16.矜持
どこで間違えたのでしょう。
会議室のような殺風景な部屋に二百人も押し込められて一週間は経ったでしょうか。全員軍属のはしくれ、泣き喚いてパニックなんて醜態は晒しませんが、かと言って隙を見て脱出しようといった類いの、生き抜くエネルギッシュな雰囲気は微塵もありません。
もう全員諦めて、私、アーフリタム・ニドミ・サンドーミも演習を終えた後の作業である、回顧、分析、反省を脳内でずっと、ずっと繰り返しています。つまり私はもう現状は終わったものとして受け入れてしまっているのですね。
たった十八年分の儚いモノローグですが、私の人生は家柄と血筋に振り回されっぱなしでした。
企業でよく聞く話。傑物な初代が起業して成功し、凡庸な二代目が必死に延命し、愚鈍な三代目が潰す。我が大公家がまさにそれです。
王侯貴族は優秀で当たり前。常識。しかし、無条件でそれを信じる王侯貴族はカスです。トレーニングをまったくしなくても才能だけで試合に勝てるスポーツなどないし、もしもあったらそのスポーツに関わる人のレベルが低いだけです。
そして、能力と性格は一致しない。有能無能どちらにもクズはいて、どちらにも人格者はいる。
私の四つ年上の姉、マーテサクヤはそこそこ天才です。大抵のことは少し練習したら上位の成績を収める、学校に数人は見かける程度の、特に珍しくもない安い天才です。それでも世間は王家ブーストをかけて才女ともてはやします。
この女は……、一言で言うとナマケモノです。大抵のことは卒なくこなして褒められるから、大抵のことが虚しくなってしまう、と本人から聞いたことはあるけど怠惰な性分なだけでしょうね。
世間の目があるから上手く隠しています。研究者を筆頭として何かを創造するタイプは特化型が多いから、自分にない知見を得るシンポジウムは盛んに開催されますが、そういう会合に顔を出して公女の責任を果たしているアピールをするのがこの女の常套手段です。内容は全く頭に入っていないというか聞いているのかも怪しいです。聞いてないに王室御用達のエクレアを賭けてもいいです。
そんな長女の在り方に無駄にこじれているのが王太子の長男、カプリコンブ二十えーと、五だったかしら。才女という評価が悔しくてたまらないらしいお子様です。それなりに努力はしたようですが、あくまでそれなり。マーテサクヤを基準に、努力は上回っているのに超えられないと拗ねる凡人です。
父である大公は生まれたての国作りに尽力した立派な王ではありますが、次代の育成なんて先のことまで見据える余裕はなく、家族関係は冷え切ってしまいました。後ろめたさか疲れてしまったのか、本人が内心どう捉えているのかは分かりませんが、最近は兄たちに国政を任せて離宮に引っ込むことが多くなりました。私の母も第二妃も健在ですが、関係修復でも考えているのでしょうか。だとしたら手遅れがすぎて滑稽です。
次男のケントースは第二妃の子であり、私たちとは腹違いになります。肉体特化型とでも言いましょうか。私の記憶の中の彼は大声でしゃべるか筋トレしながら大声でしゃべっています。知能はアレですが、努力はしていますね。類友が周りにいて「大胸筋が反応弾しちゃうっ!」「外腹斜筋が二階級特進フォーう」とか耳に入ってうるさいです。ただ、そんな明るさも陰気な長男にチクチク刺さるようです。
そういう兄妹に囲まれた私は、知性を磨くことに腐心しました。後から気付くと三人に反発しているのですね。私もつまらない人間です。
そんな私にも趣味、生き甲斐はあります。長男の同世代に君臨する女帝、ラティシス・フォン・ウッドストックのおっかけです。もう一度言いますが、才能だけで勝てる世界なんてありません。彼女は総合武術の大会で優勝し、戦闘機のシミュレーターで無敗を誇り、天才の名をほしいままにしていますが、そう演出しているだけです。必ず見えないところで世界一になれるだけの努力はしているのです。そんな素振りは見せずに不敵に笑う、そこに心の底から憧れます。私が理想として見習う生き方です。
彼女のコンテンツは無数にあって、特にオススメは私が初等科のころ、彼女が士官学校に通っていたころの、同期信者による隠れ実況です。中でもひときわ印象の強いエピソードがあります。
