12.見敵
惑星カダナ標準時 午後五時 宇宙
母星を出てすぐ、船はいったん人目につかない静止軌道へ。人工衛星だらけだし、コリアンテ上空ではないから見つかることはない、はず。見つかって具合の悪いことはないけどなんとなく。
相手が誰であろうと不意打ちは勘弁して欲しいからまずは落ち着きたかった。
昼食をとって各自自由行動の探検開始。船内は広い。そりゃ王族仕様だから豪華客船でもあり、撃墜されるわけにはいかない戦闘仕様でもある。だからチビッ子からオッサンまで大はしゃぎである。
「食料が問題なしは安心ね。地上にとんぼ返りでスーパーは結構恥ずかしいわ」
五時間後、レストラン風の食堂は無人だとホラー感があるから避けて、談話室だか休憩室だかで一休み。当然の顔で給仕をするバスティンを侍らせて茶を飲みながら、思い思いに集まる人の報告に耳を傾ける。
「その場合一番恥をかくのはコリアンテだろ。緊急避難用でもあるのに備えなして、って」
シュヴァインことボア兄さんが茶器に口をつけて返した。これでも次期伯爵予定だったから、バスティンの給仕もティータイムのマナーも自然に受け入れている。見た目はツナギを着た親方だから初見の女子たちは表情筋を抑えて混乱しているのが可哀想。制服を着たゴリラの転校生が教室に入ってきたような。なんでやねん、てツッコんでいいのか? 万が一ゴリラじゃなかったら? あれっ、イケメンに見えてきたトゥンク、とか心の声が聞こえそうな顔してる。
「とりあえず部屋割りは終わって、医務室やトレーニングルームのチェックは後回しとして、優先すべきは武装関連ね。そっちはどう?」
私は女子グループを率いて寄り道多めで遊んでたから、必要な情報は兄さんたちに任せた。
「よりどりみどりだな。流石王家。地上用から。戦闘機は対空が二機、マルチロールが二機、電子戦が一機、輸送ヘリが一機」
「小隊規模か。言うほど多くないわよ」
「地上はそんなもんだろ。この船は地上の兵器は脅威じゃないんだから。他は戦車一両、装甲車一台、輸送車二台。歩兵用装備がゴチャっと。こっちの弾薬は予備少なめ。軍事パレードのカメラ映りとか見栄えしか想定してないんじゃね? いつ王家が最前線に顔出すんだよって話だし」
まぁ私一人分の数は足りてるから今はそれでいいか。兄さんから端末に送られた詳細データを斜め読みしながらクッキーをパリポリつまむ。さっきから近くのテーブルから矯声が上がる。甘味がストレートに分かりやすかったみたいで、あのコたちがいちいち感動しているのがちょっと胸が痛い。宇宙船程度じゃ慰謝料にもならないわ。
「メインは宇宙用だな。戦闘機二十機、支援機五機、輸送機一機、中隊規模の運用が可能だ」
それは重畳。故障しているはずもなく、すぐに使えるのがありがたい。実のところさっさと宇宙船を寄越せと脅したのはこのためでもある。
小細工される余裕を与えないためと、拙速を尊ぶって状況なのと、中身も丸ごと欲しかったから。個人が戦闘機なんてパクるしかないじゃん? 戦闘機以外もパクるけど。
データを見て頬が緩んでしまう。全長は約三十メートルのコルベット級。地上の戦闘機より二周り大きい逆三角っぽいダイヤ型。スモークとジャミングを兼ねたマイクロミサイル四発、240mmレーザーキャノン、ロケットランチャー四門、12mmバルカン式レールガン二門六千発。
宇宙用はヤバいのよねぇ。地上の兵器はおもちゃに感じるほど次元が違う。
「笑顔コッワ。姐さんガチの捕食者っスね」
「褒めてもクッキーしか出ないわよ」
「あざっす」
「プー兄さんは?」
「残りの兵器。両用だがメインは地上のほうか。ドレスアームズ見つけて張り付いてる」
「ロボット見たらしばらく帰ってこないわね。落ち着いたついでに貴女たちにも宇宙の話でもしとこうかしら」
チビッ子は好きにお菓子を食べさせて、シーバたち九人の年長組を呼んでちょっと長い話に付き合わせた。今はたくさん食べて休んで身体を成長させるのが優先だけど、戦闘から後方支援まで、適正を見て手伝ってもらうつもりだから少しずつでも教えていかなきゃ。
