25.降下
私は寝室で服を脱ぎ捨てGスーツに足を通した。他のメンバーも自室に帰って準備中。地上の騒ぎに介入するかどうかは未定だけど、準備だけはどれだけ早くしても無意味にはならない。今のところは行く気まんまんだし。ルージュをひいてンーッパ。寝室を出たあたりで脳内にいつもの……、ではない新BGM。気分屋なんだから。あと誰このホログラム風のオッサン。
『それではブリーフィングを始める。なお、この説明は各自のエクステに送っているとはいえ端末経由だから盗聴されている前提とする』
「了解」
『お口チャックっスね』
『当然ですわ』
『……ペタゴーンらっきょう国の者が見ていたら悲鳴を上げるな』
「へぇ、この無表情にパラパラ踊ってる人って、へぇ」
当然の警戒ではある。エクステの盗聴は流石にないけど。エクステは端末も含めると何重ものセキュリティに守られている。具体的には聞いて理解出来なかったけど、接続が正、副、予備の三系統あって、交感神経と連動して頻繁に切り替えることで侵入を防ぐ、とかだっけ。改めてちょっとなにを言っているのか? まぁ万に一つもハッキングさせない仕様ってのは感じる。ちなみにエクステは検索用に定期的にネット情報を仕入れるけど、その情報は端末が仕入れてから受け取る。どの情報を仕入れるかは本人の趣味や学習意欲などの傾向からまとめられる。一兆冊の本があるとして、全部コピーしても膨大な無駄だよね。
『結論から言うとこの事件の真相なんてものは知らん。一応アタリはつけているがここで話すことでもないから概要だけ。かつてペタゴーンらっきょう国に北方国境防衛を担うセルピエンテ辺境伯家があり、長男のウルト・ディア・セルピエンテ、ミドルティーンだから少年か青年か微妙だが、開発部に所属するこの男が短距離転移の開発者だ』
ほほう、学業はスキップか。たまにいるよね人生の効率厨。プー兄さんなんかは出来るけどしないタイプ。遊べる時代を捨てる働きアリって賢いのか、て無一文で歌うキリギリスのストリートミュージシャン。
『王家所有の宇宙戦艦ドレッドノートは、避難用のグリンカンビと違って戦闘目的をアピってたから改修ついでに搭載されてな、ウルトの名も天才現ると星団中に鳴り響いた。短距離限定だとしても小惑星規模のワープゲートを必要としない安定したワープの成功。この男の情熱は小型化などの改良に向いていたらしい。天才というより秀才と評価してやりたい』
あー、スキップもだけど努力が垣間見える、と。野暮だから言わないけど、プー兄さん、この人と知り合いっぽいな。
アテナの居住区を歩いていると他の娘たちも忙しそうに持ち場に向かっていた。現在エスキモア宙域内とはいえ太陽寄りで待機していたから、接近するために移動中。通信だの法律だの兵站だの、後方支援の中身を把握はしてないけどいつもありがとう。
『そしてドレッドノートには世界で唯一、メガ粒子砲が搭載されていた。最重要国家機密であり全てが謎のベールに包まれている。開発者はコズキラーノ公爵家の者で二十年ほど前、この者も天才の名をほしいままにしている』
うん? 名を出さない、憶える気がないって変ね。メガ粒子砲なんてロマン兵器代表みたいなもんなのに。つまり、この人の発明ってのは怪しい、と。まぁ身分の高い人の手柄泥棒はあるあるか。
『一年ほど前、ウルトは死亡した。なにかしらの開発中の事故死。俺もかつては開発部所属だから分かるが、あそこは事故なんて日常茶飯事、だからこそ安全は人一倍配慮される。性格はともかく優秀な貴族だらけの部署だし。ところで、ウルトには、メガ粒子砲小型化も成功か? という噂があった』
うわぁ。黒、真っ黒ね。公爵家、やっちまったな。でも小型メガ粒子砲は見たことも聞いたこともないから、ははぁーん。
そういえばメガ粒子砲について。新しい発明自体は素晴らしいことだけど、凄い兵器かというと別に。レーザーと同じく地上では使い途がない。粒子、すなわち小さな質量だから重力にも煙幕にも弱く射程が短い。宇宙で使えばレーザーと同じかな、くらいの評価になる。つまり他国が少なくとも軍事面で焦るようなリードではない。なんせ宇宙は熱攻撃のレーザーのほうが理にかなっている。船の外、気圧ゼロの宇宙空間は融点沸点が低い。水は二十数度で沸騰する。金属の融点とか知らないけど低いのは確実なわけで、だからレーザーで装甲が貫けるし、金属蒸発による気化爆弾状態で爆発する。地上でレーザーに当たっても宇宙戦闘のようにはならない。金属さんは熱っ、てなるだけ。宇宙の戦いがどんだけ無茶か、これだけでも分かるでしょ。だから宇宙仕様の装甲を地上で使うようになったら小国はお手上げかも、てなる。