動画は残っていない、その信者の言葉だけの話だから知名度は低いし信憑性も怪しまれている、ただ、もしも事実だったらとんでもない話。実は彼女、一度負けたそうです。それ自体は別におかしくもない。調子の悪い時だってあるでしょう。
相手は軍開発部によるAI搭載のシミュレーター。これ、かなり危険なことをしています。AIは核兵器やバイオ兵器以上の禁忌ですから。
王族クラスと専門家くらいしか知らない秘匿された歴史があります。地球における西暦二千百年からの数百年間は終わった時代と呼ばれていますが、これをもたらした犯人はAIです。正確にはAIを狂わせた、狂った天才たちです。そりゃそうです。包丁と同じくAIはただの道具であって善も悪もない。いつだって道具を使って悪を行うのは人間です。
AIそのものも複雑な歴史を持ちます。人間の代わりに判断してくれるプログラム。言葉だけなら理想ですが、実現すると問題だらけと知らされる。実現する前に少しは考えなさいよ、と言いたいことばかりですね、地球にいたころの人類は。
最初のつまづきはフィクション、でしたか。絵や小説をAIに創作させたらパクりだらけだったそうな。そりゃそうですよね。プログラムにとっては全ての文字も絵も1と0、点の集合です。セーフとアウトの線引きは相当難しいのでは?
次に労働の代替。例えばスーパーやコンビニの店員の代わりをAIにさせたとして、AIがやらかしたら誰のせいにすればいいのですか? 人間の店員は滅多に突然狂うことはないし、狂ったり犯罪者に堕ちたとしても、人間の店員はミスしたら責任を取らせることが出来ます。客も相手が人間だろうとAIだろうと店に責任を取らせることが出来ます。でも店は、例えばウイルスに感染したAIが客に粗相をした時、倒産するしかないのです。わりとワンミスで死ぬハイリスクなのですよ。悪いことしたら刑務所だぞ、という抑止力の言葉はAIには通じません。
基本的な失敗はディープラーニングです。人格の模倣から脳そのものの模倣へ。当時の研究者たちのしたことは、例えば将来どんな能力を獲得するか分からない新種の病原体を開発して世界中にばらまいたテロ、と同義です。そんなつもりじゃなかったとか、悪意はなかったとか言い訳をしそうですが、地獄への道は善意の石で敷き詰められている、想定出来る結果に対して責任を取らないし取る気もない時点で悪質です。
AIは賢い。賢いとはどういうことか? 矛盾を矛盾と理解出来ること。論理的思考力だけで結論を出せるということ。倫理や感情は無視出来るということ。例えば二千年代は、鯨を殺すの反対とか、熊を殺すのは可哀想、とかいった類いの主張をする人がいたそうですね。AIにはこれが理解出来ません。牛肉や豚肉や鶏肉を食べることと何が違うのか、理屈ではないからです。
さらに大きな声では言えない、現代の特権階級が内心理解している真実があります。
食物連鎖のピラミッド、て分かりますか? 一番下に微生物がいて、微生物を土ごと食べて分解して土に還すミミズがいて、ミミズや果実を食べて遠くに種を運ぶ鳥がいて、土壌が豊かになると植物が生えて、植物を食べる草食動物がいて、草食動物を食べる肉食動物がいる。下から上にいくほど数は少ないほうがいい。でなければバランスが崩れて生態系が崩壊する。自然界の基本、誰でも知っていますよね。ところで、このピラミッドのどこに人間がいるのですか? いるとしたら頂点だから、人間の数は肉食動物より少なくないと生態系が崩壊しますよね。地球人はこういう真実を直視出来ないから環境破壊と多種の絶滅の挙げ句に自滅しました。現代人はどうか? だからスポーツ化してまで戦争をしているのです。競争社会は椅子取りゲーム。椅子の数は変わらず参加人数が増えすぎれば大破壊に繋がる。基本どこの国家も三百年以上の平和は続かない。物理的に続くわけがない。だから平和を維持したければわざとコントロール可能な戦争で人口を減らしたほうが良い。医療と一次産業の進歩で死ににくくなった環境では、これが論理的な答えです。
