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いつか深海に眠るとしても  作者: 丘上
第二章 スキャナー星系
31/35

30.光芒



 脳内の三次元レーダーと肉眼のどちらにも意識を割いて、数秒後の飛行ルートを思い描いて操縦する。吹雪の中、ウインドシールドは車と同じく通電熱によって霜がつかないようにしてあるけど、それでも量が量だから瞬間的にペタペタと貼り付いてストレスになる。百分の一秒が命を分ける戦場でこれは想像より怖い。遮光モードも最低限にしてあるから、白と灰色の世界が終末のような不気味さを演出している。


 視界の隅を敵機が横切った。なるべく自分も敵も危険になるコースを選んでいる。ドッグファイトは平均時速五百キロメートル前後、目で敵を追える安全運転といっていいのか、音速の三分の一程度まで落とすから、広い空中で三次元機動していて衝突することはほぼないけど、意図的に事故を誘う位置取りで敵を怯ませようとしている。もちろん対空砲の対策でもある。地上から視認不可のレーダー頼りなのに敵味方団子状態の中を撃ってきたら笑っちゃうほどクレイジーね。


 時速三百キロメートルまで落としている敵機を上からバルカン砲ですれ違いざまに撃ち抜く。私はあえて時速八百キロメートル前後で機動して、群を一直線に抜ける時は千四百キロメートル、音速を超えたりして煽り運転しまくっている。あまり速度を落とすとミサイルも当たりやすくなっちゃうわよ。


 『メスィ、敵機撃墜。これで三機目いい感じ』

 『ミッドウェー、敵機撃墜。なぁ、こんな悪条件でやけに調子が良いんだが』

 『NO.131752、敵機撃墜。いまごろ気付いたの? これだから素人は』

 『なんの素人だよ。それと謎のナンバーじゃなくコールサイン使って』


 『……ああ、そういうことかブルーエンプレス、これがお前の戦い方なのか』


 何故他星系にもいるのか不思議な親衛隊たちはともかく、ホワイトアウトも気付いたか。

 そう、私は戦場を支配する。一対一が強いだけじゃネームドエースは名乗れない。戦局を左右するほどのナニかが求められる。私はヴィジュアルのせいかアイドル的な影響力とか勘違いされやすいし、シミュレーターの動画が有名なせいか一対一の強さが目立つけど、実際は詰将棋を指すように戦場という盤面を見下ろして、自分も含めた全ての駒をコントロールする先読みが私の強さの特徴になる。


 敵を遅くして、敵の注意をひいて、味方が狙いやすい方向に誘導する。

 バルカン砲以外の武装はさっき地上相手に使いきった。もとより私ひとりで全滅させられる数でもないから、味方をどこまで利用できるかが将に求められる能力よね。

 さらにいうと傭兵っぽいとも思う。例えばこの戦場を私ひとりの活躍だけで勝ったような印象を世間に与えたとして、スポンサーは満足するだろうか? 逆効果じゃね? 今回の戦争に対するモロヘイヤ国トップ層の思惑は分からないけど、とりあえず傍観する他国の視点で考えると、私のおかげで正規軍が活躍することが雇って正解といえる。傭兵団長としてはそういう立ち回りを意識しないとね。とかカッコつけてみる。


 『電子戦機、三機発見、マークします』


 [ナーイス、見つけた]


 ステルス性能に振り切って身を隠し、ジャミングでミサイルの誘導性能を下げたりロックオンを強制解除したり、あるいは逆に味方の性能を上げるとか、バフとデバフに特化した電子戦機は集団戦で一番厄介かも知れない。悪天候のせいで目で探すことができなかったけど、続けて味方機が落とされる展開に焦って、より効果を高めるために近付いたせいでグリンカンビに見つかった。厚い雲の上からどうやってステルスを看破したのやら。


 『速っ』


 急加速からの宙返り軌道で集団より四百メートル上を旋回していた電子戦機の後ろにつけて、天地反転のまま撃ち抜き下に戻る、途中で傾けて横旋回。複雑に動かないと私の後ろにつけようと躍起のチームがいる。