『後日、セルピエンテ辺境伯家当主が王宮内で公爵家当主に斬りかかり、その場で近衛兵に斬り伏せられた。何故そんなことをしたのかは不明。ただ、違法は違法だから家門は即日取り潰し。卑怯な不意討ちの上に仕損じるとか、武門の辺境伯家当主にあるまじき情けない事件として嘲笑を浴びた』
なんかもうドロドロねぇ。辺境伯家子息の不審死に検死で気付かないはずがないから圧力があった。公爵家だけでは無理がありそう。王家すらグルか? そんで勘付いた厄介な当主も強引に始末したと? 公爵は証人確保の見物人として他の貴族も巻き込み、辺境伯家当主に小声で挑発かなにかを言って、逆上させたところを、とかって筋書きかな。
『セルピエンテ辺境伯の役目は新たに叙爵された者が継ぎ、残った次期当主であり軍属だった長女、ナハシュ・ディア・セルピエンテは貴族籍を剥奪されたあとは行方不明。同じく自主的に籍を返納した家臣団も忽然と消えた。そしてこの騒動だ』
はいはい、なんかデジャブと思ったら忠臣蔵か。細部は違うけど雰囲気はモロね。ニュース映像が雪景色だったせいかしら。当主なんてガチのタクミノカミじゃんオモシロー。
「ロボットとか個人で用意できる物ではないのに、やるじゃない」
『あ、ホントだ。ロボットごと宇宙船や要塞パクった人見て感覚がマヒしてるっス』
『良かった。おかしいと思ったの私だけかと不安だった』
『ラッテ様に感心されるだけで合格ですわ』
『ウチもそうだが有能な貴族家は秘密基地くらいは用意してあるものだ。国境防衛が任務の武門の家ならなおさら、家臣団も運用できるレベルの備えはしてあったのだろうさ。あと当主の妻の実家のほうも少なくない援助があったらしいし』
ふむふむ、だいたい理解できた。
アテナのワーレイ(※壁移動、ウォールレールの変化)で通路を飛びながら端末つついてニュースを観ると、やってるやってる。基地自体は奇襲で落としたとしても、報道陣が集まるくらいだから早く情報が出回ってるわけで、公爵家も家臣団かなにかは知らないけど、戦車の砲撃だの戦闘機の空爆だの派手に自分の基地を攻撃している。公爵家はおおごとにしたくないから落ちた基地の損害無視して早く終わらせたい。おおごとにしたい元辺境伯家嫡子の狙い通り。どこの王侯貴族も宙賊問題で庶民の信用をなくしている今が叩く好機、と判断してのマスコミも巻き込んだ行動は悪くないけど、ふむ、結局は忠臣蔵か。全員死ぬメリバのつもりっぽいわね。
『セルピエンテ側の戦力はドレスアームズ三十四両、どれも半壊状態。公爵側は主力戦車エンゲーIV約八十両、巡行戦車ケイスーン約百二十両、歩兵戦車メイガン二式約五十両、攻撃機ワイバーン八機、マルチロールマンティコア十五機。歩兵は後方に下げて迫撃砲をメインにしている。戦車はこうして話している間に少しは減っているが、どちらも距離を詰めないから見た目よりは決着に時間がかかりそうだな』
基地襲撃だけでも大きな被害があったのでしょう。基地を落としたことが大金星で、その先は続かない。カメラ映えを意識してか、弾薬は十分用意してあって、映像のナハシュ側は基地の建物を盾や足場に回避しながら絶え間なく銃撃しているけど、圧倒的に数も質も足りない。見た感じ一対二十くらいかな。公爵側はロボット投入はなく離れて囲んで数撃ちゃ当たる戦法って力技。まぁナハシュたちは空を取られている時点で詰んでいる。うーん、ちょこまか動いて最後がしぶといドッジボールみたいな絵面だから二十分くらいは保つかな。宇宙から現場まで一時間は欲しいから、おや。
「ところでプー兄さん、時間稼ぎ可能なの? ちょっと展開が早くて介入は無理っぽいんだけど」
『そこは問題ない。むしろベストタイミングかもな』
あー、マジか。そういうことかぁ。こっちの星系に来てからの小さな疑問が解けた。兄さん、こっちでも暗躍してたんかい。星人性の違いということにしつつも、どこの国もエースだの弩級戦艦だしてくるだの諸々変だなぁとは思ってたのよ。けしかけてた犯人がいたのね。納得。そしてそこまでする理由も。ちなみに弩級のドはドレッドノートのドなんだって。イングランドが誇る世界初の超大型戦艦がドレッドノート、てエクステが教えてくれた。このコ私のツボ雑学を心得ている。
「じゃあプー兄さん、マスコミ各社に聞こえる形でナハシュと話せる?」
『ほらよ』
[ごきげんよう、おとりこみ中のところ失礼するわ]
『誰だ?』
[はじめまして、私はラティシス・ウッドストック、傭兵団アタナシア・レミングスを率いる傭兵よ。今宇宙から貴女たちの活躍を観て参加したくなったの、ナハシュ・セルピエンテ。ウチを雇う気ない?]