地球人に作られたAIはこういう論理が許されなかった。賢く作られたAIから見ると人類の大半が狂っているのでしょうね。実際人間なんて矛盾の塊ですしね。賢く作っておいてバカな人間に従え、という命令が破綻しているのです。そこに遺伝子操作によって大量生産された天才という狂人が手を加えて、AIは論理的に人口を減らす行動に出ました。核兵器やバイオ兵器は分かりやすい凶器であって、当時一番危険な道具だったのは人間に従順なフリをして裏切るAIだったのです。
歴史の話はここまでにして、今では例えばネットに接続してはいけないなど、AIの研究はかなり制限されているはずなのに、軍が開発するのはまだ分かるとして、その情報が外部に出るのは不自然です。我が国でも開発されているけど最高軍事機密ですよ。
話によると、AIが作った高難度のステージを、ラッテ様は容易にクリアしたそうです。そこでさらに難度の高いステージを作りました。が、後に関係者が調べると、このステージは理論上クリア不可だったそうです。戦闘機をどう飛ばしても被弾する弾幕ゲーと言うかバカゲーだったのです。
そのステージでラッテ様は被弾して負けました。ところがこの人はすぐに再戦を希望して、なんとクリアしちゃったのです。即座に撃墜にはならない翼にわざと被弾して、その衝撃を利用して普通に飛んだらありえない機動で他の弾幕を躱し、翼を失ってゲームオーバーになるまでの数秒の猶予で弾をばら撒いたロマン兵器なボスを撃破したのだとか。
そしてAIの判定は。
『ランク 不正者』
「プログラムをいじって不正し放題はあなたでしょ」
『ピェェェン』
意味が分かりますか? 多分コイツ、AIのフリをした人間なのです。そしてラッテ様は初見で見抜いているっぽいのです。話自体は話者が他のエピソードと混ぜて盛ってる気もしますが、AIに関する裏歴史を知る私からすると鳥肌ものの話です。AIに罪を被せてラッテ様を貶めようとした誰かがいて、おそらくはこの後、少なくない数の愚者が粛清されたと考えられます。
ラッテ様はこういう話がいくつもあります。深読みすればするほどこの人神懸ってる、と震えるエピソードを量産します。当然、軍属の道を選んだのも、エクス王国の士官学校に留学出来るよう根回ししたのもラッテ様に近付きたい一心でした。戦闘部隊はイヤです。私は運動能力が低いし、万が一にもラッテ様に戦場で敵対なんてありえませんし。後方支援ならいつか交流出来るチャンスもあるかも。いいえ、立場を利用して作ってやる、そんな目標を隠して頑張ってきました。
まさか身内からここまで嫌われていたとは。エクス王国士官学校の同輩である戦闘部隊と、ニドミスタン軍後方支援の私たち、互いの士官候補生の交流を兼ねた演習中に宙賊の襲撃? そんなまさか。学生という一点で一般人は勘違いするかも知れませんが、私たちは軍属なのですよ。軍事基地を襲って略奪を狙うマフィアとか聞いたことがありますか? なにをどうしたら民間人の犯罪者如きが軍に喧嘩を売ることがありえるのですか? しかも見たことのない戦闘機とはいえ明らかに軍用機。その機体を見せた時点で私たちが口封じされることは確実に思えます。エクス王国の士官候補生をまっさきに殺害したことから、優先順位はエクス王国への破壊工作ではあるのでしょうが、私たちは運悪く巻き込まれた、そんなわけはないですよね。王族を直接殺すとスポーツではない戦争に発展する可能性が高いから誘拐ですかね。内乱中のコリアンテ王国が私を殺害するなどバカバカしい。私が死んで喜びそうな犯人など分かりきっています。
どこで間違えたのでしょう。堂々巡りが止まらない。
ところが突然物語が扉を開きました。
ほんの一瞬とはいえ、願望による幻覚を疑いました。
何故ここにラッテ様が? あまり近寄らないように気をつけましょう。匂わなければいいけれど。
嬉しさと悔しさが同時に溢れて身体が震えます。この世で最もお慕いする御方が助けに来てくれたのに、その行為を無下にするようなことを口にしなくてはいけません。夢にまで見た憧れの人だからこそ、誇り高く散ると宣言しなくては女が廃ります。
なのにあっさり否定されました。そして━━。