 『雲に逃げろ』

 『本気か? てはぁ?』


 速度が違いすぎてどう足掻いても私から逃げられないと悟った二機は雷雲に突入した、から私も迷わず後を追い、フラッシュに照らされた輪郭に向けてコンマ一秒トリガー。追突しないよう傾けて横にズレつつ角度を修正して再びトリガー。ほぼ一瞬で撃破した。味方を活かす立ち回りどこ? ひとりで片付くならひとりで片付ける、一対一が強いのは言うまでもなく当たり前じゃんダブルスタンダードじゃありませんー。


 『ノイズが消えた』

 『っしゃー、アルマダ、ミサイル命中』

 『goodkill』


 ここまでに味方は三機撃墜されたけど、敵は十数機、三倍以上倒して開始時の不利は消えた。戦力比も勢いも支援効果もこちらが上。開けた戦場で制空権を取ったら地上の制圧も確定。というわけで大勢は決した。

 向こうのエースとその部隊に仕事をさせず、私は敵を振り回して好きに動いた結果。とはいえこれで引き下がるほどエースのプライドは安くないか。ホワイトアウトはむしろ激しさを増して後ろに食いつこうとしてきた。簡単にとらせる気はないけど、やっぱ戦いは意地くらい懸けなきゃ燃えない。


 『フォックス1』


 ホワイトアウトが至近距離からミサイルを撃ってきた。結果論だし使わないより使ったほうがいいとはいえ、電子戦機が落ちてから使うのは失敗よね。私は機体を傾け急旋回しながら急減速で旋回半径を小さくすることで、ミサイルは大きくふくらむ弧を描いて追い越してしまった。ちなみにフォックスという掛け声に意味はあるけどない。もとは味方に警告するためにミサイルの種類三つに番号を振った決まり文句だそうだけど、流石に黎明期以降はIFFといって敵味方の識別が戦場単位でコントロールされているから、味方を間違ってロックオンという事故は起きない。私は通信を使ってまで言ったことはない。多くの戦闘機乗りにとってはアレよ、バトル漫画の技名を叫ぶ的な? 


 『そこっ』

 『フォックス3』


 へぇ。私が旋回するのを見越して、ホワイトアウトの僚機二機が私を前後から挟むように直進して、同時にミサイルを撃って離脱した。レーダーの動きから予測はしていたけど洗練されたチームワークは素直に凄い。ちなみにフォックス1は母体がミサイルを誘導する。2はミサイルが熱を感知して追う。3はミサイルにレーダーが搭載されて勝手に追う。ついでに兵士のブラックジョーク、4は特攻。つまり回避する側は、1と3はレーダー撹乱のチャフ、2は熱のデコイをばらまくフレアが有効って使い分けが必要だから間違えやすい。回避で解決すりゃいいのよ。


 『フォックス3』

 『こいつまで避けたらたいしたもんだ』


 私は旋回を続けながらバレルロールで機首を下に向けるフェイントをかけてから上に向けた。レーダーに映る僚機はもう二機いて上下から挟む機動。さらに先に挟んだ二機は私が左右に機首を向けた場合に備えて旋回、そしてフリーのエースは大きく離れてから高速接近中か。なんとなく追い込み漁。

 上に突進する私の後ろにミサイル二発が白煙を引きずりカーブしてついてきて、上下から挟む二機からもミサイル発射。前に一発、後ろに三発って豪勢ねぇ。


 私は前の一発をバレルロール、ほんの少し角度をずらしてから機体を反転して回避。かすった音が聞こえないのが不思議なくらいの白煙を散らしてそのまま前方の、ミサイルを撃った機体に直進した。


 『はぁぁ?』


 ほんの百分の一秒。キャノピー越し、手を伸ばせば届きそうな距離に敵パイロットの顔をガン見しながら、スロットルを握る左手を離して微笑み敬礼してすれ違いざまに煽ってみた。相手も首を上向けて私をガン見していて、フェイスシールドを透かしてあごが外れそうな大口を開けていた。


 その敵機が慌てて機首を反らしてかわしたミサイル三発は私を追い続けたけど、私は速度をもっと上げて雷雲に突っ込んだ。その直前、背後をなぞる射線。私をかすめて雲に数条空いた穴。やはりこのタイミングで狙ってきたか、対空レールガン。連携が綺麗すぎたからそういう打ち合わせがあってトドメは……、と思ったら案の定。


 『おいおいここまでハメて外すなよ下手くそっ!』

 『全然想定と動きが違うじゃねぇか』

 『レーダー上の光点が重なりすぎなんだよ』


 [ブリッジ、ターゲットは見えた?]


