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いつか深海に眠るとしても  作者: 丘上
第二章 スキャナー星系
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23.飛翔



 ずっと息苦しかった。


 まるで用水路の一角、小枝やゴミが溜まる淀みのような不浄感。中心の恒星から数えて六番目と七番目の惑星の間を公転するアステロイドベルトには、各国のコロニーが陣取って縄張りを主張している。ここで生まれた私には、環境の全てが不快だった。

 ここの一日はお隣というか主星、エスキモアを基準にしている。もとよりコロニーには空がない。上を見ても太陽はなく、人工灯の調整によって一日を模倣している。そもそもエスキモアのほうにしたって陽が登って落ちるサイクルを一日、太陽を一周するサイクルを一年と呼ぶ習慣がわりと強引なんだけどね。月もないのに一月とか深く考えずに使う言葉も多いし、星によって時間の長さは違うから統一しようがないのに、気が遠くなるほど昔に捨てた地球のルールをいつまで引きずるんだろう?


 ここ、スタックス馬鈴薯国の所有するコロニー、通称ポテコロで生まれ育った私は、常に見えない首輪を嵌められている気分だった。

 身分社会という名において、人は平等ではないと誰もが理解している。てか同じ庶民グループの中ですらスクールカーストが存在するのに平等を説いても滑稽だよね。

 私は蔑まれる底辺ではなかったけど、上にもいけなかった。人の集まりで最も必要なスキルはコミュニケーションだと思う。


 そう強く感じるようになったのは、初等科を終えた十二歳、ファームに入ってからだった。軍人を育てる一貫学校のこと。ナントカ防衛とか長ったらしい名があるけどファームとしか言わない。

 将来軍属を志した場合、貴族は士官学校へ行き、私のような庶民はファームに行く。なんせ軍属の道は魅力がある。学費は国持ち。寮暮らしだから生活費もかからない。選択したコースによって特殊技能の訓練も積める。適性を見て肉体改造もしてくれる。強制だけど普通の庶民は高額な改造手術なんて出来ないから、これだけでも軍属を選ぶ価値がある。エスキモアは戦争好きなおかげで活躍するチャンスはいくらでもあり、あわよくば一代限りの名誉騎士爵に成り上がる、なんてシンデレラストーリーもほんの少しはあるらしい。


 もっとも、私は出世欲とかはなかった。まずはコロニーから惑星エスキモアに降りてみたかった。見えない首輪に首が締まっているような、酸素が足りないと感じるコロニー暮らしに耐えられなかった。

 すぐに幻滅したけど。降りてみても息苦しさは変わらなかった。場所ではなく、居場所を作れない私に問題があるらしい。まず軍というものは人気、人望、カリスマ、言い方はなんでもいいけど、どれだけ味方がいるかが重要になる。自分になければある人の下につく。そういう処世術が護身になる。

 私は群れに上手く馴染めなかった。コロニー出身という、ハッキリとは言えない微妙な差別もあったかも知れないけど、単純に私が口下手だったせいだ。この上なんの取り柄もなければ戦場で真っ先に死ぬことは想像にかたくない。公に口には出さなくても現実は教える。早ければ十五歳あたりから初陣を経験するこの星の庶民の命は家畜並みだと。

 だから私は腕を磨くことに集中した。欠点がいくつあろうと極論は強ければいい。有名な軍人はたくさんいて、性格は誰もが癖が強そうだし、私以上のボッチだっていそうだけど、共通点は結果を出す強さだ。結果が全て、そりゃそうだ。


 適性検査でも担当教官に教わったけど、私は射撃の才能が高いらしい。もちろん軍事に照らした場合の才能だよ。他の分野だったら、例えば……、リズムゲーが上手いとか? 分からないけど。

 およそパニクることがないメンタル、的確な判断力、思い切りの良さ。そういう点が狙撃手に向いているらしい。ちなみに洞察力やコミュニケーションが高いと斥候、血の気が多いと突撃兵に向いているらしい。でしょうね、って特徴ね。


 専門職のスナイパーはエリートだから貴族がつく。まぁ男爵家の三男とかくらいの貴族だけど、高度な知識と技術を身につける必要がある。

 庶民の私はマークスマンと呼ばれる、分隊員の中では狙撃を任されるポジションについた。


 初陣は一通りの訓練を終えて、俗に三等兵と呼ばれるインターンから、給料を貰える二等兵に就職した十六歳。年に二度は戦争をするスタックスでは予想通りの時期に出撃命令が下った。

 どこの軍も同じだと思うけど、初陣は極力安全な後方からの参加になる。いくら上は庶民なんて使い捨ての道具と思っているとしても、数年育ててあっさり無駄死にさせていたら軍が弱くなる。結局のところ軍の大多数は庶民で構成されているのだから。


