31.坑道
惑星エスキモアの数少ない湖に浮かぶグリンカンビのトレーニングルーム、ワックスの効いた板の間にキュキュッと靴底の摩擦音が響く。
ナハシュが横に薙いだサーベルの切先を数センチのバックステップで空振りさせる。直後に反動も利用した踏み込みで間合いを詰めて斬り上げると、ナハシュも踏み込んだ反動を利用してバックステップ。練習用に刃は潰してあるとはいえ、実戦のつもりの訓練だから受け止める防御はほとんどしない。実はサーベルと言いつつ中身は日本刀に近い。見た目は両刃の直刀だし製法も全然刀とは違うけど、古代西洋人には作れなかった切れ味マンマミーヤが科学の勝利でイケてしまったから、使い方は刀のほうが適切になった。サムライ好きな私が愛用する理由でもある。
私を始めとする軍人が帯刀するサーベルは、ロマン兵器だったりもする。ただでさえ切れ味は銘刀を超える上に、柄とナックルガードの堺に人差し指を通すプルタブのようなリングがついていて、普通に握りやすくて威力増大の効果もあるけど、リング内のトリガーをひいたら高周波が発生してたいがいの金属は切り裂いてしまう。そう、やろうと思えば生身でサーベルを振り回して戦車に勝つ可能性もなくはない。絵面が悪夢だしまぁ普通は接近出来ないから不可能だけど、私なら砲弾ぶった斬って勝つ自信はある。
で、そんな物騒なサーベル同士がぶつかったらどうなるか? 何パターンかあって、打ち消し合って何も起きないこともあるし、高熱で溶けたり、ガラス窓を爪で引っ掻く類いの音が出たり、サーベルごと握り手が消し飛んだり。外れしかないギャンブル。イメージとしては十倍速のチェンソー同士で鍔迫り合いとか、もう事故しか起きないでしょ? だから時代劇の殺陣ではなくガチのほうの日本刀と同じく、キンコンカンコン打ち合わない、見切ってかわして先に一撃をいれる軍式剣術が発展した。
つかず離れず、まるで踊るように空振りしあう私たち。足さばきはボクシングに近く、下半身を見ての予測が難しい。日本の剣術はそこが弱点で、だから袴をはいて隠す。武器は西洋、上は剣術、下はボクシング、ついでに練習音はバスケっていいトコ取りの収斂進化と言えるのかどうか。
剣の道に打ち込んだのはもう昔だけど、才能があって努力もしてさっさと頂点に立ったから、珍しく私と渡り合える強者と剣を交わすと……、負けず嫌いの血が騒ぐと原風景が脳裏をよぎる。
“よえー”
“どこがぐんじんだよ”
“せいびなんてダッセー”
“ほう、じゃあとうぜんわたしにもかてるよな?”
“げっ、おまえどこから……”
“い、いつまでもうえにたっ、いてぇ”
“うわー、おとこおんながキレたぁー”
身分がどうとかあまり関係ない子供のころのよくあるケンカ。おとなしいシュヴァインことボア兄さんは十歳くらいのころはよくからかわれて、五歳くらい下のやんちゃな私が暴れて蹴散らした。コイツら生意気にも小さな女の子に本気で暴力は振るえない紳士的な一面も実はあって、察していたから余計悔しかった。特別ドラマティックでもなく、他愛のないというより下らない、五歳の私以外は鼻で笑う思い出が私の原点。
次期辺境伯当主として厳しい訓練を積んできたであろうナハシュは流石の腕前。私と同じく戦闘力に極振りしている。反応速度は常人を逸脱し、マイコガールズのような白磁の肌に汗が噴いてはいるけどスタミナは私より上。実戦で決まれば勝ったも同然の四肢を狙う攻撃は相当イヤラシイ。ただまぁ━━。
「くうっ」
背丈は同じ、目線も同じ、ナハシュの紅玉の瞳が私の瞳の奥に進む。
横薙ぎを放ちながら、相手のラティシスはバックステップで避けるから即座に斬り返そう、という動きが雑というか隙になる。上の空の斬撃を私は前進してしゃがんでかわし、ナハシュの腰に一撃をいれた。真剣だったら腰斬可能な、鞭のように腕をしならせて巻き付くように叩いたから痛みはたいしたことないはずだけど、彼女は反射的に殺られたようなうめき声をあげた。ちょっと色っぽい。命のやり取りと錯覚しそうな戦闘訓練の興奮状態も相まって不意にセンシティブな気分になる時がある。バトルジャンキーは本当に脳汁で中毒者になってるってことか。
「目線が素直、そこを意識したらもっとやりにくくなるわね」
「……ふぅー、ありがとう御座いました」
ナハシュのほうも上気した肌と痛みと悔しさに歪む顔のせいでクッコロめいている。体育館ぽい広々とした訓練場の壁際に顔を向けるとマーサがハンディカメラを覗いたままサムズアップ。シャッターチャンスは逃さないカメラ小僧。この人被った猫を脱いで地味に変態化が進んでいるような。動画制作を楽しむのは結構だけど検閲はするわよ?