 『バッチリ、ファルケ1、リンク』

 『オーケー、一分で始末する』


 レールガンはコルベット級のマモちゃんにも積めることから分かるように、戦闘機を撃墜する程度で良ければカマクラくらいのサイズに収まる。旧式の高射砲と変わらない。マモちゃんは駆逐艦サイズも倒せるように一回り大きいけど。

 なのにグリンカンビが捉えて送ってきたデータを見ると、一軒家くらい。マモちゃんのより二回りは大きい。あわよくばグリンカンビも撃ち落とす気だったか。想定内だからわざと戦闘区域外ギリギリを飛んで見せていたのだけど。


 まぁなんであれ基地内に設置されて周囲を防壁で囲っていても、高く跳躍して空中から狙撃するアドラーにロックオンされたら終わりね。そしてあなたたちも。


 『しまっ』

 『セネト』


 みんな私ひとりに注目しすぎ。戦闘全般に当てはまるけど、攻撃が最大の隙。ミサイルを撃ったあとの数秒、標的を意識して後ろが(おろそ)かになるから簡単に狙われる。ホワイトアウトの僚機二機が撃墜。もう二機も後ろに食いつかれて振り切ろうとスネーク機動。そしてリーダーへは。


 [視野が狭いと危ないって忠告したのに]


 『戦功に(はや)っちゃったねぇ』


 ミサイルを置き去り雷雲を突き破るスプリットS、急降下でホワイトアウトに上からバルカン砲。当たらないけど相手は怯まず機首を上に向けた。互いに後ろをとろうとする、語源通りのドッグファイト。その最中も半透明な()っとい射線が私から見て縦か斜めに通り過ぎて、ここ見てって構ってちゃんのように雲に穴を空ける。


 『なぁ流石に外れすぎだろ』

 『地上でも当てられない武器を宇宙で運用してたのか?』

 『あークソっ、四基大破、さっさとキメろ』

 『火器管制システム(F C S)がバグってねぇか』

 『……多分そんなんじゃねぇよ』


 『そだねー、この(ひと)、嘘みたいなテクニック使っててひくわー』


 ふーん、近くを飛んでて気付くあなたも相当よ。流石エース。言っとくけどわざわざ通信で敵に答えを教えるほど無能じゃないわよ。士気を挫くとか騙すとか、駆け引きの目的もないおしゃべりをする気はない。


 『……やっぱり。ヤツの飛行ルートをマップに出すぞ』

 『これがなに?』

 『うわぁ』

 『基地からアイツを結ぶ射()が無ぇ。全部()で狙うしかない』


 雲を貫いたせいかどうかは分からないけど、天候が落ち着いてきた。惑星と恒星の角度とか関係あるのやら、なんか故国の明け方みたいな紫っぽい色合いに染まり、風情を無視して撃ち合う喧騒が下品に見えてきた。戦争は下品には違いないか。


 『さらに』

 『まだあるのかよ』

 『ただの二秒も同じ速度じゃない。つまり』

 『おいおいまさか、宇宙仕様のFCSすら機能しない?』


 『俺も意識はしてるけどここまでは無理だなぁ。アンタ想像以上のバケモノだよ』


 [エースに褒められて光栄よ]


 基地から私を狙うとして、線上を飛ぶと当たりやすいから線に対して上下左右に角度をつける。ドッグファイトでもやってる基本ね。さらに敵が基地の外からも狙っている可能性があるのと、実弾系ほぼ最速のレールガンは私も見てから回避はギャンブルだから安全な機動を心掛けた。ほぼと言うのは理論上の最速にロマン兵器が控えていて、レールガンが最速なんて言ったらうるさい人がいるから。


