第十話《牡丹》
数日後、都内文化会館の大ホールで、紫波プロダクションアクターズスクールの発表会は行われた。
審査員席には社長の頼人、ゲストとして陽七星に加え、BLUE BIRTHにとっては事務所の先輩であるバンドアーティスト【燈】の四人が座っていた。
スクールの所属人数は今や百人を越え、下は小学生から上は大学生まで多くの若者が夢を追いレッスンに励んでいる。
その成果を社内の審査員と一般のお客さんに披露するのが、年に一度行われるこの発表会というわけだ。
この発表会で生徒達は社内の人間に実力をランク付けされ、次のクラス編成に振り分けられていく。
当然上位のクラスにいる方が有利で、あらゆるオーディションを受ける権利を得られる他、才能が認められデビューという未来への可能性が広がる。
そんな中生徒達は、社長に加え憧れのアーティストが審査員席に座っていると知り、いつも以上に気合いの入ったパフォーマンスを見せていた。
「お疲れ。いい発表会だったな」
発表会終了後の控え室で、頼人は缶コーヒーを陽七星に差し出した。
「そうか? なんかパッとしない奴らばっかだったな」
「うわ、きっびし」
「俺の方が百倍上手い」
「まぁ、そりゃあ今のひなとは経験値が違うからなぁ。おまえだって小学生の頃は、歌もダンスも未経験だったろ」
幼い頃から陽七星と付き合いがある頼人は、彼をを【ひな】という愛称で呼ぶ。
その名は、彼が子役時代に芸名として使っていたものだ。
メンバーに面白半分でその名を呼ばれると怒りを露わにする彼も、昔からそう呼んでいた頼人の前でだけは素直に受け入れていた。
「あと何年かしたら、おまえらの後輩グループもできるかもよ? そんときゃおまえにも可愛がってもらわないとな」
「……もう次のグループのこと考えてんのかよ」
子供が拗ねたような口振りで、陽七星が小さく漏らす。
ほぅ、と、頼人は意外な反応の陽七星の表情を伺った。
「まぁ、これでも一応社長だからな」
「そんな余裕あんなら、俺にもっと仕事回せよ。そういやぁ聞いたぜ? 俺に映画の主演の話が来てるんだってなぁ」
ピクリと頼人の眉が動く。
少しだけ間を置いた後、頼人はいつもの明るい調子に戻って言葉を返した。
「あぁ、それは断ったよ」
「……は?」
信じられないというように、陽七星が頼人に詰め寄る。
「なんでだよ!? 俺、ずっと映画やりたいって言ってたよな!? それをなんで……!」
「依頼して来たのが、奴だったからさ」
「は? 奴って誰だよ」
ソファーに座って、頼人が慎重に口を開く。
「……柏木だよ」
ゆっくりと、陽七星に視線を移す。
もしもの時を想定して、彼の表情と様子を注意深く探った。
「……いや誰だよ。てか、誰とかカンケーねーわ。誰だろうとこんな美味しい話、受けねぇなんてありえねぇだろ!」
予想外の反応に、頼人は目を丸くする。
演技なのか、それとも本心なのか、と。
「……本当に……覚えてないのか?」
「は? だからなんの話だよ」
嘘を吐いているわけではなく、本当に心当たりが無いという様子だ。
頼人は俯いて自身の頭をくしゃくしゃっと掻いた後、再び笑顔を取り戻して話を続けた。
「いや、悪い悪い。それならいいんだ、忘れてくれ。それよりおまえがやりたがってたデカい箱抑えられたから、来年にはなるけど今から楽しみに──」
「ふざけんなよ! 今からでも映画の話受けろよ!」
勢い良く胸倉を掴まれ、顔を引き寄せられる。
陽七星の顔と手は、怒りに震えていた。
「いやいや、おまえは今役者じゃなくてアーティストで売り出してんだから、そっちを優先すんのは当然だろ。そんなに怒んなよ」
「こっちは元子役のイメージ早く払拭してぇんだよ。勝手に決めてんじゃねぇ!」
陽七星に睨まれて、頼人が一瞬眉を顰める。
しかし何かを決したように、目を細め陽七星に凄んだ。
「……ちょっと、調子に乗ってるんじゃないか?」
「は!?」
いつもの調子が良いテンションを仕舞って、頼人が陽七星を冷静に見下ろす。
「社長は俺だ。俺が仕事を選んで何が悪い」
「……っ……!」
豹変し冷ややかな視線を向ける頼人の姿に、陽七星が一瞬怯む。
それでも、ここで黙って退くわけにはいかなかった。
「……はっ、調子に乗ってんのはそっちだろ。今やこの事務所を支えてるのは俺だろ? 稼ぎ頭の俺に居なくなられたら、困るのはそっちだよなぁ?」
「何言って──」
「俺が欲しい事務所なんて有り余ってんだよ。こんな事務所、俺はいつ移籍したっていいんだぜ?」
強者で居なければ。
陽七星のその強迫観念は、旧友の頼人にまでマウントを取ろうと必死だった。
「……それ、本気で言ってんのか? 俺がいない世界で、おまえが生きていけるとでも?」
頼人の目に先程までの優しさは無く、陽七星は今度こそ怯んだ。
咄嗟に手を離して、頼人から目を逸らす。
「ま、いいさ。おまえが好きなようにすれば」
「……頼っ……」
口調は柔らかく戻ったものの、切り捨てるような言い草に陽七星は動揺した。
しまった、怒らせてしまったと、そう思った。
「ひな」
再びソファーに座った頼人が、優しく名前を呼ぶ。
「よかったな」
慈愛に満ちた表情で、それでも僅かに寂しげな表情で、頼人は陽七星を見据えた。
皮肉かと思ったが、その言葉に悪意は感じられなかった。
「どういうことだよ。ちゃんと説明し──」
その途端、陽七星の言葉を遮るように、バーンと大きな音を立てて扉が開いた。
「いえーい! お疲れ頼ー! 遊びに来てやったぞー!」
ノックもせず不躾に、扉を開けた青年は、ハイテンションの様子で部屋に入って来た。