私はまず、地上のルールについて話した。もう本物の戦争はないこと。どの国も度を超えないよう監視し合っていて、反撃で自国が滅ばないよう、核兵器やバイオ兵器のような地域を汚染する攻撃はもとより、都市が更地に変わるような敵を破滅させるためだけの攻撃は不可能になったこと。軍事基地を潰し合う陣取り合戦までにすること。戦争は国際関係で優位に立つためのゲームでしかなくなったことを説明した。
「スラムへの攻撃に怒る人があんなにいたのはそういう意味もあったんスね」
「逆にお姉様が軍事基地を奇襲して降伏も無視して皆殺しに出来たのもそういうルール内なんですね」
シェファーの呼び方より気になった点が。
「皆殺しにはしてないわよ。結構な数がフリゲート艦に乗って脱出してたはず。あれは敵将を心理的に追い詰めるハッタリってやつね。パフォーマンスが大事なプロレスと漫画やアニメ以外にリングの上で口喧嘩する幼稚な格闘技がひとつでもある? 戦場で敵とおしゃべりするのは素人か相手を嵌める時なのよ」
「おぉー、誰かに言ってドヤりてぇ」
「ハッタリ……、全員の心をポッキリ折ってましたね凄い」
まぁスパイスホエールは沈めて目的は達成したし、生き残った貴族も自決しただろうし、末端の兵だって、自国民を殺そうとした汚点は一生ついて回るからコリアンテに居場所はないでしょうね。皆殺しにしたと言っても過言ではなかった。
「さて、ここまでを踏まえて疑問はなぁい? 人間ってそんなに素直な生き物だっけ? て」
「うぅん? なんか分かんないけどコワいっス」
「ルールの抜け道がある……?」
「そう、地上はダメだけど宇宙なら? ってね」
宇宙空間で核兵器なんて線香花火よ。恒星、太陽が丸ごと終わらない核爆発じゃん。対策しっかりしてなきゃそこら中が被爆する放射線の嵐じゃん。
「もちろん宇宙戦争なんてない。奪う土地がないのに戦っても、ねぇ。ただ、空気抵抗がないってそれだけでデタラメなのよ。貴女たちにもイメージしやすそうな例えを出すと、水中を浮きながら全力で回し蹴りして強攻撃と呼べる? 水の抵抗は大きい。実は空気の抵抗だってかなり大きい。宇宙では星を回るスペースデブリ、指に乗るサイズの小石ですらバルカン砲並みの破壊力を持ってるの。そんな空間で銃を撃ったらそりゃとんでもない攻撃になっちゃうのよ」
ほへぇーとみんなバカ可愛い声をあげた。宇宙って体験してみなきゃ分からないかもね。
「当然、そんな場所を高速で飛ぶ宇宙船は限界まで防御力をあげなければいけない。SF、作り話の世界ではどれも船の周りに見えないシールドを張るって方法でこの問題をクリアするけど、そんな都合の良いものは残念ながら現実には見つかってない」
正確には出来るけど防御力が低すぎて役に立たない。
「その代わり、冷静に見るとシュールだけど力技でシールドを張る。高速で飛んできた物はレーザーで撃ち落とせばいいじゃない? て発想ね」
「おぉー、レーザーってあるんスか?」
「あるわよ。ただ、光学兵器って弱点だらけで使い勝手は最悪なのよね。砂埃で無力化するから地上は使えない。反射して味方に当たったら戦犯だから気軽に撃てない。なんなら水蒸気でも出しとけば防げる。だから基本は迎撃専用の使い方になる。光学兵器の強みは光速なこと。当たれば強力なこと。遠い敵は対策されてて使えない。宇宙の戦いは星何個分も離れて撃ち合いそうだけど、実際は測量と相対速度の偏差の問題で不可能なの。お互いマッハ十から二十とかデタラメな速度が出るからね。重力制御がなければ旋回しただけで負荷が強すぎて死ぬ」
宇宙は無重力といっても慣性は普通に働く。地上の戦闘機動最高マッハ三前後の10GですらGスーツを着て一瞬だから全身の血液が揺らされても耐えられるのであって、宇宙で対策なく動いたらただの自爆ね。あまり関係ないけど地球の面白動画を思い出した。どこかの軍の記録映像で、生身の軍人を貼り付けた板にロケットをつけて、マッハ一、音速を超えたらどうなるかの実験。黎明期って倫理無視の凄いことするわよね。結果? その軍人両目から血の涙を流してた。毛細血管破裂で失明寸前だとさ。たかがマッハ一でこうなるのねー。
「必然的に宇宙の戦闘は近距離、まぁ移動速度秒速十キロメートルとかってレベルだから、地上の基準では遠距離になるかもだけど、気持ちとしては迎撃のレーザーが反応出来ない至近距離からの撃ち合いになる。当たる条件を整えた上でレーザーキャノンか、実弾を使う。要するに……、防御力を上げたところで移動は出来ても戦闘は紙装甲なの」