 『FCSは対象までの距離、自分の速度、対象の速度、重力や風力、高低差や風向きなどの条件に基づき、自分の武器が対象に届く時間をS秒、対象の現在位置をA、S秒後の対象の位置をBと入力して、AからBに変わった現在位置からS秒後の未来、対象がどの点に存在するのかを予測して、その点を貫くための偏差まで演算して射撃タイミングを教える装置だ。つまり、対象が数秒は同じ速度か、でなきゃ点に続く線上にいないと当たらねぇんだよ』

 『悪ぃ、ちょっと何言ってるのか』


 『同感っス』

 『シーバ、ステイ』


 これが例えば人がライフルを構えて、百メートル先を時速三十キロメートルで横切る車を撃つのであれば、複雑な計算なんて必要ない。まぁそれでも素人には当てられないかもだけど。ライフル弾が百メートル先に届く時間は一瞬、重力による弾の落下、偏差もたいしてない。車なんて大きな的がゆっくり動いても止まっているに等しい。でも、距離が離れれば離れるほど、自分と対象の相対速度が速ければ速いほど、ついでに風が激しいほど、点で当てることは難しくなる。


 実はこのFCSに関して、長年止まっていた技術に革新をもたらしたのがプー兄さんだったりする。さっき言ったように速い物に当てるのは難しい。宇宙はゴルフクラブフルスイングで百発百中ホールインワンするほど難しい。従来のFCSでは演算が遅すぎて宇宙戦争は不可能という結論だった。光子スパコンは第八世代とかそんな感じ、もう五百年くらいは天井で誰も研究しなくなった分野だったのを開拓したのが我が家の天才になる。つまり最近世界が大きく変化しようとしている原因を作った犯人は、宇宙戦争の可能性を引き出したプフェートなのだ。真にやべーヤツ。


 そんなやべー発明が身近に生まれた以上、そりゃ私も対策済み。いずれ二秒同じ機動を続けたらワンパンされる環境に変わると言われたら、常に速度を変える機動を身体に叩き込むわよ。そういう訓練をシミュレーターで積んでいたら最強と呼ばれた。昔予測も何もない弾幕ゲーされた時はカチンときたけど。


 『だぁー、クソっ、降参お手上げー』


 『ウッソ、とった、ホワイトアウト、NO.98055、ガンパレニョン小隊ユキグミが討ち取ったりー』


 僚機も全て撃墜されて精彩を欠いた敵エースは、後ろの私を振りほどこうと急減速して曲がろうとした隙を撃たれた。私は胴体を狙って外したことはないけど、友軍のバルカン砲は翼を吹き飛ばし、ホワイトアウトは元気良くベイルアウト、椅子ごとどこかに飛んでいった。いつ見ても間抜けな絵面。


 残る敵機は逃げ腰で距離を置いたから地上を見ると、アドラーも終わって別の目標を探しているし、シーバたちは前回の周回射撃を真似て飛び跳ねているし、新加入のナハシュたちはワンテンポ遅れてシーバたちを追随してフォローって安定した団体行動を取っている。あ、シーバたちが生姜軍撤退ラインに近付かないよう指示してる。助かる。トラップに守られているし、逃げ道を刺激したら死に物狂いの反撃をくらうからね。


 『司令官デキシトラーゼ中将より、これ以上の損害は無益、総員撤退する』

 『しゃー、やってられっか逃げろー』

 『文官から先っ、キッチリ守りきれ』

 『あのー、俺の回収頼んます』


 『おぉぉ、ウチが初めてここまで落とした。歴史的快挙だぁ!』

 『ハハハ、ニュース速報出てる出てる』

 『映る前に顔に泥つけて激戦感出しとこーぜ』

 『フルフェイスでいつ汚れるんだよ』


 良し、空も地上も友軍を活躍させて勝つミッション、コンプリート。


 気付けば雪はやみ、穴だらけにしたせいかどうか、天井を一面覆う雲のそこかしこから陽が差し込み、一応残心、警戒はしつつも美しい景色に見惚れて飛んでいると仲間からの通信が。


 『姐さんマジ空の女帝っス』


 [なによ急に?]


 『異議なし』


 地上に掃討戦の支援攻撃を済ませた友軍機が次々と私の後ろにつけて編隊飛行する。


 なんで? あなたたちが主役っつってんじゃん。


 一幅の名画のような感動に反する釈然としない後味を残して基地攻略は終わった。

 


 

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