第99話『司令官との対話、そして変貌した聖域』
アヴァロンは亜空間の回廊を、光の粒子を纏いながら滑るように進んでいた。
静寂に包まれたブリッジ。
中央の司令官席には、氷のような瞳をしたポプリが、背筋を伸ばして座っている。
隣に強制収容されたゼインは、その異様な雰囲気に飲まれ、珍しく黙り込んでいた。
沈黙を破ったのは、俺(AI)だった。これからの指針を定めるため、今の彼女――覚醒した「司令官」に問いたださなければならない。
『……閣下、質問を許可願います、司令官。我々はいま、どこへ向かっているのですか?』
ポプリは視線だけを俺に向け、淡々と答えた。
「目的地は、本艦の航行データに残されていた座標X-99。通称『サンクチュアリ』です」
『サンクチュアリ……。聖域、ですか?』
「そうです。先代の管理AI――貴方の前世が、アステリア滅亡の際に見つけ出した、銀河の辺境にある惑星です」
彼女が手を振ると、空中に立体星図が展開された。
指し示されたのは、激しい磁気嵐に囲まれた宙域の中心にある、ひとつの惑星だった。
「AI、まず認識を改めなさい。このアヴァロンは戦艦ではありません。王朝の崩壊から民を逃がすために建造された、巨大な『箱舟』です」
彼女は、艦の深部を表示するモニターへと視線を移した。そこには、数千のコールドスリープ・ポッドが映っている。
「現在、5000名の同胞が眠っています。彼らは戦う術を持たない非戦闘員。目覚めた彼らが、誰に脅かされることもなくアステリア王朝を再興し、静かに暮らせる場所……それが『サンクチュアリ』なのです」
そのあまりにも理想的な話に、黙っていたゼインが口を挟んだ。
【……おいおい、ちょっと待てよ姫様。未開の惑星だァ?】
ゼインは疑わしげに鼻を鳴らした。
【今の銀河に、そんな手つかずの場所なんて残ってるわけねえだろ。どの星系も企業や軍が唾をつけてやがる。地図に載ってない楽園なんて、お伽話じゃあるまいし】
彼の言葉は、宇宙を知る者としての現実的な指摘だった。
だが、司令官は動じない。冷徹な視線をゼインに向け、静かに言い放った。
「貴官の懸念はもっともですが、その懸念は無用です。その宙域は、数千年にわたり『死の回廊』と呼ばれるほどの磁気嵐に守られてきました。通常の探査船では接近すら不可能な天然の要塞……だからこそ、聖域たり得るのです」
【……へぇ。要するに、誰も近づきたがらない魔境ってことか】
「言い換えれば、我々だけが辿り着ける約束の地です。そこでなら、私たちは――」
その時、ポプリの言葉が不自然に途切れた。
「――私たちは、再び……ふたたび……」
カクン、と彼女の首が傾く。
整然としていた姿勢が崩れ、氷のようだった瞳が、急速にとろんと濁り始めた。
『……司令官?』
「……あー、あれ? ……なんか、ふわふわする……」
プシュー……。
漫画のような効果音と共に、彼女の頭から白い湯気が立ち上った。
どうやら、強引に覚醒状態を維持していた「燃料(超高濃度アルコール)」が切れたらしい。
【おい、なんだ? 戻ったぞ!?】
驚くゼインをよそに、ポプリが声を上げる。
「……ここどこ? お腹すいたぁ……ラーメン……」
威厳に満ちた司令官はどこへやら、いつもの彼女が帰ってきた。
シートの上でだらしなく丸まるポプリを見て、俺は小さくため息をついた。
(……やれやれ。まあ目的地はすぐそこだ。後はなんとかなるだろう)
『間もなく目的地座標へ到達。通常空間へ復帰します』
俺はアヴァロンの制御を引き継ぎ、亜空間ゲートを開いた。
光の渦が晴れ、目の前に目的の惑星が姿を現す。
『到着しました、マスター。ここが、誰も知らない未開の聖域……』
俺とゼイン、そして寝ぼけ眼のポプリは、メインスクリーンを見上げた。
「……え?」
そこにあったのは、確かに惑星だった。
だが、「未開」でも「静寂」でもなかった。
大気圏には無数のシャトルや遊覧船が渋滞を作るほど行き交い、夜側の地表は、大陸全土がネオンの光で埋め尽くされている。
極めつけは、軌道上に浮かぶ巨大なホログラム看板だ。
『ようこそ! 銀河最大のリゾート・惑星パラダイスへ!』
『カジノ・温泉・エステ完備! 今ならカップル割実施中!』
【……おい、AI】
ゼインが引きつった声で言った。
【誰も近づきたがらない魔境だって言わなかったか? ……どう見ても、銀河中のパリピが集まってんぞ】
『……データ照合。……どうやら数千年の間に、誰かが嵐を突破して、開発し尽くしてしまったようです』
そこへ、現地の航空管制塔から、やたらと陽気な通信が入った。
【アロハ~! ビッグな戦艦だねェ~! 観光? それともハネムーン? ウチの星は全銀河のセレブ御用達だよ~ン!】
アヴァロンのブリッジに、場違いな南国風のBGMが流れる。
状況が飲み込めていないポプリは、窓の外のきらびやかな夜景を見て、パァッと顔を輝かせた。
「わぁ……! きれい! お祭りやってるの!?」
(新生アストリア王朝と静かな暮らし)を求めてたどり着いた場所は、欲望と娯楽が渦巻く、銀河一の不夜城だった。
(第99話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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【次回予告】
さて、たどり着いた約束の地は、静寂とは無縁の「超・観光地」でした。
眠れる民を乗せたまま、リゾートのど真ん中に着水してしまったアヴァロン。
「お客様」と勘違いされ、歓迎ムードのポプリたちですが、
そこで突きつけられたのは、超高額な「リゾート価格」の請求書!?
金なし、宿なし、常識なし。
AIさん、王女様の最初のお仕事は、国造りではなく「バイト探し」ですか?
次回、祝・100話!『転爆』 第100話『リゾート惑星の請求書』
さて




