「大きな ぬい活」を目撃した
なるほど……これが「ぬい活」ですか……。
野鳥観察のために近場の大きめの公園を訪れたのですが、偶然にも「大きな ぬい活」を目撃しました。
それも「とびっきり大きなぬいぐるみ」だったので、大きな荷物を運ぶためのハンドキャリーに「その方」は乗っていました。
ちなみに、名前を挙げればまず誰でも知っているキャラクターです――が、もしかしたら活動範囲が限られているかもしれないので、場合によっては僕の活動範囲も分かりかねないのでその名前は伏せておきます。
ジロジロと見ていたわけではないですが、どうやら、どちらかと言うと「デート」のようでもあり、公園と「その方」との写真構図について悩んでおられるようでした。
公園を1周して入り口に戻ってもまたお見かけした上で、同じようなことをしていたので……。
「ぬい活」が流行語大賞候補にも挙がっていましたが、「そんなにかなぁ?」と思っていたのですが、その認識が一変した瞬間でした。
その後、意識して電車などで他の方の持ち物を見ていると「確かにぬいぐるみが付いている方が増えた」といった印象を受け、「流行語大賞候補に挙がったことも不思議ではなかった」ということが分かりました。
ちなみに、「日本国内のぬいぐるみ市場」は成長中で、2024年度は前年比で115.3%増加の450億円規模にも達したそうです。
ぬいぐるみのための「保育園」、やぬいぐるみと「一緒にお泊りプラン」などこれまで見たことも聞いたこともないような新たなサービスが続々と誕生しているのが、これまでの「ブーム」とは全く違った様相を見せていると言えると思います。
※ちなみに筆者も大っぴらにはしていませんが可愛い動物などが好きであり、本稿に蔑むような意図は全くありません。
◇「これまでの推し」とはどう違うのか?
これまでも「美少女フィギュア置いて写真を撮る」と言ったことや「推し活」「キャバ嬢やホストに貢ぐ」みたいなことはありました。
しかし、この「ぬい活」というのは年齢性別を問わず「オタク」という印象もそこまで受けません。
そして、「推し活」「キャバ嬢やホストに貢ぐ」事との最大の違いは「お金がそこまでかからないこと」だと思います。
更に、「キャバ嬢・ホスト」に関しては「何であの人にお金をそんなにつぎ込むのか?」となりがちな気もしますが、ぬいぐるみをただ単につけているのであれば「可愛さ」と言うことに関して共感を得やすいようにも思います。
「ぬいぐるみが好き」と言うことは男女問わずに共通点になりそうなことであり、「同士」として応援しあうことでしょう(僕もアニメグッズはほとんどないですが可愛いグッズはあります)。
SNS社会では共感を得ることは、インプレッションなどからむしろお金になる可能性もあることから、プラスの側面すらあると言えるでしょう。
つまり、総合的に見て社会的にも「ぬいぐるみが好きアピール」というのはそんなにマイナスにもならない上に「コスパが良い」のです。
しかし逆を言えば、「ぬい活」を上回るようなコスパや社会的共感性を得ることができるのであれば、そちらに流れる可能性もあるということです。
もっとも、ぬいぐるみは可愛いだけでなく、モフモフだったりもするので、それを代替えする品があるか? と言われたら今のところは思いつきません。
当面の間はこの様相は続くのではないかと思ってしまいます。
◇「経済的困窮」も問題の基盤に
日本人の多くの方は極めて真面目です。アメリカでは借金をしてまでも消費をしようとしますが、日本人においては自らの収入の中でやりくりを行います(稀にリボ払いや残価設定ローンを組む方もいますけど……)。
そんな中、「ぬい活」は「疑似的な結婚」みたいなものもあるのではないかと思いました。
すでに「アニメキャラとの結婚」と言うのも23年頃は2年で200件と言う記事もありましたし、2017年の統計では「ゲームやアニメの登場人物に恋愛感情を持つと答えた大学生は男子で14.4%、女子は17.1%」という結果もあります。
多種多様な「恋愛」が許されるようになってカミングアウトされる方が増えたのもあるのかもしれませんが、やはり「結婚にはお金がかかる」という認識が非常に強いことから「現実的な落としどころ」にしているのではないかと思います。
世の中には「AIと結婚する人」も出てきたぐらいなので「AIを搭載したオーダーメイドロボット」なんかが出てきたらさらに人間同士の結婚の価値が下がり、それらが市民権を得ていくのではないかと思ってしまいます。
「恋人の代替え」であれば――それはそれで問題ではありますけど、他者に対してマイナスの影響を与えないのでそこまで問題ではないと思います。
しかし、何かに熱中して現実の自分から逃避している状態だとするなら、外部に対しても危害を及ぼす可能性も高く危険な状況だと思います。
いずれにせよ、この「ぬい活」やその周辺のコンテンツというのは社会学的にも密かに注目していく必要があると思いました。