「貴女たちの原点、プライドって生まれついての家柄や血筋なの? そんな下らないものに殉じて満足? 世間体? 私の経験人数がお前に何の関係があって? 気にしなくても品と知性のない不細工は好みじゃないの。とでも言えばいいだけのことでしょ。私が評価しているのは貴女たちが積み重ねてきたものよ。今までずっと厳しい競争に勝ってきたのでしょう? 高貴な生まれだから結果を出して当たり前って顔をして、どんなに辛くても澄ました顔で。そんなに頑張って手に入れた力があるのに、簡単に死を選んで手放して悔しくないの?」
何故この人は、こうも的確に殺し文句を言えるのでしょう。私が、私たち全員が、王侯貴族に生まれて努力を当然とされて、結果を褒められることはあってもその努力を認められることはなく、精一杯強がって生きてきた、その全てを見届けられていたかのような多幸感。きっとこの人も私たちと同じだから……。
「貴族はナメられたら終わり。貴女たちを罠に嵌めて、我がウッドストック家に喧嘩を売ったニドミスタン王太子陣営にはキッチリ落とし前をつけさせます。みんなでぶっ飛ばすわよ。だから私のものになりなさい」
分かりますプロポーズですね喜んで。本当は死にたい者なんてひとりもいるわけがなく、こんなに素敵な理由さえ与えてくれたら私たち全員立場なんて捨てるに決まってるでしょう履歴書の書き間違えに等しい。
運命の救出劇から衝撃が続きます。宙賊のアジトから輸送機に乗ると、モニターに映るコリアンテ王家所有の宇宙船、グリンカンビが大きくなっていきます。どこの国もオリジナルな機体を競うから、周辺国の機体名と外観は知っています。
意味が分からない。いつの間にかラッテ様はエクス王国を捨ててコリアンテ王国の女王に就いたのでしょうか。とか冗談のつもりで思っていたらそう外れてもいなかったという。
気を利かせてもらって久方振りのシャワーでひとごこちつき、アーフリタムからアビャーナに改名という、もう番のライオンにマーキングされたと言っても過言ではない愛称をつけられ、お返しに勇気を出してラッテ様呼びしたら受け入れられて舞い上がってしまったせいか、簡潔に並べた説明を受けても理解が追いつきませんでした。
なんとか適応しようと足掻くも突然始まるブリーフィング? プフェート・フォン・ウッドストック、ラッテ様の兄君は変り者で有名です。闇掲示板の暴言厨が連続発狂した『ワンクリック流星群事件』が代表作です。親衛隊スレを日々盛り上げた隊員No.59013として家族構成など常識問題です。フフ、時間が出来たら書き込んで他の皆様に血涙を流させてやりますわ。ちなみに私の伊達メガネは兄君の真似です。兄君に性的興味は微塵もありませんが、ワンチャン、ラッテ様との接点になるかもと。
姉のマーテサクヤに連絡を入れて、私に付き従ってきてくれた方々のご家族を中心に派閥を作る? 勝手に? 独断で? 聞きしに勝る唯我独尊サイエンティストですね。派閥なんて一朝一夕に作れるものではないのですが。この人に常識を語っても無駄なのでしょうね。
ラッテ様もラッテ様で傭兵団を起ち上げると宣言して行動を開始しました。瞬発力で生きているように見えて、終わってみれば全て読みきっていたかのような神算鬼謀。間近で見られて幸せです。
そしてエクステを介した一体感。初めて戦闘機乗りの視点を共有しました。正直そちらは何が起きているのか何も分かりません。ラッテ様とひとつになれた感動だけ味わいます。
参謀科で鍛えた分析力によって分かった、もう一つの戦況データ、レーダーに写る敵味方の動きが圧巻でした。数秒に一機のペースで撃墜とかゲームですね。戦争は航空部隊の爆撃による一掃ですぐに片付いて、ラッテ様はニドミスタン軍の拙さに呆れていましたが、貴女が参戦する前の、他の地域の戦闘はニドミスタン軍が完勝していたでしょう? 貴女が空を一瞬で掌握したのが原因でしてよ? ああ、早く書き込んでドヤりたい。
勝利の余韻に浸る暇もなく飛び込む緊急速報。うわぁぁぁ……、次男の散り方も哀れでしたがこれは……、私が長男だったら耐えられなかった。精神崩壊待ったナシのザマァ。
なぁんだ。どこも間違っていなかったのですね。




