第95話『静寂の海、眠る巨影』
幽霊船(?)のガス星雲を抜け、俺たちはアラン中佐から示された座標――通称「静寂の海」へと到達した。
そこは、その名の通り、星々の光さえまばらな、完全なる暗黒宙域だった。
物音一つしない(宇宙だから当然だが)、センサーにも何も映らない、深海のような闇。
【おい、AI。本当にこっちで合ってるのか?】
並走するゼインから、訝しげな通信が入る。
【何もありゃしねえぞ。ただの暗闇だ。またおかしなのが出るんじゃねえだろうな?】
『座標データは正確です。……ですが、確かに熱源も重力源も感知できません』
俺はG-1のセンサー感度を最大まで上げるが、返ってくるのは虚無のデータだけだ。
「ううん、あるよ」
ポプリが、コックピットの窓に張り付き、暗闇をじっと見つめていた。
「呼んでる。……こっちだよ」
彼女の胸元のアザが、服の上からでも分かるほど、淡く、しかし力強いリズムで明滅を始めている。
『(……共鳴しているのか? ドクター・ギアの言っていた「鍵」としての機能が……)』
「開け、ごま!」
ポプリが叫ぶと同時に、アザの光が強まり、船体から不可視の信号波が放たれた。
すると、何もないはずの漆黒の空間に、異質な「歪み」が生まれた。
それは、光学迷彩やステルスシールドとはレベルが違う。空間そのものを折り曲げて隠蔽された、巨大な領域。
『空間湾曲フィールド……!? 自然現象ではありません、高度な人工的障壁です!』
歪みがゆっくりと解け、その中から、とてつもない質量の物体が姿を現した。
全長数キロメートルにも及ぶ、白亜の超巨大戦艦。
優美で、それでいて圧倒的な威圧感を放つその姿は、まさに伝説の「王家の船」と呼ぶにふさわしい。
【な……なんだありゃあ……!?】
ゼインが絶句する。
「お母さんの船……! 『アヴァロン』だ!」
ポプリが歓声を上げる。
『これが……アヴァロン……』
アルゴノーツ号(100m)ですら豆粒に見えるサイズだ。しかし、船体は沈黙しており、生命維持装置も動力炉も、完全に停止しているように見える。
まさに、眠れる巨影だ。
「ねえ、入ろうよ! 中に入って起こしてあげなきゃ!」
ポプリがはやる気持ちを抑えきれずに叫ぶ。
その時だった。
俺の広域センサーが、全方位からの空間反応を感知した。一つや二つではない。百、いや、それ以上だ!
【警告:大規模ワープアウト反応! 多数!】
『マスター、囲まれます!』
アヴァロンを取り囲むように、漆黒の空間が次々と裂け、無数の戦艦が姿を現した。
その全ての船体に、血のように赤い蛇の紋章――クリムゾン・サーペントのエンブレムが刻まれている。
【……待っていたぞ、『鍵』の娘よ】
通信回線がジャックされ、冷酷な声が響き渡る。以前遭遇した、あの女幹部だ。
【貴様らが隠し場所へ案内してくれると信じていたわ。……感謝するぞ、愚かな案内人たちよ】
旗艦と思われる超巨大戦艦を中心に、駆逐艦、巡洋艦、そして無数の無人戦闘機が、球状に展開し、完全に包囲網を完成させていた。
【マジかよ……。一個艦隊まるごとお出ましかよ!】
ゼインの声が震えている。さすがの「青い閃光」も、この物量差には顔を青ざめているだろう。
『(アラン中佐……! 俺たちを餌にして、敵の本隊をおびき寄せたのか! だが、肝心の宇宙軍はどこだ!? このままじゃ食われるぞ!)』
【さあ、鍵と船を渡してもらおうか。拒否すれば、塵一つ残さず消滅させる】
敵艦隊の数千の砲門が、一斉にこちらを向く。
逃げ場はない。
アルゴノーツ号とブルーフラッシュ号、たった二隻対、銀河マフィアの主力艦隊。
絶望的な戦力差だった。
(第95話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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【次回予告】
さて、ついに発見した巨大戦艦アヴァロン。
ですが、そこはマフィアの包囲網のど真ん中でした。
「鍵」を渡せと迫る女幹部、震えるゼイン、そして来ない宇宙軍。
ポプリは叫びます。「アヴァロン、起きて!」
その声は、眠れる巨人を揺り動かすことができるのでしょうか。
AIさん、この目覚まし時計、音が大きすぎませんか?
次回、『転爆』、第96話『王家の威光、あるいは目覚まし時計』
さて