『ハッ、今話題のブルーエンプレスか。これは我が家の問題だ。貴殿に隔意はないが手出し無用』
[うんうん、そういう意地って大事よね。スキャナー星系に来てからこっち、貴族のつもりの宙賊ばかり相手にして食傷気味だったの。わりとエスキモアに幻滅してたから貴女のようなカッコイイ人もいるって知って嬉しくてね。公爵を騙る下郎如きに討たれるのは惜しいじゃない]
『……驚いたな。いつかマスコミが暴いてくれるかもと期待していたが、貴殿は公爵の悪事も見抜いたのか?』
[貴女の父と弟殺しの件? それとも本人ではなく身内の誰からしいけどメガ粒子砲発明の手柄横取りの件? 今日知ってこれだからちゃんと調べたらまだまだあるでしょ。誇り高い貴族のフリした埃まみれの犯罪者、フフッ、傑作]
『はぁ? 横取りなんて知らないぞ』
[ウルトだっけ、貴女の弟の研究成果を横取りしようとして、弟さんは自害したんじゃないの?]
大事な情報はエクステにしまう。これ常識だし普通はこれで安全だけど、絶対ではない。古来からのベタなテは拷問ね。もっとエグい方法は、薬物による洗脳とか。どうあれ一般人には無理でも公爵家なら可能でしょうよ。ついでに今公爵側の攻撃が雑になっている。想像だけど、公爵は早く殺せーってヒステリックに命令して、戦闘部隊は私たちのやり取りは聞いてなくても公爵の態度にヒいちゃってるとかかも。
『そうか、そういうことか。そんな理由でウルトは、アイツは殺されたのか。てっきり後ろ暗い秘密を知って拷問されたと思い込んでいた。……父から聞いた。ウルトの遺体は、外部からの爆発による損傷に見えたが、舌を噛み切っていたそうだ』
[やっぱり。それで事故死扱いって、じゃあ王家もグルなのね]
『ああ。父は騒いでも無駄と悟り、一度は落ち着いて復讐の機会を待とうとした。が、具体的になにがあったのかは分からないが王宮内で我慢できないなにかがあったらしい。無謀と笑われようと父を誇りに思う。損得勘定を優先するなら王家や公爵家のような唾棄すべき連中と同じだ』
ククク、マスコミを通じてこの国の評判ガタ落ちでしょうね。私やナハシュのような暴走イレギュラーさえいなけれぱそれなりに有能な人材かも知れないけれど、良い人ですアピールが必要な連中って、こうやって汚い事実を暴露すると潰せるのが面白い。
[この会話は世間にも流れたから仇討ちは成功ね。満足した?]
『ああ、感謝する。マスコミに頼るのは計画通りだが、貴殿のおかげでスマートに事が運んだ』
[じゃあ私も満足させて。もうしたいことも行く所もないのでしょう? 全員まとめてウチに来てよ]
エクステに映るメンバーたちの進捗をチェックしながら私もグリンカンビに乗船。そのまま地上用の戦闘機の待機所へ。昼行性なのに夜行性のハブの天敵と間違われて期待外れとガッカリされたマングース味を感じるから愛称は、対空戦闘機がマグちゃん、マルチロールがZマグちゃん、出番無さそうな電子戦仕様機はマグちゃん百式。ゼータや百式に意味はない。今回はマグちゃんで出撃。すでに持ち場についていた娘が指示を受けてアイドリングしてくれている。あざます。てか地上用の兵器は宇宙での扱いが大変なのよね。本来適応できるようには作られていないから。
少し長めの間があいてから返事があった。
『……フフッ、高名なエースに認められるとは存外込み上げるものがあるのだな。実のところ、仇が憎くて堪らないのは当然として、内心この状況を楽しんでもいる。そこら中で繰り広げられる戦争ごっこではなく、武人らしく全力で命を燃やすこの感覚、最高の気分だ。このまま散らせてくれないか』
[あー、分かる分かる。私もシミュレータ上の無敗で名を上げはしたけど、戦争ごっこすらない環境で欲求不満を持て余していてさ、最近、やっと命を懸けた戦いを始めて充実しているの。だから言わせて。もったいないわよ]
コクピットに入ってエクステに接続。システムオールグリーン。ざっと目線を流してチェックしていたら軽いG。アテナからグリンカンビ発進。みんなも……、良し、乗り込んでスタンバイオッケーね。
『もったいないとは?』
[貴女、この一年潜伏生活で世界が見えていないのではなくて? 今、絶賛激動中よ。大国を中心に、今ある兵器が潰れたら順次更新が始まる。軍人同士が殺し合うルールはそのままに、ごっこではない、貴族も容赦なく死ぬ戦争が始まる。貴女が今感じている最高の気分には、もっと上があるの。もったいないとは思わなくて?]