なんとなくのノリでエスキモアの気候に合わせてエアコン設定も低くしたから、互いに薄っすら湯気が出て面白い。故国を出てこういうちょっとした初体験が好き。
「っつっても寒いの無理。今日はここまで。シャワー浴びてくるわ」
「姐さんカッケー。オレも接近戦の訓練してみるっス」
シャワーも設置してある更衣室に歩く私にシーバがつきまとう。ぶんぶん揺れる尻尾の幻が見えそうなくらいワンコ属性ね。
「身体も整ってきたから興味のあることにどんどん挑戦したらいい。武術は学んどいて損はないしね」
近接戦闘することなんて普通はないけど、敵の多い私は結構あるし、強さは自信にもなる。多分どこの軍でも必修の理由はそのへんかな。ちなみに真剣を使う訓練も良くあるけど、主にベテランが新兵を相手する時になる。血と痛みに慣れろ、てな感じ。
現在次の契約相手のなんとかパプリカ国で待機中。口に出さないけどパプリカはピーマンのパチモンと思ってる。絶対口に出さないけど。
思ったより小国からの依頼はこなかった。まぁ少ないのは分かっていた。国際関係は末永く続く。小国が今調子に乗って大国を攻撃しても、そのうち反撃されたらしんどいもんね。裏で筋書きを決めた戦争をして世間的に一勝した、とアピールして外交を有利に運べたらそれでいい。欲張らない。そう分かってはいたけど、欲望に際限なんてないから勢いづくとは思っていたのに肩透かしではある。
モロヘイヤ国はトップも国民もストレスが大きかったらしい。だからあっちは戦争が終わって一週間経ってまだお祭り騒ぎにフィーバーしている。私たちも歓迎ムードに包まれたから、この状況で危険はそうそうないだろうと、そんな伝説いつ生まれたんだよって謎の妖怪テーマパークや未知の郷土料理など観光の続きを楽しんだ。国賓みたいなもんだから国をあげて守ってくれる。モロヘイヤ国としては歴史的勝利といえばそうだけど、生姜国との関係悪化を心配しなくても大丈夫かな。全滅とか洒落にならない大ダメージを与えたわけではなく、たまたまとはいえエースも死ななかった。我ながらいい感じに収めた気はする。
そしてパプリカ国は……、恨みではなく打算っぽい。お相手は馬鈴薯国。ちょっと食べ物だらけで記憶が曖昧だけど、アドラーの所属した国。スキャナー星系に来て最初に宙賊と組んで襲ってきた国。ここが思い切ったことをしてきたから他の国もつられて自滅した、って気がするのは勘違いかどうか。
馬鈴薯国は当然というか、革命が第三波くらい起きて飲み込まれているらしい。宙賊と手を組む情けなさが暴露されて信用失墜。エースの男爵イモだっけ? も倒れたし、他に戦艦撃破とかお財布にも大ダメージ。王族が交代したけど形だけと判明して国民はさらに激怒。改めて組織の再建に取り組む姿勢を示してはいるけど国民の流出が止まらずお先真っ暗。これが一番効くかもね。イヤなら出て行く。現代はこれが簡単だから、王侯貴族はふんぞり返ってはいられない。庶民は庶民だけでも生きていける。庶民がいなければ生きていけないのは王侯貴族のほう。
そんな馬鈴薯国のお隣に位置するパプリカ国は今が地位向上の好機ととらえているらしい。モロヘイヤ国のように、今までは挑戦もしなかった難所、要塞を攻略したいのだとか。いいじゃんいいじゃん、そういうの燃える。
『(テロリ テロリ)こちらブリッジ、アテナに帰還します。ブリーフィングするとのこと』
自室でくつろいでいたら艦橋担当の娘の声が艦内に流れた。誰が設定したのかあげもの完成の音なんて今まで無かったじゃん。馬鈴薯国と関係あるのか? 謎が謎を呼ぶけど誰も解かないでしょうね。
ボア兄さんは観光なんてまるで興味を示さず、プー兄さんとアテナでロボットの魔改造に夢中。ナハシュの臣下たちは、辺境伯に仕えていた時は部隊が違うせいもあって役割が統一されていない。戦闘機における空戦用と地上用と対地対空両用のような違いは、ロボットの場合は足の種類が大きく左右する。逆関節は空中機動、フローターは水上も強い、キャタピラは瓦礫などの不整地といった具合に特徴があって、足が違う機体をまとめて運用するのは作戦ルートの選択に障害が出る。先日の基地攻略は、修理が優先で機体の統一までは間に合わなかった。いや短期間に全機修理とチューンナップも施すのは非常識なんだけど。