 私もマークスマンという立場もあって、スナイパー並みに遠く離れた場所から数発撃っただけの初陣だった。

 なのに、フレンドリーファイアの疑いで憲兵(M P)に連行された。

 脱力感で立っていることすら辛かった。無実を訴えることすらバカバカしい。明らかに故意、イジメの延長みたいなものだ。

 やはり一番重要なのはコミュニケーション、ということだろうか。頭も身体も鍛え、射撃訓練も日々真剣に取り組み、成績優秀の結果を出したはずだけど、嫉妬で敵だらけだったらしい。

 さらにここからがフザけている。連行はされたけど査問はなく、取調室で司法取引を持ちかけられた。


 表向きは無罪放免と引き換えに、退役して宙賊とのパイプ役になれ、だとさ。今投獄されたくなければ犯罪者になれって、慣れた態度で言い放つ目の前の貴族が怖かった。優劣ではなく種が違うような、人に擬態しているエイリアンと対面しているような気味悪さ。


 国も軍も汚い一面があることくらいは理解していたつもりだったけど、まさかここまでとはね。

 もうなんか、なにもかもどうでもよくなった。コロニー出身だからコロニーに帰ってそこを拠点にするマフィアに接触するのにちょうどいい、という理由もあったらしいけど、あとづけでしょ。

 国家に脅されたら私個人に出来ることはなにもない。私は素直に従い、初陣で心を病んだ同期数人に混じって退役した。


 そこからは坂道を転がるようにドロップアウト。嫌いで堪らなかった故郷に帰り、軍の密使としてマフィアに合流した際、家族とは疎遠だったからそちらは気にしないけど、もう退役軍人の自分は死んだものとして身分証を偽造、アドラー・ボルモントと名を変えると、なんていうか、本当に自分の中の過去が死んだ。ほんの少しの寂寥と、最後に残った意地。あの得体の知れない貴族のような、人の心をなくして過去しか見てなさそうな幽鬼とは違う、私はああはならない。


 宙賊は意外と居心地良かった。女の私でも貞操の危機を感じるようなことはなかった。試作の量産型ロボットを持ち込んだ、という役割のせいもあるけど、そもそも宙賊って世間がイメージするほどならず者って感じではなかった。

 やりすぎれば国家を敵に回す。そういう立場だから、民間輸送船を襲いはしても、皆殺しとかはしない。むしろ身代金ビジネスが成立しなくなるから丁重に扱う。客船を襲うと女の人質も多いけど、性的暴行なんてない。最近別の星系で公女誘拐とかニュースで見たけど、アレ相当きな臭いよね。軍属を襲う時点で国家の陰謀に決まってるし、私がこの件に関わる宙賊だったら全てを捨てて逃げると思う。なにをどう足掻いても始末されるオチしか考えられない。


 間近に見る宙賊は、ショバ代を貰って見回りするヤクザくらいには真面目な連中だった。いやまぁクズには違いないから仲良くする気は微塵もないけど、悪いことを自覚しているだけあの貴族よりマシだ。税金を貰って兵器を反社に流す貴族って世界の裏側に吐き気がする。


 それとおそらくはこれが必要悪ってことだと思うけど、私の属する宙賊が、スタックス国宙域にアジトを持つ他の宙賊の抑えになっている。

 全ての宙賊が国の紐付きというわけではない。組織が大きくなった反社は独自の武装集団を作る。そしてなんせチンピラの、バカの集まりだから離反も多い。暴力と恐怖で抑えようとしても内部抗争が始まるのがお約束。


 つまり、私はここから闘争の日々が始まった。


 簡単には当たらないけど当たったら即死の宇宙戦闘。墜落のない宇宙は免許なんて必要ない。いや法的には必要だけど、操縦を手取り足取り教わる必要がない。

 宇宙船なんて高価な物を買って、ブラックマーケットで武装を整えて、やることが犯罪ってコイツら真正のバカとは思うけど、一応帳簿の上では身代金ビジネスは儲かるらしい。

 星間を行き交う船に載る物は、普通の品ではない。近所のコンビニで買える物を星の裏側から取り寄せる意味がないように、他の星から持ち込まれるのは自分の星には無い物。星系間ともなるともっとその特徴が濃い。つまり積荷は確実なお宝か、豪華客船のチケットを買える人種。どちらにせよ襲って奪えば大金になる。未だに海賊すら消えないわけだ。宙賊は、始める資本と強運があれば儲かる。ギャンブル全部に言えることか。


 ロボットなんて国がバックについていると宣伝しているに等しい兵器を使う私たちは強かった。宙賊のアジトには同じく軍から流れてきたらしい整備士がいて、ロボットのメンテナンスは一任されていた。私と同じ境遇だから好ましいかと言うと全然そんなことはなく、一度も声をかけたことはないしかけたくもない。この整備士はいわゆるマッドサイエンティスト、狂人だ。