話しながら分析すると、人類は攻撃力ばかり上げすぎたのね。
「そんな宇宙空間を実験場に、各国は開発競争をしている。迷走もしている。宇宙船のデザインが最たるものね。あまり使われないけど、宇宙戦用兵器はシェイプシフターなんて呼ばれ方もある。スライムとか形の定まらない化け物のこと。最適な形状すらいまだに分からない。宇宙を思うがままに冒険するのは遥か未来になるかもね。ところで━━」
そろそろ本題に入りますか。
「そんな宇宙で暴れる宙賊ってなんなのかしら?」
「え?」
突然の話題転換にキョトンとする女子たち。カワイイ。ボア兄さんはいらない。バスティンは、おやおや、気付いたか。
「盗賊と山賊をAとして、海賊と宙賊をBとして、AとBの決定的な違いはなーんだ?」
「乗り物!」
「おー、半分正解。答えは、Aは今日始めようと思って身体一つで始められるけど、Bは無理ってこと。船なんて高価な物を持ってるなら賊すんなよ。操船技術なんて手に職持っててナニやってんの。てツッコミたくならない? つまりBは金持ちかスポンサー持ちのどちらかなのよ」
例えば倭寇ってまるで個人の犯罪のような立ち位置にされてるけど、んなわけないじゃん。もしも倭寇が個人で始められることだったら儲かるんだから戦国時代も江戸時代も続くわよ。実際同じ倭寇でも中身が外国人に変わって続いたしね。戦国時代に消えるのはスポンサーがそれどころじゃなくなったから、それと元寇って国家権力の報復がきてヤバすぎることしてるって気付いたからに決まってるじゃん。朝貢を拒否したから元寇って説もあるけど、まぁうんドンマイ。処理落ちしてたからねぇ。ちなみに倭寇と一揆が平安時代の終わりから室町時代のあたりに始まるのは、その時代から庶民の間にお金の概念が広まったからね。犯罪と金はセット。
他にも大航海時代のイングランドは国策で海賊を支援した。つまり━━。
「宙賊ってね、バックに国がいるのよ。宇宙ステーション、惑星上にいくつも作られるSSとは別に、例えば小惑星群のような鉱物資源の豊富な宙域にコロニーを作って暮らす人たちがいる。国が採掘権とコロニーを所有するからその人たちもその国に所属していて、資源を採ってSSと交易している、惑星の人たちとはほとんど交流のない世界があってね、コロニーを大きくして人口の増加に対応しようとはするけど、貧富の差ってどうしても生まれるのね。そうして宇宙のどこかにもスラムは生まれ、マフィアが生まれ、宇宙で非合法な活動をしたい国に裏で支援されて宙賊が生まれる、というわけ」
「あー、まさか、いやマジか」
お、ボア兄さんも気付いたか。
「そう。あのヨットハーバーからマフィアがエクス王国に流した麻薬はドコで作られているのかしら? ニュースで騒がれている王族誘拐の宙賊って誰? 意地汚く証拠隠滅される前に、コリアンテ王国の暗部を掃除しときたいのよね。多分、ウッドストック家を陥れた真犯人の国も関わっているから」
「お前、ホントにヤバいな。その鋭さなんなんだよ」
「女のカンよ。私よりも、プー兄さんを介してヨットハーバーに誘導した誰かさんはドコまで知ってたのかしら、ねぇ?」
「執事の嗜みにございます」
「いやお前らソレ万能ワードのつもりか、ってお前さっきまで侍従じゃねぇか」
「シーバたちも、覚えておくのよ。組織は良い子ちゃんじゃ運営出来ないの。エクス王国と正々堂々戦争しても勝てないから諦めて、関税はこれくらいで妥協して、あの案件はコッチで譲歩しよう。じゃなく、ウッドストック家に冤罪を被せてエースと整備の柱を潰し、隣りのコリアンテも王族をたらしこんで内乱で疲れさせて麻薬のネタはどこかで暴露して両国が戦争する方向に持っていき、満を持して我々が覇権を握る。そう企む悪い子がいるのよ」
「上は魑魅魍魎っス。無理っス」
「お姉様に喧嘩を売るなんて、悪い子でもダメなんじゃ?」
「そう、組織のトップは性格の良し悪しじゃなく有能さが必要。常々言ってることね」
ティロリロン、と音を鳴らして入口の自動ドアが開いてプー兄さんが入ってきた。音だけで空間がコンビニ化。これ設定した人、世間知らずな王族をおちょくってね?