パプリカ国標準時 八月二十五日 AM11:00
例によってままごと用の前線基地はすでに落ちた。特筆することがあるとすれば、想定より両軍の死者が多い。最近坂道を転がって小国にも見下されている馬鈴薯国が苛ついて、戦力を多めに投入したような印象。
基地から撤退した馬鈴薯軍を追って、パプリカ軍はトンネルを進んだ。先に落とした基地と要塞の間は標高四百メートル級の山脈が横たわっていて、その低さに見合わない三キロメートルくらいの長いトンネルがくり抜いている。中央に貨物線路、左右にロボットの通行も想定しているっぽい広くて天井の高い車線。でも線路の両端はコンクリートの柱が並んでいるせいで圧迫感がある。おそらくは城と同じ設計思想。自分たちも利用するとはいえ、敵が利用した時のためにわざと使い勝手を悪くしている。
先頭を行進する友軍戦車に随伴するシーバ機のカメラ越し、私もトンネル内を観察しながら先日のブリーフィングを思い出した。
『スターチン要塞、グルテニア山脈に融合する形で広がる、敷地面積はおおよそ十二平方キロメートルの広大な軍事拠点だ。主な役割は防空、広く国境の有事に備えてスクランブル発進を行う施設になる。山脈の頂上付近にレーダーと通信と対空施設が無数に築いてあって、どの施設も外部ケーブルに頼らない独立運用で電磁パルスの対策がしてあり、衛星とも連携して広域を警戒、周辺の情報収集と伝達は万全などなど、空からの奇襲はまず不可能だな』
「挑発的な作りが鼻につくわね」
作戦時に仕事が割り振られる実働部隊約五百人が集まる会議室にて、山を盾にしたマップを見ての私の独り言はスピーカーから大声で流れた。全員会話に参加できるとか、ノクちゃんが滞りなく進行するようフォローしているし、プー兄さんのホログラムは椅子に座った姿勢で宙を浮いてキーボードを操作しているように両手を動かしている。本体はどこで何をしているのやら。そして反応したアビャーナの声も増幅された。
「挑発的とは?」
「小国相手にスクランブル発進なんてしないでしょ。つまりパプリカ国に対して、国境の基地を取れることはあっても、あくまでウチが取らせてあげているのであって、その気になれば要塞から主力が出撃して潰せるのだぞ? と世間にも向けて遠回しに言っているのね。小物感のある先輩がハンデをつけて後輩に負けた時に出す雰囲気みたいなヤツ」
「ククク、ひとりいたな」
アドラーのツボだったか。当人にしか分からない学校・職場の人間関係や隣人トラブルのような感情ってどこの国にもあるんでしょうね。プー兄さんは興味なさそうに続けた。
『パプリカはそういう屈辱もあって要塞を落としたいのかもな。ともあれ、空からの急襲は難しい。山脈に沿ってSAMや高射砲など隠すように大量に配置されていて、力ずくで突破出来そうなのはお前くらいだ。声がかかった理由でもある』
そのくせ馬鈴薯国のほうは航空部隊を出せるから、地上部隊で山に登って設備を攻撃するのは無謀、と。
「じゃあ正攻法は地上部隊がトンネルを通って正面突破、くらいしかなくない? どのみち制空権をとられているから勝算ゼロでしょ。まさか私ひとりで空を取れと?」
出来るけど、国として情けない。常識的にありえない。
『お前の采配と航空部隊の多大な犠牲を前提になんとかなれ、てなギャンブル精神みたいだぞ』
「へぇ、覚悟があって私の好きにしていいなら……、面白いかも」
お、外が見えてきた。トンネルを抜けた先は、荒廃したかつての未来都市みたいな光景だった。地面も建物も白いコンクリート、メタリックシルバーな装甲、剥き出した鉄骨の赤茶、そこに薄く積もった雪が煤けて黒く、人工の光が見えなくていっそう廃墟のよう。百メートルは超える高層ビルが乱立していて、屋上に覗く何本もの砲塔やロケットポッドから対空設備なのは分かるけど、中空は下に向けた防衛か。普通は外からの攻撃を跳ね返す前提が要塞なのに、中まで侵攻してきた地上部隊を多方向の上から攻撃ってこれまたお城の思想じゃん。滑走路が地下に隠れているのは安全な発進に有効そうだけど、こういう見た目の要塞は珍しいから実験作かもね。
