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いつか深海に眠るとしても  作者: 丘上
第一章 エドゥー星系
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2.武装



 午後七時 エクス王国王都ペテロパレス


 陽が沈むと人の流れが減って画一的な街並みはいっそう個性を失う。文明的豊かさの象徴のつもりで配置していそうな植林にすら暖かみはなく、俯瞰すれば白一色のペーパークラフトのよう。

 第一区画、我の強い貴族の暮らす街も例外ではない。あるいは出る杭は打たれる、と心配して足並み揃える心理かしら。


 ウッドストック邸二階のテラスに面した遊戯室にて、私は暗くて何も見えない窓の外を見るとはなしに見ながらビリヤード台に散らばる玉を指で転がした。ほぼ誰も使ったことのない、立場上の見栄だけで存在する遊戯室。貴族メンドクセー。カジノのようなルーレット台にポーカーやブラックジャック用のカードテーブル、他にも仕切り板が並ぶダーツスペースなどなど、使われない道具たちが泣いている。父さんが自決する前にハウスキーパーに暇を出したようだからここもすぐにホコリが溜まるわね。


 こういう調度品を懐古趣味と笑う人もいる。ちゃうねん。これはもうこれが正解やねん。

 例えば……、歴史の学習は内容が多すぎていつなにが起きたかニュースの見出し程度にしか把握してないけど、ビリヤード台をホログラムで作った時代もあった……、はず。なんかそれっぽい懐かし映像記録を見た気はする。あれ? 映画だったような。いややっぱ違う。

 ホログラムに限らず、ある程度自己修復するバイオセルロースとか、硬いのか柔らかいのか手触りがバグるゲル化炭素鋼とか、新素材や新技術で既存の何かをバージョンアップしよう、という試みは必ず起こる。

 文明の歴史は試行錯誤の繰り返し。そうやって進んでいくものはたくさんあるけど、コケるものもある。

 ホログラムのビリヤード台かっけー、てなるのはきっと数時間から数日くらい。すぐにコレジャナイ感にゾワゾワして、良く考えたらこれビリヤードじゃなくエアビリヤードじゃん貧乏くせぇ、になる。一言で言えば半世紀前のSF映画を観る気分。リアルタイムでは最先端のつもりでも後から振り返ると失笑か黒歴史に変わることもある。背伸びしたって時間が経てば疲れる。重くて無骨なビリヤード台、懐古ではなく自然体に戻るのよ。付け加えるとデジタルな遊びは八百長し放題って感じない?


 遊戯室の片隅に佇む筐体……、確かデュエル台と言ったかしら。ウチの次男、プー兄さんことプフェートが子供のころに作ったハイテク。木の温もりがコンセプトの室内でメタリックなシルバーがめっちゃ浮いてる。ドローとかセメタリーとか叫んでカードを置いたらブルーアイズなんとかドラゴンが火を吹くホログラムが出るのよね。数回遊んだ記憶はあるわ。


 少し室温が上がって蒸すから窓を開けようか考えていたら、長男のボア兄さんことシュヴァインとプー兄さんが連れ立って入ってきた。


「ラッテはもう来てたか。いや、真面目な時間だからラティシスと呼ぼう」


 私を見るなりそう言うプー兄さんは珍しく身だしなみをちゃんとしている。グレーのスーツに白衣が似合いすぎ。私ほど鮮やかではないけど青みがかった金髪は母譲り。整髪料で七三に固めている。長い睫毛にパッチリ二重の切れ長の目は縁無し伊達メガネで強調。光の加減によって青と紫を行き交うアメジストの瞳は知性詐欺。線の細い長身も相まって、アンドロイドのような作り物っぽい。中身を知らないコからは凄まじくモテる。

 私も母親似で同系統。アレが婚約者だったせいだろうけど男が寄ってきたことはない。女のコからはモテる。中身を見せるとさらにモテる。解せぬ。

 ボア兄さんは祖父似で劇画の実写化。ヒゲが絶対似合うのに剃ってて勿体ない。


 さて、遊戯室に呼ばれた時点で怪しんではいたけど、人にどう見られても気にしないプー兄さんが見た目、形から入る時は要注意だ。本人は真面目モードに切り替えるルーティンのつもりだとしても、おそらくなにかのキャラになりきっているらしく、意味不明な実験とか変なことをする前科がある。


 私が内心身構えていると、プー兄さんは壁際に歩いてダーツの的を九十度回した。

 ビリヤード台に散る玉が全部磁石に引き寄せられるかのようにポケットに落ちていく。てか磁石ね。間違いない。訂正。アナログも八百長し放題だわ。

 ラシャだっけ。台を覆う布がヒュルんと巻き取られ、そっちのデュエル台と同じ金属登場。びっしり埋め尽くされた小さなレンズが淡く光ると台の上に立体マップが現れて横回転を始めた。


