ若いのに、歌もダンスもなんでもできてすげぇよな。なんつーか、器用?」
「それな。ダンスのことなんかなんにも分かんない俺らが、審査員なんてやって良かったんだか。で、頼が気になる将来有望な子はいた?」
蒼と翠の問いに、頼人はわざとらしく溜息を吐いてみせた。
「まぁ、みんな良かったは良かったんだけどね。今すぐ何かを動かそうって気になる子はいなかったかな。みんな器用で良くできてるんだけど、なんつーか、熱みたいなものがあんまり感じられないんだよねぇ。合格点は取ってるけど、熟してるだけっていうか。何かを守るみたいに、自分を曝け出してないかんじでさ。別に熱血を求めてるわけじゃないんだけど」
「分かる! やりたいっていうよりも、失敗しないようにやんなきゃって堅いかんじに見えるんだよな。それだけ真面目ってことだろうけど、楽器の音やダンスの振りを間違えたって、自分はこう表現したいんだって情熱が伝わって来ればいいのにな。もっとこう、ぐわー! ってさ」
頼人の分析に共感するも、語彙力が乏しい蒼は必死に感情を伝えようと、手を大きく振ってジェスチャーをしてみせた。
この表現方法だけで、彼の言う熱がどういうものであるかが分かるほど、暑苦しい必死さは伝わる。
「いやでも、楽器の場合は音合ってた方が良くね?」
「でも晟斗だって、ライブ中テンション上がると勝手にアレンジすんじゃん。スネアもシンバルもめちゃくちゃ増やすし」
「そりゃあリズムに正解はねぇからな。ギターの場合は音外したら、不協和音になって聞きづれぇだろ」
「いやさすがにコードは守るわ。そーゆー話じゃねぇし。ダンスなんかバンドより自由度高いんだから、もっとアレンジ加えてみるとかさ。周りと振りを合わせるのも大事なんだろうけど、そーゆーのって自然と合ってくるもんなんじゃね?」
「さぁな。ダンスのことは分かんねぇよ」
蒼と晟斗の不毛なやり取りは、結局晟斗が戦線離脱し終了した。
これもいつもの風景である。
「でも、蒼が言わんとしてることは分かるよ。その点で言ったらブルバもなんでも器用に熟すタイプだけど、熱はしっかりあるよね。ハングリー精神っていうか、のし上がってやるんだっていう野心みたいなものは感じられるかも」
「そうそうそれ! 野心ね! さっすが燈夜。歌詞書いてるだけあって言葉のチョイスが的確! あの子達仲は悪いけど、野心のベクトルは同じだから、グループとして成立してるかんじなんだよねぇ。個性や考え方はバラバラでも、求めるものが近しいから、同じ方向に向かって進んでるかんじがさ。つっても、もうちょびっとだけでも仲良くしてくれると助かるんだけどなぁ。おまえ達を見てると余計にそう思う」
こんなふうに楽しくワイワイ会話をする姿は、彼らからは想像できない。
仲良しこよしとまではいかなくても、顔を合わせる度に喧嘩するようなことが無いくらいにはなって欲しいものだ。
「まぁ、俺達は子供の頃からの付き合いだし、ブルバは結成がオーディションだったのもあって、未だにライバル意識みたいなのがあるんじゃない? それがお互いを高める材料になるなら、それもまた良い気がするけど」
「そうだよ。おんなじようなグループが同じ事務所に二つあってもしょーがねーじゃん。俺らは俺らの強みを、あいつらはあいつらの強みを伸ばしていったらいいんじゃね?」
翠と蒼の意見が珍しく合って、頼人は「それもそうか」と呟いた。
「ま、あいつらのことはいずれなんとかするよ。我が子は手のかかる方が可愛いって言うしな」
「おいおい、それだと俺らが可愛くねぇみたいじゃんか」
「どの口が言ってんだこのトラブルメーカーが。俺らだって頼からしたら充分手のかかる問題児だよ。主におまえだけど」
なんだかんだ蒼に突っかかる晟斗は、揶揄っているというより最早会話を拾ってあげている優しさにすら思える。
「なんで俺だけ!? 最近大人っぽくなったってよく言われるんですけどー!?」
「ナリだけが大人になっても、中身が小学生のままじゃあな」
「うっせぇなぁ! 俺はなぁ、いつまでも心は少年のままでいたいの! あえてなの、あえて!」
レスバを制し勝ち誇ったドヤ顔を見せる蒼に、次は翠と燈夜が茶々を入れる。
「中身小学生の自覚はあったんだ」
「今日イチの驚きだな」
「おまえらなぁ……!」
四人の仲睦まじそうなやり取りを見て、頼人はははっ、と笑った。
「自分でそう言えるくらいなら大丈夫だろ。ブルバの子達はなんか変に拗れてて、大人ぶってはいるんだけど中身は万年思春期で止まってるかんじ。まぁ、ひなも海も、あの時期いろいろあったから仕方ないんだけどねぇ」
「あぁ……。俺らも海が悩んでたのは近くで見てたしね……」
頼人が陽七星と付き合いが長いのは周知されているが、燈と海にも何やら過去に繋がりがあるようだ。
「まぁ、だからこそさ、護ってやんなきゃって思うんだよね」
「護るって、何から? また霊的なもの?」
「またってなんだよ」
「ガキの頃よく、おばけが見えるって言ってたじゃん」
頼人と蒼の会話に、翠が固まり口を噤む。
幽霊が苦手のようだ。
「え、そうなの? 頼って霊感あるんだ。知らなかった。なぁ?」
燈夜の問いかけにも、翠は反応しない。
全く聞こえていない様子だ。
「別に、霊感ってほどのもんじゃないさ。ガキの頃はみんな、なんかそんな気がするだろ。半分中二心さ」
「なんだ、ガチのやつかと思ったぜ。ビビらせんなよな」
「おい晟斗! 後ろ!」
「ギャーーー!! ……って、まじでやめろ!」
まんまと背後を振り返った晟斗が、頼人の悪戯に慌てふためく。
「ははは! 幽霊なんて、心の持ちようさ」
嘘と分かり安堵する四人の後ろで、白い影が微かに笑う。
頼人は「大丈夫だよ」と小さく呟いた。
この四人のことも、俺がちゃんと護るから、と──。