トンネルを出るや否や、足の速い巡航戦車五十両近くが先陣を切って扇形に展開すると、砲台横にくっつくスモークディスチャージャーから煙幕弾を発射、前方の射線を妨害した。敵からするとトンネル出口に集中砲火すればいいのに、なんならトンネル崩しちゃえばいいのに、てなるけどそこは美学に反するとかなんとかそういう話。例えば地球でいっとき、無人兵器が大流行した。これ賢い? 自分は安全な場所から何も懸けずにゲーム感覚で敵を殺そうと考える人間は賢いのか。匿名で言いたい放題炎上させる旧時代のネット利用者と同じじゃん。プー兄さんほど極端じゃなくても、軍人には自分なりの美学とか命より重い信念とか、なにかしらの浪漫が必要らしい。それがなければ軍人はただのキモ陰キャ。民兵にすらなれない。
友軍の身体を張ったクリアリングが終わると、次に戦車を追い越しナハシュたち先行打撃部隊四十七両のロボットが前線に滑り出た。
全機フローターに換装して、水上や舗装路などおうとつの無いフィールドでは機動性が頭抜けている。アレよ、エアホッケー。子供のころ無双したなぁ。
ナハシュたちはそのまま四、五両の小隊に分かれて散開、道路を走り回ってターゲットを取る回避タンクの役割をこなす。そこら中のビルの中間から機関砲の連射音が轟くけど流石は元軍属。怖気づくこともなく蛇行しながら的確に反撃を加えて銃座を潰して回った。
さらに後ろからシーバたちが牽制射撃している間に友軍の車両が続々とトンネルを抜けて放射状に自陣を広げていく。今回は敵の数が圧倒的に上だから、シーバたちは無理せず後方に置く。
『エリアJ2エンカウント、システム起動』
『ロケットは戦車にとっとけ、重機関銃は対人、ロボット相手は機関砲だ間違えんな』
『上からは当たりそうにないけどな。ありゃ速すぎだろ』
『確率の問題だ。撃ってりゃ当たる。焦らず狙い続けろ。もう勝ちは見えた』
『おいおい敵さん、三百足らずって戦車はそんだけか』
『国を挙げた一大作戦に師団規模か。哀れだな』
『空に敵性反応なし』
『そりゃな、ここを戦闘機で攻略できたらもう人間じゃねぇだろ』
『ドレスアームズに乗ってもヤベェって噂はあるけど』
『まぁエース級は何乗っても強ぇってのはあるけどさ、ロボットでくるならカモじゃね』
『だよなー。ウチらブルーエンプレスにやられすぎたからもう仕返ししてもいーよなー』
『軍属ってだけで関係ない俺までマスコミに宙賊呼ばわりされたからな。目の前に現れたら蜂の巣にしてやんよ』
『マスコミといえば、馬鈴薯国は規制してるらしいが失敗じゃないか』
『な、良い宣伝になっただろうに』
『ギャハハ、折角聞かれてないなら誰かとっておきの下ネタで煽ってやれよ』
『警告っ、対空レーダーに敵性反応、音速を超えて接近中!』
『き、き、き、きたっ。全力で撃ち落とせっ、頼むっ』
『落ち着け。一機でなにができる。各自迎撃用意』
『え? 反応消失。あ、あぁ、嘘だろ神様』
薄暗い人工灯がトゥルルって視界をかすめる。愛車のハムスターを飛ばして実家に帰り、物語の幕が上がってはや、えーと、あれ、半年も経ってない……だと?
どうあれナメられたらただでは済まさないわよ。私の原点はいつだって胸の奥で燃えている。
わたしとわたしのかぞくをナメるヤツは、ムカつくヤツはぜんいんぶっとばす。
トンネルを二秒で抜けて要塞も通り過ぎて大きく左旋回。対空網が高度四百メートル以上に向けて完璧なら、四百メートル以下で戦えばいいだけでしょ。上下の旋回、インメルマンターンもスプリットSも使いにくいけどたいした縛りでもない。
『あ、あた、あた、頭おかしい』
『センセー、ボク、イミわからんでゴワス』
『むりっ、こわい、むりー』
[そこまで驚かなくても。エースと言ったらトンネルじゃない]
『『『どこの常識だよっ!』』』
え……、じょう……、しき……、じゃない、だと?
『そういやお前が入隊する前にエクス軍用シミュレータにトンネルデータを入れてたな』
犯人アンタか。難度エース、て変なマップの数々とゲーマーな表記に疑問を持つべきだった。




