プロローグ《青い鳥居》
子供は、毎夜試されている。
まだ、赦されるのか。
まだ、死んでいないのか。
これは、夢の中だ。
白い背景に佇む、青い鳥居。
四つん這いの赤ん坊が、這い這いをしながらゆっくりと、それを潜る。
よちよち歩きの幼児が、園服を着た幼稚園児が、難無くその下を駆け抜けて行く。
朝目が覚めると、忘れてしまう記憶。
現世に持ち帰ることができない、消えてしまう記憶。
それでも確かに、全ての子供達は、毎夜夢の中で試されている。
この鳥居を潜る資格があるのかどうか。
まだ、子供でいられるのかどうか。
鳥居の前で、一人の少年が立ち止まっている。
握った拳は震え、俯いた顔から一滴の雫が落ちる。
そして意を決したように、鳥居を潜ろうと一歩踏み出した。
それが、最後の日となった。
彼が子供でいられた、最後の日。
【拝啓 10年後の私へ──
私は今、中学一年生の13歳です
正直、毎日辛くて苦しいです
ママは相変わらず男に依存してて
私には目もくれないし
この前なんかはママの彼氏に
生意気だと殴られました
家に帰れば完全に邪魔者扱いで
昼間は外で適当に時間が潰せるけど
夜は補導されちゃうからどうしたって
居場所がない家に帰らなきゃいけない
早く大人になって家を出て行きたいって
ずっと思っています
だけどね、去年スカウトされて始めた
歌とダンスのレッスンは凄く楽しくて
歌って踊ってる時だけは
自分が人生の主役みたいな感覚になれて
この為に生きてきたんだって思えるほど楽しい
でもそれも、最近辛くなってきて
あの人たちとユニットを組んでから
上手くいかないことが多くて
あんな遊び感覚でやってる人たちと
同じステージに立つのが辛い
自分が惨めになって
自分が大切にしてるものまで
全部否定されてるような気持ちになる
私には、これしかないのに
やっと見つけた、自分の居場所なのに
いつか活動がママにバレて
全部なくなっちゃう気がして怖い
何もかもが上手くいかなくて
本当に死んじゃいたくなる時もあるよ
10年後の私は、23歳かぁ
23にもなればれっきとした大人だし
今私が欲しくて堪らないものも
あなたは簡単に手にして
毎日笑っていられるのかな
今、あなたは幸せですか?
今のあなたがもし幸せだというのなら
今のあなたに追いつくまで
もうちょっとだけ頑張って生きても
いいのかなって思えます
だけどね、どうか
『 』 】
目の前に佇む、青い鳥居。
ぬいぐるみを持った幼い幼女が、そっと潜る。
『あんたなんか産まなきゃよかった!』
ランドセルを背負った少女が、潜る。
『ガキが一丁前に色目使いやがって! 躾が必要だな……騒ぐな! じっとしてろ!』
腹に火傷を負った少女が、潜る。
『バカよねぇ。黙って大人の言うこと聞いてればいいのに。この業界で生きてくなら、歌とダンスの実力なんて二の次よ』
楽譜を握り締めた少女が、潜る。
『ママやめて! お願い! 捨てないで! ヤダ!』
海に投げ捨てられた楽譜とCDを、ずぶ濡れになりながらも抱き締めた少女が、潜る。
『あんたみたいなガキが一人で何ができるっての? ガキはガキらしく、大人の言うこと黙って聞いてりゃいいのよ!』
彼女が、全てを失った日。
子供であることを、諦めた日。
その夜の夢の中で、青い鳥居を潜った瞬間、分離が起こった。
鳥居の向こう側に、潜れなかった子供の姿の少女が取り残される。
それに見向きもしないで、鳥居を潜った少女は一歩一歩進む度に大人になり、彼女を置いて進んで行った。
『……ねぇ、待ってよ! 置いて行かないで!』
その声は届かない。
一人取り残された彼女が背後を振り返ると、そこにはたくさんの子供達がいた。
青い海に囲まれた、とある島。
ここはロストユース。
死んだ子供の魂が辿り着く場所。
そしてまた、彼らが大人になることを選んでしまったと同時に、切り捨てられ置いて行かれた、子供の魂が彷徨う場所だ──。
【ロストユースに青を知る】
※本作には、死生観や自己否定的思考に関する描写、残酷な描写が含まれます。
苦手な方はご注意ください。




