第九話《織の夜》
生放送の翌日、夕暮れの公園で織はベンチに座り辺りを見渡していた。
公園には、砂場遊びをしている女の子が一人。
もう一時間程前からこうして眺めているが、五時を過ぎても一向に親らしき人物が迎えに来る気配が無い。
織は女の子に近寄り、膝を折ってしゃがみ込み声をかけた。
「お嬢ちゃん、一人なの?」
「……だれ?」
変装のカラーサングラスをずらした奥のその瞳を、女の子が警戒するように覗き込む。
──正しい判断だ。
「一人で遊んでて寂しくない? お姉ちゃんと一緒に遊ぼうよ。砂遊び好きなの?」
「べつにすきじゃない。ほんとは、いえでおえかきするのがすき」
「じゃあ、家で遊ばないの?」
「きょうはママのかれしがきてるから、ゆきはじゃまなんだって」
その幼い容姿に似つかわない憂いを帯びた表情が、彼女の悲しいバックボーンを物語る。
見たところ、小学校に上がる前くらいの歳の子だ。
こんな幼い子供を放ったらかして、親の気が知れない。
見たこともないその母親に対して、沸々と怒りが込み上げて来た。
「何時になったら帰っていいの?」
「おひさまがしずんだらいいって」
今は五月だ。
六時過ぎまで外は明るい。
今からまだ一時間ほどは、こうして一人で時間を潰さなければならないということだ。
「じゃあ、お姉ちゃんの家に来る? お菓子もあるし、お絵描きセットもあるよ」
「……でも、しらないひとのについてっちゃだめって、ママいってた……」
「ゆきちゃんのママとは知り合いなんだ。ママには連絡しとくから大丈夫だよ。陽が沈む時間になったら家まで送ってあげる」
「ほんと!?」
「本当だよ。さぁ、おいで」
女の子の手を引いて、織は車に乗り込んだ。
大丈夫だ、人の気配は無い。
こんな場面を写真に撮られれば、スキャンダル以前に誘拐犯だろう。
それでも、自分は間違っていない。
毒親を持つ不幸な子供に手を差し伸べているだけだと、そう言い聞かせていた。
その後自宅のアパートに連れて行き、一緒にお菓子を食べたりお絵描きをして遊んだ。
「えへへっ。おねえちゃん、やさしくてだいすき!」
女の子の笑顔で、織の心は満たされる。
子供はいい。
子供は無償の愛をくれる。
先入観や偏見に振り回されることなく、真っ直ぐで純粋な好意を向けてくれる。
BLUE BIRTHのSHIKIとしてではなく、パフォーマーの藤堂織としてではなく、ただの一人の人間として目の前の自分を好いて欲しかった。
「私も、大好きだよ」
あぁ、よかった。
ちゃんと、愛せてる。
織は、愛情を向ける相手が欲しかった。
付き合うとか、恋人になるとか、ファンとの信頼関係だとか、それとはまた違う。
相手の声に寄せた自分じゃなくて、ありのままの自分を好いてくれる、そんな対象が欲しかった。
幼い子供のように小さくか弱い、自分の力を必要としている者に慈悲をかけ守りたい。
そんな想いを消化する為に、こんな犯罪紛いのことを続けていた。
「そろそろ時間だし、送って行くよ」
「えー。ねぇ、またきてもいい?」
「いいよ。また会えたらね。ママによろしく言っといて」
「うん!」
もう彼女と、二度と会うことはないだろう。
家でこのことを話せば、親は血相を変えてそれは誘拐だと教えるに違いない。
今回のように声をかけて、易々と着いて来るようなことにはならない筈だ。
そして母親も、彼女を一人で外で遊ばせることはしなくなるだろう。
家に入れてもらえて、大好きなお絵描きができて、彼女にとっての幸せに繋がるに違いない。
──これは警告だ。
子供を放置する毒親への。
まともな親なら、危機感を持った母親は今後、彼女を夜遅くまで外に一人放置することはしなくなるだろう。
そして私のことを誘拐犯だと知らされるあの少女は、消えない心の傷を負うかもしれない。
それでも、例えトラウマとしてでも誰かの心に残り続けられるのなら、それもまた素敵だ。
歪んでいるのは承知の上だが、誰かの心に居座れるのは、心地がいい。
女の子を送ろうと家を出る直前、スマホが鳴った。
知人からの着信だ。
「はーい、どした?」
「ごめーん! 実は今日急遽夜勤代わることになっちゃって! もしできたらでいいんだけど、また璃空を一晩預かってくれないかなぁ?」
願ってもない話だ。
シングルマザーで看護師として働く従姉妹の子供を、今までも何度か預かったことがあった。
「分かった。今から保育園迎えに行くね」
「ありがとー! いつもごめんね! また今度三人でご飯食べに行こー!」
忙しそうに仕事に戻る従姉妹に、織は心底同情していた。
(私がこんなことしてるって知ったら、さすがに頼んでくれなくなるよな……)
幼い子供を家に連れ込む誘拐犯に、大切な息子を信頼し切って預ける従姉妹。
昔馴染みとはいえ、自分の本性を知られれば、友好的な関係ではいられなくなるだろう。
それでも、間違いなく、織は子供達を愛していた。
寧ろ、幼い子供しか愛せなかった。
ロリコンとかショタコンだとかとか、そんな安い言葉を使ってしまえば実質そうなのだろう。
それでも神に誓う。
性的な目で子供を見たことは無かったし、性的な悪戯をしたいと思ったことは一度たりとも無かった。
ただ、安心する。
子供に愛情をかけられる自分が。
私も誰かを愛せるのだと、そう思えることで安心してしまうのだ。
普通ではないと分かっていながら、それでもやめられなかった。
全ては、愛する為に──。
それぞれが、それぞれの夜を過ごしていた。
心に空いた空白を埋める為。
もしくは、空白を作らせない為に。
快適な毎日に、余計な感情を入り込ませない為に──。