 ね? なにが自然体よこの台足がつるまで背伸びしてんじゃんさっきの説明返せ。リアルタイムで黒歴史を更新する兄がいた。


「それではブリーフィングを始める」


 元ネタ知らないけど絶対なにかのゲームミュージックが流れて、ホログラムに別のマップや船や戦闘機も追加された。回転が目にうるさい。本物の軍でこういうブリーフィングはねぇよ。


 リンゴーン、と鐘の音のチャイムが鳴った。来客かしら。


「パレス区南分署でーす。夜分遅くに━━」


 招かれざる客らしい。


「聞こえる通り、まずは警察が事情聴取の任意同行を求めてくる。被疑者死亡の書類送検だからご家族に話を、という体裁だがもちろん茶番だ。父が賄賂を受け取った証拠は捏造して揃えてあるし、御家断絶は確定している。その上で俺たちの身柄を拘束し、名誉を回復するチャンスとかなにかしらの交換条件でこき使う算段が見え透いている。というわけで地下ガレージから脱出する」


 マップが無駄にサウンド(S)エフェクト(E)を鳴らして切り替わる。場所は……、ここ? あー、そこの壁からエレベーターで地下八十メートルのガレージというか基地に直行、ね。他敷地内三ヶ所にもエレベーターあり。へー、ほー。王都は平均海抜四十メートルの第一区画は城を頂点の小山状だから……、海中トンネル掘ってありそうね、てかマップ出た。


「ウッドストックさんいらっしゃいますかぁ」


「デルフィン級特殊潜水艇ケルピーXU-110、最大乗員七名で航続稼働時間は一週間と短いが作戦に支障はない」


 よく舌を噛まないわね、と感心しながら回転する船の隣りに羅列するスペックデータをチェックする。全長21.4mだの排水量水上水中がいくつだのって数字はスルー。それ見てニヤケるのは家族(ヲタク)だけよ。潜航・浮上の操作以外は船舶と同じ。問題ない。武装は……、魚雷もミサイルもなし。CIWSファランクス、迎撃システムなし。船体上部に水平から上空まで全対応の三十mm機関砲が唯一の武器、徹甲(A P)弾はおかわり自由。オッケー。


「あれぇ、おかしーなー、明かりはついてるし居留守じゃないですよねー」


「兄貴、整備は」

「愚問だ。なんなら父上が一昨日降りてたぞ」


 愚問なのか。私だけ実家の秘密を知らなかった件。


「軍はまだ動いてない。警察に連行されて詰み、と考えているらしい。が、現在注視中だから即応はしてくる。城の中庭近くの会議室でこの屋敷の衛生画像とにらめっこ。無駄な労働ごくろうさま」


 何故見てきたように実況できるのかしらねぇ。ま、この国で踊らされて直接ウチをハメようとしたのは元婚約者の派閥に決まってる。私は小物と侮って無視してたけどプー兄さんは監視(スパイ)を仕込んでたのね。ヤバ。


「ごめんくださーい……、チッ」


「精度は低そうだが熱源探査くらいはしてるだろう。ウチからもEMPやチャフもどきで妨害はしてやるが、地下から海に逃げたことはすぐにバレると思ったほうがいい。潜水中は見つかる心配はない。しばらく時間も稼げるだろう。が、ここ。隣国コリアンテに通ずるルートを横に塞ぐ形で百三十キロメートル広がる海域は浅瀬が多くて潜水不可能だ。人ひとりが乗れる岩も含めると五千を超える小島が点在していて、粗末ながら一応軍専用の滑走路もある。ここを迂回するとタイムオーバー。最終的に発見されて総攻撃を受ける悪手になる。だからむしろ軍施設を破壊するつもりで洋上を突っ切っ(R T A し)て欲しいが……、イケるか?」

「愚問よ」


 浅瀬のマップが拡大。さらに兵器群が並ぶ。哨戒艇八艘、武装ヘリ五機、対艦攻撃機三機。


「連中が動かせる最大戦力は王都防衛軍一個師団。とはいえ隣国国境に軍事演習の予告すらなくそんな戦力を派遣したらそれこそ全世界から失笑ものの戦争が始まりかねない。時間内に相手をする最大戦力は駐屯基地を中心に足の早いこれくらいと考えられる。常識的には無謀な戦力差だが……、本当に大丈夫か?」

