第97話『銀河を分かつ砲火』
【直ちにアヴァロンの制御権を渡し、投降せよ。その船は、君が扱えるものではない】
アラン・スミス中佐の言葉は、冷徹だが、否定しがたい正論だった。
ポプリは操縦桿を握りしめたまま、震える声で言った。
「……嫌だ! アヴァロンには、みんなが……一族のみんなが眠ってるの! それに、これはお母さんが守ってた、私たちのお家なんだもん!」
その悲痛な叫びは、アヴァロンの過剰防衛本能を刺激し、主砲のエネルギーを臨界点へと押し上げていく。
【感情論で動かせる兵器ではない!】
中佐の号令と共に、宇宙軍の包囲網が狭まる。
その時、沈黙していたゼインのブルーフラッシュ号が、射線上に割り込んだ。
【知るかよ! 俺は気に入らねえんだ! 必死に家族を守ろうとしてる女の子から、その「帰る場所」を取り上げようとするその根性がな!】
ゼインは、ポプリに向かって叫んだ。
【おいポプリ! 泣いてる場合か! お前が諦めたら、そのデカブツはただの殺戮マシーンになっちまうぞ!お前が何者だかは知らないが、そいつはお前の大事なものなんだろう!? 腹をくくれ! お前の声で、そいつを従わせろ!】
「え……?」
ポプリが顔を上げる。
「従わせる……? でも、どうやって? 私の声、届かないよ……」
彼女は、縋るように俺を見つめた。
「ねえ、オマモリさん。どうすればいいの? どうすれば、アヴァロンは言うことを聞いてくれるの?」
『……』
泣き叫ぶだけの子供の声では、暴走する古代兵器は止まらない。
いま必要なのは「願い」ではない。「命令」だ。
今のポプリに足りないもの。だが、俺は知っている。彼女の中に眠る、もう一人の彼女を。
『……方法は、一つだけあります』
「なに? なにをすればいいの?」
俺は、戦場の真っ只中で、ファブリケーターを最大出力で稼働させた。
ガコン!
アームが伸び、ポプリの前に、なみなみと注がれた琥珀色の液体が入ったカップを差し出す。
(成分:アルコール度数96%。超圧縮スピリタス・カクテルだ)
『あ〜、マスター。いったんこれを飲んで、まあ落ち着きましょう』
「えっ? なに? いま?」
ポプリが戸惑う。
【おい! 何やってんだテメェら!】
通信機から、ゼインの怒鳴り声が響く。
【こんな時に悠長にティータイムかよ!? AI、お前なに考えてんだ!?】
『黙っててください。 今、これから重要な儀式です!』
俺はスピーカーで返事をすると、船内のBGMボリュームを上げ、手拍子のリズムを刻み始めた。
パン! パン! パン!
俺は、合成音声をハイテンションな宴会部長モードに切り替えた。
『皆様、お待たせいたしました! どちらさんも、こちらさんも、銀河の果てからご苦労さまです! 本日はここ暗黒宙域の静寂の海より、銀河級の古代遺物「アヴァロン」号発見記念、輝けポプリさん、君こそスターだ!杯争奪、キックオフ飲み会を始めさせていただきたいと思ます!
残念ながらマフィアのクリムゾン・サーペントさんはお帰りになりましたが、泣く子も黙る宇宙軍さんからは、みなさまご存知アラン・スミス中佐のご参加をいただき、宴も闌、高輪ホテルと盛り上がりは最高潮! 本日は日頃の疲れを忘れ、思いっきり楽しんでいっていただければと思っております! それでは早速ですが、景気づけに、ポプリ様にご一献をお願いいたします!』
AIの俺が言うのもんだけど、自分でなにを言ってるんだか分からない。が、もうヤケクソだ。
『そーれ!』
パン! パン! パン!
『ちょーっとポプリさんの! いいとこ見ーたい!』
「えっ? えへへ、わたしのいいとこ?」
ポプリが、突然のコールに驚きつつも、まんざらでもない顔をする。
彼女のおだてに弱いく、ノリがいいのだ。
『そーれ! 飲んで! 飲んで! 飲んで! 飲んで!』
俺はリズムに合わせてカップを推し進める。
「えー? しょうがないなぁ〜! ゼインも見てるし、見せちゃおうかな〜!」
ポプリは、完全にその場のノリに飲まれた。戦場の恐怖などどこへやら、ニコニコしながらカップを両手で持つ。
『あ、よいしょ!飲んで! 飲んで! 飲んで! 飲んで! 』
「そ、そう? じゃあ、いただきまーす!」
ごきゅっ。ごきゅっ、ごきゅっ……。
ポプリはたいそうな飲みっぷりで、その劇物を一息で飲み干した。
「…………っくぅ!?」
飲み込んだ瞬間、ポプリの動きがピタリと止まった。
顔が沸騰したように赤くなり、頭からプシューッと漫画のような湯気が出る。
「う……うぅ……」
彼女の体がぐらりと揺れ、俯く。
【お、おい! 落ちたぞ!? 何を飲ませた!? まさか毒か!?】
ゼインが狼狽する。
『いいえ……。彼女を目覚めさせるための燃料です』
数秒後。
俯いていたポプリが、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳から、涙も、迷いも、幼ささえもが消え失せていた。
そこにいたのは、氷のように冷たく、そして美しい、「司令官」だった。
「……状況確認。随分と騒がしいですね」
その声は、戦場を支配する者の響きを持っていた。
「AI。アヴァロンとのリンク・パスを構築しなさい。私が直接、指揮を執ります」
『イエスマム! お待ちしておりました、司令官!』
俺は、先代のメモリーカードと解析プログラムを全開にし、アヴァロンへの強制接続を開始した。
【……強制接続。ファイアウォール、突破】
俺は回線を繋ぐ「パイプ」に徹する。
そのパイプを通して、司令官の意志が、アヴァロンの中枢へと流し込まれる。
『……生体認証、照合。……王家の血統を確認』
『……個体名:ポプリ・アステリア。……正規マスター(司令官)として承認』
リンクが確立した瞬間、司令官は、アヴァロンに向かって静かに、しかし絶対的な命令を下した。
「聞きなさい、アヴァロン。貴艦の指揮権は私が預かります。――跪け」
その一言と共に、ポプリの胸のハート型のアザが妖しく輝いた。
(第97話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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【次回予告】
久しぶりに酔いどれ司令官のお出ましです。
一喝でアヴァロンを鎮めたポプリですが、宇宙軍は退きません。
「投降せよ」と迫るアラン中佐に対し、司令官が返した答えは「NO」。
そして彼女が命じたのは、戦いでも交渉でもなく、星をも砕く「大脱出」!?
AIさん、この酔っ払い運転にどこまで付き合えますか?
次回、『転爆』、第98話『星の海への逃避行』
さて




