29.瀑布
モロヘイヤ国境キャンプ 時刻09:00
除雪したあと薄く積もった雪を踏み溶かして、正規軍が生姜国への侵攻を開始した。王都が遠い関係で生姜国ではまだ八時台とか、互いに基地まで道が敷かれている茶番感とか、突っ込む角度に悩む文化の壁が見えるけど勉強する気はない。
私たち傭兵団はモロヘイヤ国上空のグリンカンビで待機中。いつでも出撃できるよう、機体近くの整備士詰所みたいな小部屋に何人か集まって、戦場ライブを観ながら談笑している。シーバたちも実戦に緊張しないのは上々ね。もともと度胸はあったか。
「予報通り荒れそうだな」
「生身の兵士は大変っス」
「そうでもないぞ。パイロット以上のスーツ着てるから」
まぁそうね。パワードスーツにフルフェイスヘルメット。データリンクで連携をとりながら生身では持ち上げることも出来ない重火器を扱うこともあるのが現代の兵士。統治者の本音は適度に人口を減らしたいのだとしても、古代スタイルで戦場に送るほど鬼畜ではない。当然暑さ寒さの対策もしてある。ヘルメットなしで戦場にいたら鼓膜逝っちゃうしね。昔はどうしてたんだろ?
「お、早速空は始まったか」
「ほとんど見えねっス」
「折角のビッグイベントなのにマスコミは地団駄ね」
曇天プラス雪で視界は最悪。パイロットからすると、レーダーで状況は分かっても目に頼って天地を間違えそうで怖いかも。計器類の中には地上の方向を示すものもあるけど、信じるのは結構難しい。目が覚めた瞬間脳内時計の六時と薄暗い空を見て早朝と夕方のどちらか分からないような、感覚と計器が一致しない場面はたまにあって、咄嗟に信じるのは自分の感覚のほうだから。人間の感覚なんて錯覚だらけで騙されやすいのにね。
「おー、戦車きた、カッケー」
「戦争慣れしているだけあって展開の早さは流石ねぇ」
速度重視の巡航戦車が基地を半円に囲むように横移動しながら主砲を撃ち始めた。牽制や観測射撃だとは思うけど、挨拶代わりに見える。そして基地からも返事の砲撃音が重なり、雪の煙が、て空ほどじゃないけど見えにくっ。
「国民に見せる一面があるのなら決行をずらせばいいのに」
「国民に見せたくない一面もあるのよ。例えば傭兵の活躍とか」
「生姜国のほうも試作投入は見られたくないだろうな」
集団のすることなんて思惑は無数にあって当たり前。とはいえ着地点の見えないこの騒ぎの半分は私のせいかも。
「レールガンが標準の戦場は怖すぎて実現するとは思えないが、実際戦闘機が消える環境になったらこの先どうなるんだろうな」
『ラッテ様はそれでいいのですか?』
早期警戒管制機といって、グリンカンビは空飛ぶ司令部の役割もあるから艦橋を離れられないアビャーナが会話に混ざった。天井のどこかのスピーカーから声が流れるとなんか恥ずかしい。基本プライベートな個室以外は全部筒抜けって分かっているけど。
「私はなにも気にしないわよ。一般人を巻き込まないってルールさえ守れば他は好きにすればいい。殺し合いにルールとか変だしね。金銭面とかって意味では今後が気になるけど」
「戦争の回数が減って、代わりに一度の死者が増える、くらいの予測は立つが」
「憎み合うとか感情面は大丈夫だろうか」
「戦争は何種類かある。細かい分類は人によって解釈が変わるから無視して大きく分けると、回数で数える戦争と期間で数える戦争の二種類ね。古代は回数だった。収穫が終わる秋から雪が降るまで、もしくは長くても種を蒔く春までに終わる戦争をしていた。だから秋と書いて時と呼んだり天高く馬肥ゆる秋、これから戦争が始まるぞって故事がある」
「おぉー、姐さん物知りっス」
「得意科目はホームランって答えた人と同一人物とは思えない」
略奪文化の西洋は冬に備えて蓄える秋に襲うのが有効だし、農耕文化の東洋も主力が農民だから収穫が終わらないと協力しない。実に当たり前の話。だからヨーロッパでも日本でも百年だったっけ? それくらい長い戦争が起こる。これ正確には年に数回が百年くらい続いた戦争って意味ね。
「保存食など文明が進むと一年中戦争が可能な社会になる。でも可能なだけであって、無理することに変わりはない。徴兵して家に帰らない間はそれだけの数の仕事が止まるわけで、どちらが先に飢え死にするかのチキンレース、という勝っても負けてもほとんどの人が不幸になるのが中世以降の戦争になる」
ちなみに日本の戦国時代が終わったのは、ノブノブだっけ? が職業軍人を作って一年中戦争できる環境に変えたから。ひとりだけ反則したから強かったし、世界大戦などのようにさっさと決着がついた。宣教師から西洋のルールを学んだのかな。
「文明が進んだわりに戦争の在り方は感情任せになって、チキンレースを避けて自国有利の目的を達成しようとすればそれはそれで、テロや民間人への攻撃など手口が陰湿になった。そういう段階を踏んで今、回数の戦争って古代に戻したわけ」
HIVやコロナが自然発生の病原菌と思う健朗な人には陰湿な手口なんて一生分からないでしょうね。突然変異が怖いと言うならなんにでも当てはまる話なのに、結局人には感染しなかった鳥インフルに対して国が過剰反応だった理由はなーんだ?