「腕が鳴る」

「良し、19:30、作戦開始」


 一旦自室に帰って正装、軍服に着替える。

 ワンピースのシルエットだけが女性的だけど、下はツータックのパンツスタイルと編み上げロングブーツで男と同じ。陸地の少ないエクス王国は海と空が主戦場って心意気だから迷彩も青が基調になる。理屈の上では青じゃないほうが生存性は高いと思うけど、こんなのは気持ちの問題よね。姿見の前で角張った帽子の位置を調整して、佩刀して、マントは……、少し迷ってベッドに投げ捨てた。軍人のマントは徽章を隠す、つまり身分を隠すものだ。キミたち畏まらくてもいいのだよエッヘン、もしくは、スコープ越しに偉い人を探すスナイパーが怖いでござる、の意図がある。私は他の軍人と同じく特に思うことなく普段使いしてたけど、今から堂々と人前に立つことを考えるとマントは相応しくない。仕上げの武装、ルージュをひいて鏡の美女がンーパッ。


 午後七時二十分


「お、やっと出てきたよ。あのー、ちょっといいですかー」


 玄関横に停めたままの愛車のハムスターを連れて行くために外に出ると、鉄格子の門の向こうでガヤガヤと。

 メットをハンドルにかけて近寄り門を開けると制服を着た男五人がニタニタ笑って話しかけてきた。


「ウッドストック家のご家族の方ですよね。現在捜査中の事件についてお話を伺いたく、署までご同行願います」

「お断りします」

「は? え、ちょ、ちょ、ちょっと、待ちなさい」


 一度で通じない人間って初等教育からやり直しとかさせてくれないかしら。あるいは軍に入隊すると「はい」か「はい、いいえ(ネガティブ)」の即答が必須だから楽なのよね。


「なんですか、忙しいので失礼します」

「拒否したらやましいことあり、と受け取られるけどいいのですか?」

「どうぞ」

「ちょ、ちょ、だから待ちなさいって」

「ふぅ、さっきから貴様ら何様のつもりだ?」

「え?」

「どうやら耳は聞こえないし目は見えないし徽章を理解する脳もないらしい。伯爵家の人間と知った上でナメた口を叩く貴様らは一体どこの何様なのかと聞いている」

「な、な、そっちこそ、公務執行妨━━」

「ウッドストック伯爵家長女、エクス王国王都防衛ブリューデン方面軍先行打撃大隊所属第一航空部隊隊長、ラティシス・フォン・ウッドストック大尉に庶民相手の公務執行妨害は通じないことくらい法の番人を気取りたければ知っておけ」

「……その庶民におちるくせに、なに調子にのってんだ?」

「ほう、これはこれは気付かず申し訳ない。重ね重ねの無礼、ひらにご容赦をば」

「え?」

「我がウッドストック伯爵家に廃爵を申し渡せる御方はこの世にただひとり、エクス王国国王陛下のみであらせられますが、いつ新王に即位なさったのですか?」

「な、な」

「まさか王を詐称しているわけではありますまい。万が一にもそのようなことがあればこのラティシス、臣として貴様らと一族もまとめて斬り捨てることもやぶさかではありませんが?」

「いい加減に━━」

「するのは貴様らだたわけ」


 チン、と納刀。コイツら庶民と上級貴族の私では基本スペックが違いすぎる。何も見えてないでしょうね。ウッドストックさーん、て敬称もつけずに近所に届く大声で呼んだ時点で罰は与えるつもりだった。貴族をナメたらなにがあろうと落とし前はつけさせるっつーの。


 ポトリ。全員右手首から先が落ちて、しばらく状況が分からなくて悲鳴が喉に引っかかって、目玉が飛び出しそうなほど地面を凝視した。数秒空いて、壊れた音声データのモノマネを始めた。


「あ、あ、あ、あ」

「フフフ、病院に持ってけば十分で完治する程度のかすり傷で大袈裟な」


 わりと男って血に弱いわよね。入隊したばかりの人も心が折れるのは男のほうが多かった気がする。真剣使って訓練すれば腕なんてしょっちゅう飛ぶのに、いちいちショックを受けるのなんなのかしら。


「こ、こんな、こんなことして」

「たかが手首で済ませた優しい私に感謝しなさい。でもホントに忙しいからこれで最後。五つ数え終えても視界にいたら首を飛ばす。綺麗にくっついて木棺に入れるといいわね。五、四、三」


 男たちは脱兎のごとく走り去った。忘れ物は、ま、いいか。

 ついでに見えてなかったようだしコレもいらないわね。

 私は身分を示す肩章(エポレット)をボタンと縫い付けられた糸ごと引き千切り、手首の隣りに投げ捨てた。




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