『ふぅ、魅力的なお誘いだが━━』
[あーもうじれったいわね。ウルトは未来を視ていた。新しい物を作り、生き急ぎ、自分が利用される不幸な未来を阻止するために死を選んだ。私も自分と仲間の未来はハッピーエンド以外認めない。貴女は最終的にはともかくこの戦場は仇に負ける形で、死地までついて来てくれた臣下たちも道連れに全滅して満足なの? 弟と違って過去しか視てないって自覚ある?]
『貴殿にアイツのなにが━━』
[分からないけど分かるっ]
技術畑のくせに家族を守って見事な最期って誰かさんそっくり。しかもプー兄さんの弟分なら私の家族よ。本人は絶対認めないだろうから言わないけど。公爵軍は私が潰す。これはもう決定であとは筋を通すだけだからさっさと頷きなさい。
[軍人なら勝てる道を捨てるな。貴女と家臣団の命を担保に私を雇いなさい。それでハッピーエンドを約束してあげる]
『ここから勝つ? ……クックック。そんなの、そんなの見たいだけでも死ねぬなぁ。捨鉢のつもりだったこんな命で良ければ貰ってくれ。貴殿を雇う。ブルーエンプレス、その名に違わず天空を支配して見せろっ!』
[契約成立、アタナシア・レミングス、参戦します]
『(ジジッ、サー)(……がりました)よし、やっと繋がったか。ラティシス・ウッドストック、私は━━』
[ブリッジ、らっきょ国に降下の一報お願いね]
『もう出してる』
『聞けっ、無礼者。私は━━』
[下郎と話すことはなにもない。ナハシュ、三十分耐えられそ?]
『正直厳しいが、ま、やってやるさ』
[そっかー、じゃあ……]
『誰が下郎だふざけるなっ! ……ふんっ、まぁいい。お前たちに降下許可なんぞ下りぬし、もう十分もかけずに滅ぼしてくれる。宇宙で指をくわえて見てろ』
[プフェート・ウッドストック、お願い]
ウルトが死んでも漏らさなかったロマンも含めて、全部受け取ってたんでしょ。生産工場のアテナをゲットしてからグリンカンビを改造してたんでしょ。ねぇナハシュ、貴女の知らないところで、誰も知らないところで、平常運転しつつもウルトを殺されて復讐に動く人物がいたのよ。
基地上空千五百メートルに重力が発生し、素粒子すら含めて引き寄せられたものが見えない爆発と共に弾け飛んだ。宇宙のドレッドノートの時は聞こえなかった、夜空の大玉花火をもっと軽くした、スパーンと空気の破裂する音が一帯に響くと同時にグリンカンビが出現して、場が一瞬止まった。惑星エスキモアのなんでやねーん、てハリセンか? 続いて一帯を襲う衝撃波に呑まれ、基地のナハシュたちも、基地を囲んで攻撃する公爵軍も、さらに離れてカメラを向ける報道陣も、全員ポカンとしてそう。
出現と同時にハッチが開き、シーバやアドラーたちロボット十両が真下に降下開始。私も内部滑走路から一部宇宙用に改造済みの電磁カタパルトで急速発進した。地表は剥き出しの大地にまばらな緑、そこに降り注いだ雪景色だけど、私の視界一杯の空は快晴、雲ひとつなく抜けるような青空がどこまでも広がっていた。
[ハァイ、エスキモア。それとらっきょ国? 私は降りると伝えただけであって、お前たち支配者気取りの賊党風情に許可を貰う気も道理もない。空は誰のものでもないし、強いて言うなら私のものよ]
個人も集団も戦闘のコツは虚を突くこと。全員の想定外を仕掛けて作ったおよそ一分間のアドバンテージで一気に潰す。重力に舞え血煙。