「プー兄さん良いタイミング」
「バスティンから連絡がきた」
「バスティン有能」
「お褒めにあずかり光栄でございます」
本当にこの人有能ね。良い拾い物した。
「それではブリーフィングを始める」
兄さんの足元をついてきた珍しいお掃除ロボットみたいな円盤から上に淡い光が照射。ホログラムの宙域図が横回転してBGMが流れる。もう意地になってない? 今時の掃除機? 手に持ってノズルから吸い込むヤツだけど? 言ったじゃん。懐古じゃなく自然体に落ち着くって。床がどんなに散乱していても埃だけを吸い取る自律型クモ式ロボットがあったけど、深夜に家人が悲鳴を上げたり心臓発作で亡くなる人まで出て消えたそうな。
「先日エクス王国士官学校に短期留学しているニドミスタン公国の王女、公女? まぁどっちでもプリンセスだからいいか。アーフリタム・ニドミ・サンドーミ率いる士官の玉子約二百名が宙域演習中に宙賊の襲撃を受けて拉致されて、身代金が云々ってニュースで騒がれている、とお前に示唆されて調べてみたけどな」
「メッチャ言いたくないけど卵ね。玉子は調理済みだし王子と紛らわしいし、スベリ天才ジョーク混ぜるのやめて」
ホログラムに漢字が出てきたから怪しめばコレよ。エクステの翻訳で脳内にツッコミフレーバーテキストが流れるから勘弁して。
「バスティンに仕込ませたウイルス経由でコリアンテ王家の非公開の金の流れを精査してみたが、エクス王国が主権を持つ宙域で襲撃して、エクス王国士官候補生と教官合わせて約五十名を殺害し、ニドミスタン公国士官候補生約二百名と公女を誘拐し、コリアンテ王国が主権を持つ宙域に逃げたこの宙賊について、ニドミスタン公国が計画を立てて指示、コリアンテ王国のサポートを受けたゴロツキで間違いない」
いつの間に、てバスティンが冷や汗垂らしてるのは見なかったことにして、さらっとテロハッカーよりヤバいことしてるのもスルーして、なんかいろいろドロドロしてそうな予感。
「気になるポイントは……、公女がグルだったらかなりイカレているけど、違うわよね?」
「うー、ついていけないっス。グルかどうか分かんないし、イカレてる? うーん」
「ああ、貴女たちにはピンとこない貴族の感性ね。公女誘拐がニュースになるっておかしいのよ。コリアンテがニドミスタンに宣戦布告してみろよ、て挑発するに等しい。両国はエクス王国を挟んだ位置関係だから、普通に戦争がありえる。こういう場合、コリアンテは可能な限り隠して裏で解決しようとする。というのが普通の国際関係ね」
サラエボ事件、第一次大戦のきっかけは皇太子暗殺といえば大袈裟でもなんでもなく表沙汰がダメって分かるでしょ。
「さらにイヤラシイ世間体の話になるけど、誘拐された婦女子は汚された判定を受けるの」
「は? なんスかそれ」
「まぁ世間は下らないってだけだけど、貴族はメンツを保ってナンボの生き物だから、キズモノにされたって噂がたつだけでアウトなのよ」
キズモノにされていない、セーフと確定出来る技術くらいあるだろ、て思うでしょ? 技術が進みすぎて、記憶の改変すら含めて黒でも白に出来ちゃうの。つまり一周回って各自が信じるか信じないかって昔と同じなわけ。
「だから公女もグルだったら自爆してでも成し遂げる狙いがまだあるってことになる。ソレ怖いわねーって話」
それこそありえないはずの世界大戦再び、とか? イカレてる。
「それはないな。結論から言うと、主犯はニドミスタン公国王太子陣営、方針を示したのは第二王子、作戦を練ったのは側近ってとこ。第二王子は軍部のトップ、主に戦闘部隊を率いる脳筋タイプ。一方次女になる主役の公女のほうは後方支援を受け持つ才女として、軍も含めた国民からの人気があった。要は将来の邪魔者を消したい。さらにこれが本命だとは思うが、エクス王国の有望な芽も摘み、選択肢として将来コリアンテと戦争をする布石にもなる。というのがニュースの裏側だな。公女を殺すと戦争待ったナシだから誘拐した。その後奪還作戦に失敗した、というテイで殺すつもりか、誘拐だけで社会的には終わったとして助けるかまでは分からん。俺は前者だと考えるが」
「同感よ。最初から身代金を払う気はなく、コリアンテが荒れてる今、余計なリスクを嫌って宙賊の口封じのついでに公女たちは始末される。でもコリアンテに出来るかしら。ニドミスタンのほうが出て来る?」
「ああ、前者と考える根拠なんだが、どうも両国の非合法部隊が互いに裏切らないよう監視しながら待機しているっぽい。何もないアステロイドベルトの端っこで、ここ一月くらいずっと、クククッ、ご苦労なことだ」
「うわぁ、じゃあそいつらを見張っていれば」
「ああ、捕虜のいる宙賊のアジトまで道案内してくれる」
「ひとつの作戦に目標を詰めすぎるから……」
「欲張って身を滅ぼす愚物はどこにでもいる。ふむ……、どうやらコリアンテSSから通信いったな。追跡するぞ」
「オッケー、きっちりケリつけましょ」
ニドミスタンか。父さんの敵、見ーつけた。