「現代の戦争はすぐ終わる。個人はともかく国民の多くが恨みを引きずることはない。例えばナハシュは復讐心で暴れたけど、攻撃対象は公爵所有の基地って線引きは出来ていた。もしもここが変わるようなら私はどこの国にも味方しなくなるかも」
言いながら思う。民間人から資金を集めて宙賊退治は早々に飽きたけど、国と喧嘩って響きは惹かれるものがある。そのうちやっちゃいそう。
「まぁ呆れる変化はそうそう起きないでしょ。過激なスポーツで鬱憤を晴らす、という感覚で戦争しているうちは私たちも楽しめばいいのよ」
スポーツ化した戦争について、ヌルいと鼻で笑う人はいる。不謹慎と眉をひそめる人もいる。そのうち戦闘機が消えるとして、もうお前は使える道具ではなくなったのよと、刀剣が美術館に置かれて見世物にされるような寂しさも感じる。それでも、人によって受け取り方は様々だとしても、誰も幸せにならない旧世界の戦争を否定し、無差別な殺人を良しとしなくなっただけでも人類は進歩したと信じたい。
「んじゃ、そろそろ準備しますか」
「ボス、本当に戦闘機で大丈夫なのか?」
「ああ、悪天候が味方しているとはいえレーダーで捕捉はされる。かすっただけでも大破するぞ」
あらあら、そんなに心配? 私は立ち上がると腰に手を当ててニッコリ笑い、椅子に座って上目遣いの全員を見下した。
「エースをナメるな」
生姜国ヘキサクルス基地 モロヘイヤ時刻10:00
正規軍が二つの基地を落として進軍、本隊と合流して再編が終わり、ヘキサクルス基地手前に布陣したのは開戦から一時間後。サクサク進んだけどここまでは前座。
従軍契約を結んだといっても私たちはモロヘイヤ軍の命令系統には入らない。向こうだって異物混入はイヤだろうし、こっちは好きに判断してサポートに回るムーブが最適かな。マスコミも生姜国も私に注目しちゃってるのはどうにもならないとして。
生姜国は待ちの姿勢を止めて、基地からワラワラと戦車が出て横に広がる。その動きを合図にモロヘイヤ軍の戦車の主砲から白煙が噴き上がり、歩兵戦車を盾に歩兵も慌ただしく動き回り、基地周辺にカメラフラッシュのような光がいくつも点滅する。上空からの映像はアリの巣をつついたみたい。戦車だけでも数千両同士が撃ち合う光景は壮観ね。
データだけ見れば戦力はあちら、生姜国のほうが上。互いに旧式兵器を使うから武装の差はないけど、数と練度が違う。さらにあちらにはエースがいるときたらもう、普通に戦って勝ち目はないか。
少し遅れてレーダーにモロヘイヤ軍の戦闘機が多数登場。もしかして先に私が出るのを待ってて焦ってる? 対面に生姜国の戦闘機も多数登場。両軍接触まで四十秒。最低限の打ち合わせはしてあるから、私は指揮車両に向けたオープン回線に繋いだ。
[アタナシア・レミングス、参戦します。みんな、行くわよ]
『『『了解っ!』』』
戦闘区域外とされる上空八千メートルを飛ぶグリンカンビからダイブ。惑星のサイズが比較的小さくて空も低めの気がする。正しいかどうかは知らんけど。
ロボット五十七両が落ちていく口とは別の滑走路から、私もマグちゃんに乗ってカタパルト発進。濃い青から透明な青へ、グラデーションが美しい空を真下に滑り落ち、音速を超えて雷が荒れ狂う雲を一瞬で突き破った先は突然の灰色とキャノピーに貼り付いては溶ける牡丹雪。
『レーダーに反応、一機だけ地上に高速接近』
『対空砲、全門撃ぇー』
撃ぇ撃ぇとかどうでもいい言葉が頭をよぎりながら計器に集中する。どうやらレールガンはまだ撃たず、従来の対空車両が数十くらい、高射砲をめくら撃ちしてきた。相対速度が速すぎて弾は見えないけど、まず当たらない。こんなのに当たったらもう運が悪かったと諦めるしかない。ビビってたら飛べないのよ。
『ブルーエンプレス、私はセムダント、ホワイトアウトの名で呼ばれている。対戦できて光栄だ。多対一は卑怯などと言うなよ。参る』
『なぁ、アレ速度全然落とさねぇぞ』
『墜落してね?』
