第96話『王家の威光、あるいは残酷な目覚まし時計』
ドクンッ……ドクンッ……
宇宙空間そのものが脈打つような重低音が響き渡る。
全長数キロメートルに及ぶ白亜の巨体「アヴァロン」の表面に、真紅のラインが幾何学模様を描いて走り抜けた。
【……馬鹿な! あの古代の遺物が起動しただと!?】
クリムゾン・サーペントの女幹部の狼狽した声が聞こえる。
【撃て! 完全に目覚める前に沈めるのだ!】
敵艦隊から、雨あられとビームやミサイルが放たれる。
アルゴノーツ号のシールドなら一撃で蒸発するような火力だ。
「危ない! アヴァロン!」
ポプリが叫んだ。
その瞬間。
アヴァロンの周囲に、薄い光の膜――『絶対領域』が展開された。
数千発の着弾。だが、爆炎が晴れた後、アヴァロンの装甲には傷一つついていなかった。
(……物理、光学、全ての干渉を遮断……。これが、古代王朝のテクノロジーか……!)
【……チッ! 硬いなんてものではないぞ! 全く通用せん!】
女幹部の焦った声が響く。
【……ならば、狙いを変えろ! 『鍵』の娘が乗っている小船だ! あちらを捕らえれば、遺物も
手出しできまい!】
『なっ!?』
敵艦隊の砲門が、一斉にアヴァロンから外れ、俺たちの方へと向いた。
巨大な盾の及ばない死角からの、包囲陣形。
【牽引ビーム、照射! 逃がすな!】
敵艦から、緑色の粘着質な光線が放たれ、アルゴノーツ号を絡め取った。
船体が激しくきしむ。スラスターを吹かしても、びくともしない。
『警告。 高出力トラクタービームに捕捉されました! 推進力、負けています』
「放して! 絶対に行かない!」
ポプリは操縦桿を強く握りしめ、必死に抵抗する。
だが、マフィアの旗艦の出力差は圧倒的だ。アルゴノーツ号はずるずると敵艦の格納庫へと引き寄せられていく。
(くそっ! このままじゃ連れ去られる!)
ポプリの額に汗が浮かぶ。彼女は諦めていない。だが、どうしようもない力の差が、彼女を追い詰めていく。
(……助けて!)
ポプリの心の中で、悲痛な叫びが響いた。
(誰か、助けて!)
その、純粋な「恐怖」と「防衛本能」が、アヴァロンのコアに直結した。
『――マスターへの敵意を感知。脅威レベル・最大。……排除します』
俺の脳内に、冷徹な殺戮機械のシステム音が響いた。
次の瞬間、アヴァロンの船体各所がスライドし、無数の砲門が姿を現した。
ズンッ……!
発射音は一瞬、そして、宇宙が白く染まった。
放たれた無数の光の筋は、俺たちを拘束していたトラクタービームの発生源を貫き、そのまま敵艦隊の中枢へと突き刺さった。
それは文字通り「殲滅」だった。
光に触れたマフィアの艦船が、シールドごと溶解し、悲鳴を上げる間もなく、次々と蒸発していく。
【ひ、ひいいっ!?】
【戦艦が……一撃で……消滅した……!?】
圧倒的な暴力。一方的な虐殺。
そのあまりの光景に、ポプリの顔からサァーッと血の気が引いた。
「……え? ……あ、あ……」
アヴァロンは攻撃を止めない。逃げようとする敵艦、戦意を喪失した船までも、徹底的に破壊しようと砲塔が動く。
「ち、違う! 待って! アヴァロン、やめて! 止まって!!」
ポプリが泣きそうな声で叫んだ。
「もういいの! 壊さないで! お願い、止まってぇ!!」
彼女の悲痛な叫びに反応し、アヴァロンの砲門の光が、フツッ、と消えた。
『――脅威排除を確認。攻撃、中断』
静寂が戻る。
目の前には、マフィアの艦隊がいたはずの場所にぽっかりと空いた、虚無の空間だけが残されていた。
生き残ったわずかな敵艦は、恐怖にかられて蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
「……なんて……こと……」
ポプリは震える手で口元を押さえ、アヴァロンを見つめていた。自分の「助けて」という願いが、これほどの破壊を招いてしまったことに、言葉を失っている。
(……なんてことだ。これは「制御」できているんじゃない)
俺は戦慄した。
(ただ、ポプリの感情に反応して、暴走しているだけだ……! 敵意を向けられただけで周囲を消滅させるなんて、とてもコントロールできない!)
【……そこまでだ】
その時、新たな通信が、凍りついた戦場に割り込んだ。
空間が歪み、純白の巨大戦艦がワープアウトしてくる。
アラン・スミス中佐率いる、統合宇宙軍の主力艦隊だ。
【クリムゾン・サーペントは敗走したか。……ポプリ・アステリア君。そしてAI】
アラン中佐の声は、以前よりも遥かに硬く、冷徹だった。
【見たまえ。それが『力』だ。一人の少女が持つには、あまりに巨大すぎる災厄だ】
(第96話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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*暫くは一日一回の更新となります。
【次回予告】
さて、マフィアを退けましたが、ポプリはアヴァロンの力にショックを受けています。
そこに現れた宇宙軍。「危険すぎるから没収する」と、正論で迫ります。
「お母さんの船」を守りたいけれど、また暴走させてしまうのが怖い。
AIさん、制御不能の怪物に、手綱をつける覚悟はありますか?
次回、『転爆』、第97話『銀河を分かつ砲火』
さて