 民間船を襲う時は武力行使なんてない。向こうも下手に抵抗しないほうが安全と知っているから、広い宇宙で鬼ごっこしているようなものだ。武力は同じ宙賊に振るう。


 何度も何度も戦闘を経験し、自重のない宇宙でシンプルに殺し合い、どうやら才能が開花したらしく、イーグルアイなんて男子が喜びそうな、私はちょっと迷惑な二つ名がついたころ、軍との合同作戦が突然命じられた。もうそこまで明け透けにしちゃうのか。裏側の汚い面が表になるのか。反吐が出る。その上━━。


 『アドラー・ボルモント、この作戦が成功したらお前の軍属復帰、いや、身分証を変えたから改めて入隊できる準備はしてある。せいぜい励め』


 ジャガリコット中佐とやらから通信で言われて、上手く言葉にならない感情で頭に血が上った。スタックスのエースとして有名人だけど、口調が高慢でムカついたとかそんなモノじゃない。

 誰か助けて。息ができない。ヤケを起こして犯罪者のグループに加わって、皮肉にも一番生きやすくて自嘲していたら、まだ解放してくれないのか。私ってずっとこうなの?


 そして赴いた戦場で物語に出会った。


 [今後はスタックス軍が世界中に言われるのよ。まるで宙賊ってね]


 まずは毒舌にスカっとした。私が軍に感じていた不快なモヤモヤを言葉にしてくれた。憧れと嫉妬をこめてトリガー。確実に()ったと思ったらなんなくかわされた。正真正銘の化け物。これがあの有名なブルーエンプレス、世界に認められたエースってやつか。口も機動も態度も、自国のエースとはまるで格が違う。オッサンが図星を指されてヒスとかマジで関係断ちたい。


 始めの一発が外れてからは、明らかに機動が変わった。スコープ越しに拡大して狙い続ける私の視点を覗かれているような、銃爪(トリガー)を引くことすらさせない不規則な動き。お手上げだ。ほんの二秒でいい。二秒後にどこに存在するのか確信できればそこに撃って当たるけど、そんな長い隙は見せてくれない。

 それでも狙い続けて、集中力がかつてないほど高まって、まるで獲物とシンクロしたかのような一体感を味わいながら、もうこの先これ以上はないと断言できる会心の一撃、が外れた。ハハハ、もう笑うしかない。その一撃ですら誘導されたのか。いけ好かないオッサンにフレンドリーファイア。いやフレンドじゃねーし。テーブルクロス引き一発成功したくらいスカっとしたし。


 でもまぁこれで全部終わりか。最後に全てを出し尽くして悔いはない。やっと、ちゃんと、戦士として戦えた。呼吸を止めて狙い、銃爪を引くのと一緒に溜めてたモノを吐き出して楽になった。なのに━━。


 [はぁいイーグルアイ、貴女、私の仲間にならない? 貴女の戦い方、気に入ったからスカウトよ]


 やめてくれ。こんな強者に認められて嬉しいけど、心の底から嬉しいけど、だからこそ迷惑だ。できればもう、生まれて初めて満たされたこの気分のまま、戦士として散りたい。でもやっぱ、本物は違うんだなぁ。


 [貴女、こんな果てのない宇宙の片隅でどんだけ不自由な縛りプレイしてるの? 宙賊は勝てば総取りがルールでしょ。勝った私に従って、三食昼寝つきの星団観光に行くわよついてらっしゃい]


 ああ……、常に周りを観察して、イーグルアイなんて呼ばれて、敵を狙い続けて、自分だけは自分が見えないのか。首輪の正体は自分の両手。不自由な縛りプレイ、愚かな人生を一言で斬って捨てられた。そういうこの(ひと)はなんでもありの自由なんだな。宙賊を倒すあんたが宙賊のルールを持ち出すのかよ。結局は強さが全て。強さとはこういうことか。勝てないわけだ。


 素直に従うとさらに驚きが。自爆装置? 軍ってそんな子供向けアニメの悪役みたいなことをするのか? この人もこの人で対策を考えながら戦闘してた? 無茶苦茶だ。なんか対等に戦った以上は誇り高く散りたいとかカッコつけた自分が恥ずかしいじゃない。


 船に帰ってから経歴を話すと一蹴された。


 「公的にはもう軍とは繋がりがない、宙賊の貴女をスカウトしたんだから何も関係なくない? 元軍人です、でしょうね、としか」


 そうだけど。私がスベったの? 見た目は動画かなにかで見たことがあって、実物はもっととんでもない美女だけど、それ以上に器の大きさがオーラになって襲ってくる感覚が凄い。シーバって初めての友達が一瞬で出来たし、確信がストンとはまる。ここが私の求めた場所であり、私が自分の意思で作っていきたい居場所。あの貴族とも私が撃ち抜いたエースとも違う、自信に満ち溢れた紫の瞳で私を射抜き、ここへ導いたボス。


 大丈夫。この人の後ろなら私も飛べる。空気の薄い空も、空気のない宇宙も飛べる。死んでなお背負ってしまい、重くて息苦しかった独りぼっちのモノローグ、さようなら。


 私は自由だ。


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