レッドアラート、地上まで四百メートルをきったらコクピットの計器もHUDに映る情報も一斉に騒いだ。『お前バカかっ』て敵どころか機械にもツッコまれたみたいで笑いそうになるけどスピードブレーキ、主翼から板を出して空気抵抗を受けて急減速する。こんな乱暴な機動をしたら空中分解もありえるけどウチの整備士は優秀だから大丈夫、ということにしておこう。
ズドォォォォン
マッハで墜落からの地上すれすれで機首を跳ね上げアフターバーナー。揚力に支えられて空気のトランポリン。一瞬ホバリングしたかのような挙動で周囲の積雪を爆発四散させた。プールに飛び込み失敗腹打ったぁみたいなヤツ。
そんな私の視界に映るは一列に並んだ敵戦車群。横からお邪魔しまーす。対空砲、フレンドリーファイアしまくりを覚悟で水平射撃できるもんならしてみろやぁ。
『はぁぁぁ?』
『イかれてる、狂ってる、アイツ頭のネジがカオス理論でありますタイチョー』
『お、おちっ、落ち着けっ。我々の相手は正面の戦車だっ。横向くな』
『いやぁぁ、こっちきたぁー』
後方に爆風で雪の壁を作り、地上数メートルをぶっ飛びながら戦車群手前でメイン兵装、主翼に取り付けた九十ミリロケットランチャー二十四発かける四基から全弾発射。さらに腹部のハッチを開けて特殊兵装、スモークディスチャージャーから発煙弾をこれまた全弾発射。ついでにランチャーポッドを切り離ししてあースッキリ、軽くなった。
一番怖いのは降下中の仲間が狙われることだから、前回と同じく先行して囮になってみた。
ロケットは無誘導だから精度は低い。装甲弱めの上から密集した車両に降らしても、多分撃破したのは五十両もない。
列を抜けて弧を描いて上昇しながら爆炎を眺めて愚痴る。
[もうちょっと壊したかったけどこんなもんか]
『開始一分でなにしてくれてんの』
『なにあれぇ、意味分かんない』
『おウチ帰るぅ』
[戦場のレッドカーペット、絵になるぅ]
『…………鳥肌立った』
『やっぱヤベェよアイツ、敵に回しちゃダメだって』
私の戦果はたいしたことないけど、士気を挫く目的は達した。さらに一分くらいは基地の外に展開した敵は視界が潰れ、基地からモロヘイヤ軍も見えない。
この間に味方戦車群は私につられて残弾気にせず撃ちまくり、開始時点の戦力の不利は覆った。あとは仲間に任せて地上は大丈夫。
私の主戦場は空。敵味方合わせて百機を超える空戦なんて初めて。
[ホワイトアウト、返事が遅れてごめんなさい。こちらこそ光栄よ。でも勘違いしてない?]
『なにがだ?』
バリトンボイスがハードボイルドなオッサンの疑問は友軍の声に答えさせた。
『サンディアンコ小隊、エリアS-2アタック、散開』
『レパント了解』
『アルマダ了解』
『サラミス了解』
『ユトランド了解』
『フラン小隊、エリアV-6もらった、フォーメーションラピッドストリーム』
『ヴァンデ、フォックス2』
『メスィ、フォックス2』
『ジェルミ、フォックス2』
『ニヴォ、フォックス2、ヒャッホー』
『ガンパレニョン小隊、エリアH-5いきます、イミテーションエンプレス』
『ァ゙ァ゙ァ゙おねーさまー、ガチおねーさまー』
『ずっと見てます、死ぬまで見てます』
『あ、いま目が合った。ホント、ほら、てテメぇそこどけフォックス3ぃー』
『隊員NO.98055、絶対守るから安心して』
『あのー、キミたち、返事しよ?』
モロヘイヤ軍と生姜軍の航空部隊が衝突して、吹雪を透かしてあちらこちらに火花が上がった。全景は見えないけど敵は赤、味方は青の三次元レーダーの光点と向きでおおよそは視える。
[多対一じゃないでしょ。こんな日は特に視野を広げないと危ないわよ]
『ククッ、忠告感謝するが吹雪は私のフィールドだ。こちらこそ戦い方を教えてあげよう』
『ミルクセーキ小隊、エリアこことかにあれ撃つっス』
『プリンパフェ小隊、カロリーの暴力に溺れるがいい』
『カツドン小隊、ひとあしお先に甘味は卒業したわ』
『シーバたちっ、気を抜けすぎ帰ったら青汁よ』
『アビャーナの鬼っ』
ちょ、恥ずかしいからやめて。
『おいおいエスキモアで青汁頼んだら……、変わるぜ、世界?』
そういやこの星野菜に情熱あったか。




